36:タイムアタック開始
それは、もう何十回と異世界を放浪していたときの話だ。
多分百回は越えていないのではないかと思うが、数を数えていると気持ちが沈むので考えないようにしていた。
転送が完了すると、そこはいつもの森の中だ。
ただ、だいぶこの状況も慣れてきた。
「マキーナ、装備と周囲探索」
<アンダーウェアモード起動、続けて周辺環境をチェックします。>
転生者は色々な個性があった。
それと同じように、世界もまたそれぞれだった。
いつだったかは、転送された直後にヒルが上から降ってきて悶絶したことがある。
それ以来、転送直後にマキーナを装備するのが当たり前になっていた。
<周辺生物に害虫の存在無し。>
よし、楽な方の世界か。
マキーナを解除しつつ、通勤鞄とジャケットをマキーナに収納する。
これもどの世界かは忘れたが、気付けば出来るようになっていた。
あくまでも“転送時に持っていたもの限定”ではあるが、通勤鞄やスーツを常に隠し持っていなければならない、という状況から解放されたのは大きい。
身軽になったところで、いつもの襲撃ポイントを目指して草木をかき分けて移動する。
「あー。
……今回もハズレか。」
雑草が生い茂る中に、微かに馬車の残骸らしきものが見える。
それ以外は一面雑草に覆われている。
念のために調べてみても、装備どころか死体の名残すらない。
大分時間が経過しているようだ。
(じゃあ、もしかしたら崩壊の前兆もあるかもなぁ。)
茂みの中を突っ切り、村が見える場所まで移動する。
このまま村に行くのはマズい。
ワイシャツにスラックスは悪目立ちする。
ハードな異世界はもちろん、優しい方の異世界でも、何回か殺されかけたり奴隷商に売られかけたりした。
村を迂回するように移動し、北部の山を目指す。
多少危険だが、今までと同じなら山頂付近に山小屋があり、村の猟師がたまに使っているのか緊急避難用なのか、衣類や毛布などが数点あったはずだ。
今回もそっちを借りるかと思いつつ、村を観察しながら迂回移動をする。
素のままの村人を見ておくと、何となく把握できることも多い。
遠目からの印象だが、あまり村人に活気があるようには見えない。
表情が皆どんよりしている。
それに、老人を除けば男の姿しか見えない。
何か嫌な予感がする。
“後で村に入ったときに聞いてみるか”と思いつつ、山を登り出す。
何度目かの時に村人に追いやられ、山に逃げたんだよなぁと思いながら目的の山小屋に到着する。
人気の無いことを確認し、中に踏み込む。
「お、異世界セットあったあった。」
優しい方の異世界では、この山小屋には衣類数点、山用の装備一式が入ったリュックが常備してある。
それを俺は勝手に“異世界セット”と名付けていた。
害虫のチェックと匂いを確認しつつ、着替え直す。
元のスーツ類は全てマキーナに収納する。
ようやく人心地ついた。
優しくない方の異世界ではこのセットも当然無いし、ベッド代わりの藁と布からは、ノミダニシラミの三種類と山男の体臭という、地獄四点セットが待ち構えている。
やれやれと思いながら食料も探すが、そこまでは優しくないらしい。
まぁ地獄四点セットに比べればマシと思いながら、とりあえずお湯でも飲むかと思い、小屋の周りで小枝を拾い井戸から水を汲む。
竈に火を入れ、お湯を沸かしながら食器を洗っていると、何の予兆も無く扉が開いた。
こんな事は今まで無かったので油断していた。
“マズい!”と思う事すら出来ず、入って来た村人と一緒に
「「え?」」
と、マヌケな声を同時に上げていた。
やべぇ、どうやってこの空気を乗り越えよう……。
「……いや~、すいません、山道を這々(ほうほう)の体で走ってたらこの山小屋を見つけましてね。
天の助けだと休ませて貰ってたんですよ。」
あれから若干の悶着はあったが、向こうもこの小屋に急ぎ入りたかったらしく、とりあえずお湯でも飲みながら話しますか、と言うことになり、先にそれっぽい話を俺からしておいた。
向こうは俺と同じか少し若いくらいの男性と、フードを目深に被った小柄な、恐らくは女性だろうか?
の二人組だった。
フードを目深に被っていても、お湯を飲む姿や仕草などから、恐らくは夫婦か家族か、そう言ったところだろうか?
「あなたは、その、本当に王都の方では無いのですね?」
ぼんやり遠い目をしながらそんな事を考えていると、男性がポツリと呟く。
当然違うと答えるが、男性は迷っているようだった。
“北部の方の、過疎化が進んだ村から移住している最中、熊に襲われて皆散り散りに逃げ、自分は山に迷い込んでいた。”
最近はこういう言い訳で通していた。
身分証どころか荷物袋すら持たず、髪色も全く違う人間がここにいる理由として、何となく自然になった。
この世界もそうであるなら、北部には限界を超えた集落が幾つかあると思われる。
目の前の男性も哀れんでくれたところを見ると、その事に関しては疑いを持っていないようだ。
そこまで来ると、逆に何を心配しているのか気になる。
「まぁ、あんまり私はこの辺の事情に疎いんですが、何か起きてるんですか?」
俺の言葉に、迷っていた男性は“そうか、過疎村でしたもんね”と何かに納得した様で、今この世界で起きている、実に胸くそ悪くなる事情を語ってくれた。
「異世界から転生したという勇者様が魔王を倒されたのはご存じの通りだと思います。」
全然ご存じでは無いが、まぁこの世界ではそうなんだろうと相づちを打っておく。
「先王が崩御され、新しい王に勇者が決まったと言うことなのですが、王が最初に下した命令は、王都や近隣の村に住む全ての16歳になった女を、3年間王都に通わせると言うモノでした。」
途中までは“ふーん、そうかぁ”程度に聞いていた。
だが、この辺からおかしくなった。
「3年後、戻ってきた女達は一部が赤子を抱えているか、身ごもっていました。
話を聞くと、全員が王のお手付きがあったと……。」
頭が痛くなってきた。
結局の話、自分の所に効率よく女を集める為だけに、王都だけでなく近隣の村からも女性を集めてるのか。
しかし近隣の村とかだと相当な人数になる気がするけど、ここの転生者はどんだけ絶倫なんかね。
「娘を差し出せば傷物になって帰ってくることになり、村から逃げたり差し出さなければ村にかかる税が増える、袋小路のような世界になってしまいました。」
それで今年16歳になる娘の存在を隠すために、この山小屋に来たらしい。
結局差し出さないのと一緒だから、見つかればヤバいのだろう。
男性は疲れ切ったような声を出しながら、そう締めくくった。
フードから覗くお嬢さんの目は、怯えてきっている。
その表情を見て、俺は心を決める。
「わかりました。
ここの事は誰にも言いません。
早くこういった事が無くなるよう、影ながら応援させていただきます。」
あまりやりたくないが、最短距離の正面突破と行こう。




