363:ボーナスステージ~リスタート~
「あぁ!あぁ!可愛い私の娘達!
こんなに傷付いてしまって!
母さんが今直してやるからな!!」
リファルケの足に頬ずりしながら、アーリヤ女史が涙ながらに叫んでいる。
周りの整備兵達もドン引きしていたが、この機体の設計者だと説明していたからか、それなりの敬意を持って接しているようだ。
「まさか、あの機体を作った本人だったとはね。
あんな風だが、頭良いんだなぁ。」
「しかも、マジでほぼ1人で組み上げているんだから、頭良いなんてレベルじゃない。
言うなりゃもう、人間止めてるレベルだぜ?」
機械、というものは、絶対に1人では作れない。
コンセプトプランを決める奴、設計をする奴、材質を選定する奴、部品を作る奴、組み上げてそれが適性かと検査する奴……と、膨大な人間が本来携わっている。
それをこのアーリヤ女史は本当に1人で、それも各専門の人間が見ても文句のつけようのないレベルの水準で、このALAHMを設計して見せたらしい。
本人は“グリフォンの技術を応用しただけであり、本当に凄いのはグリフォンの設計者”だったり、“コレを作る現場の人がキッチリ仕上げてくれたから、そちらの方が凄いだろう”として、さして自身の功績に興味も関心も無いところが、また恐ろしい。
そんな事を考えながら、ボンヤリとアーリヤ女史の奇行を眺めていたら、彼女は突然真面目な顔をすると、こちらを厳しく睨む。
「おい君達、何をしているんだ?
ここの製造ラインの一部で、部品は既に製造して貰っている。
サッサと受け取りに行ってくれ。
このままでは娘達が不憫だろう。」
「えぇ!?
何で俺達が……。」
ロゥが抗議の声を上げるが、アーリヤ女史は“ここの整備兵も忙しいんだ、それくらいやりたまえよ。”と俺達振り向かせると、勢い良く尻を叩く。
整備兵達は、この基地で死蔵していたALAHM“スクライカー”の整備で忙しそうだ。
これは確かに俺達が取りに行った方が良さそうだと、まだ何か言いたげだったロゥの首根っこを掴んで走り出す。
グズグズしていたら、また尻を叩かれかねん。
この歳で尻叩きは勘弁して欲しいところだからな。
アーリヤ女史は、俺も予想をしていない経歴の持ち主だった。
ロズノワル社から軍への特別技術顧問として派遣されており、軍とロズノワル両方に顔が利くらしい。
当初は母星で新型の砲台を開発していたらしいが、ここで軍の次期正式機体のコンペティションを行うと言うことで、彼女も自身が設計していたALAHMを持ち込み参加したらしい。
だが、実際はコンペティションの名を借りた出来レースだったようで、軍の正式採用はシルフに決まっていた。
それを不服とした彼女が、シルフとコンペティションしていた機体、“黒妖犬”と言うらしいが、それをこの補給基地で、勝手に生産したらしい。
そのあまりの暴挙に軍としても困り果て、とりあえず基地主要施設には立ち入り禁止の処遇を言い渡して彼女を遠ざけつつ、基地指令の一存でスクライカーはお蔵入りとして隠していたとのことだ。
結果的に助かりはしたが、その経緯を考えると微妙な表情になってしまう。
俺達が急いで補給課から物資を受け取り、基地内部用のキャリーカーで戻ってくると、アーリヤ女史は仁王立ちして待っていた。
「遅いぞ!
あまりに遅いので君達のこれまでの戦闘記録も見させてもらった!
何だいあの動きは!
特にセーダイ君!リファルケの動きをまるで生かせていないじゃないか!」
無茶言うな、と言いかけたが、思い当たる節もあるので素直に謝っておく。
マキーナのサポートが無ければ、正直もっと酷い結果になっていたのだ。
この程度で済んだのはまだ良い方だろう。
「やーい、怒られてやんの。」
あ、バカお前、こう言うときにそれは……。
「君もだローイチ君!
いいかい、ナイトフィーニクスは確かに高速振動剣に真価があるとは言え、……。」
ホレ見ろ、そうなる。
「あー、教授、コイツらへの講義は後回しにして貰って良いか?
ちょっとコイツらを借りたい。」
ハワード少尉がどことなく話しかけ辛そうにしながらも、講義の腰を折る。
「おやおや、久方ぶりだねハワード君。
まぁ仕方ない、この場は解放してあげよう。
だが、解っているね?」
「お、オーケイですよ教授、ともかく、これから打ち合わせなのでその件はまた後で。」
冷や汗をかきながらたじろぐハワード少尉を見ながら、何となく状況を察する。
ただ、ともあれこの場から逃げ出せることはありがたい。
俺達はそそくさとその場を後にし、作戦会議室へと向かう。
「……ハワード少尉、もしかしてですが、以前言っていた“出航に遅れかけた”って。」
「セーダイ、その件は超重要機密事項だ。
特にリンの前では、な。
……気をつけろ、世の中には蛇のようにしつこい女もいるからな。」
それだけ言うと、作戦会議室にサッサと入ってしまう。
「……なぁセーダイ、後で“どっちがそうなんですか?”って、聞いてみねぇ?」
「止めとけよ、ワザワザ蛇の尻尾を踏む必要ねぇだろ。」
俺とロゥは、ただただ苦笑いを浮かべ、作戦会議室の扉を開ける。
「……全員揃ったな。
これより、現状の確認と今後の作戦行動をナーザ艦長より伝えて頂く。」
副艦長の号令で、全員が椅子から立ち上がり敬礼する。
中央に艦長が歩み出ると、後ろのスクリーンに航路図が表示される。
「着席して楽にしたまえ。
これより本艦はZX-1に向けて最終ワープを行う。
君達パイロットには、その際に通常ワープ体勢ではなく、出撃準備を維持したままワープにのぞんで貰う。
状況によるが、ワープ直後から即戦闘もあり得る、と考えて貰いたい。」
室内が少しざわめくがナーザ艦長が手を上げるとすぐに静まる。
「これより聞かせる音声は重要機密となる。
この件に関し、この室内を出て以降は口外することを全て禁ずる。」
ナーザ艦長が副艦長を見て頷くと、音声が流れ始める。
-こちら、ZX-1中央管制室!誰か、この通信に応答できる者はいるか!?
我、友軍から攻撃を受けている!!
その数、多数!
ここの陥落も時間の問題だ!!
こちらの衛星間通信機器は破壊された!
誰か!誰でも良い!LC-4への救援を要請されたし!
繰り返す!……-
音声は終わるが、作戦会議室は静まりかえっている。
ここにいる全ての人間が、これから向かおうとしている自分達の母星の状況を、あまり良くない方向での想像をし、表情が険しくなるのかわかる。
その中でも、特にリン曹長の表情は鬼気迫るモノであった。
「聞いての通りだ。
ここに至るまでの道のりで、LC-4で起きたことが我等の母星で起きている可能性が非常に高い。
母星にはタイタン級戦艦“オベロン”と“テイタニア”の2隻に、このバッカニア級の戦艦“アフロディテ”、“ブリジット”、“アテネ”の3隻が配備されている。
地上の部隊も含めれば、それがどれだけの規模か計り知れない。
各員、一層の奮起を期待する。」
その場にいる全員が起立し、力強く敬礼する。
絶望に立ち向かう人の強さを、俺は見た気がした。




