362:ボーナスステージ~尖り過ぎた逸材~
「あ、パイロットさん、丁度良かった。」
何となくリファルケの様子を見ようと格納庫に寄った時に、整備兵の1人に呼び止められる。
「この機体のパイロットさん、知ってます?
この機体、腰椎の基礎部分にダメージ受けてて、僕等じゃ修理しようが無いんですよ。
代わりのグリフォン乗るかどうするか、相談したいんですよね。」
ショックを受けながらも、俺がそのパイロットだと告げる。
整備兵氏も、“あっ”と言った後で謝罪していたが、まぁ、必要なことは既に聞けた。
俺はその整備兵氏に、“ちょっと考えさせてくれ”と告げると、その場を離れる。
「あ、じゃあ、もう1機のパイロットさんにも連絡して貰えるとありがたいッス。
あっちの機体も、肩から下はグリフォンの腕を付けて良いか確認したいんスよ。」
俺の背にそんな言葉がかけられるが、俺は手を上げて振り返らずに返事をする。
まいった。
コイツが使えないとなると、想像している通りなら相当厳しい。
とりあえずハワード少尉に相談するかと、ロゥを呼びつけてハワード少尉の部屋に向かう。
「マジか、それ。
……いや、どうにかなるかもな。」
ハワード少尉はベッド側のメモ帳に何かを書くと、その紙を千切って俺に寄越す。
「もうじき補給基地に接岸する。
そうしたら、この住所に行ってみろ。
“ハワードの使い”だと言えば、通してくれる。
……ただ、気をつけろよ。」
紙切れには何処かの住所と、“アーリヤ・テール”という誰かの名前が書かれていた。
「……承知しました。
武装していった方が良い感じですかね?」
俺は紙切れを胸ポケットに入れながら、装備品を頭に浮かべつつハワード少尉の助言を聞こうとした。
だが、ハワード少尉は苦い薬を飲んだような顔をしながら、俺とロゥの肩を叩く。
「そっちの心配はしなくて良い。
それよりも、下半身の銃はしっかりホルスターに入れておけよ?
うっかり抜き放ったら、骨の髄までしゃぶり取られるぞ。」
俺とロゥは顔を見合わせ、そしてお互い微妙な表情をするしかなかった。
こう言うとき、リン曹長がいてくれたら良いツッコミが来そうなのに。
「……あ、この辺じゃねぇか?」
「だな、降りて調べるか。」
接岸し、慌ただしく物資をやり取りする脇をジープで抜けて、補給基地の住宅街に辿り着き、目的地付近のパーキングで降りる。
補給基地と言っても、巨大な隕石を幾つか繋ぎあわせ、その中をくりぬいて街を形成していた。
補給基地自体がゆっくりと回転しているため、地球よりかは幾分軽いが、重力は存在している。
目的地は、住宅街の中でも治安がそれ程安定していなさそうな、雑然と雑居ビルが建ち並ぶエリアだ。
路上に座り込み、カード賭博に興じるゴロツキに、汚い格好で寝ている老人がいたり、薄着ながら派手な格好をした女性達が意味深な目線をこちらに向けてきていたりと、まぁ、一言で言えばスラム街だ。
「ホントにこんな所に、俺達の機体を何とか出来る奴がいるのかよ?」
「俺に聞くな。」
薄着の女性に目を奪われているロゥの首根っこを掴み、道を歩く。
ハワード少尉の伝手がどんなモンかわからないが、こんな所に住んでるんだ、よっぽどの悪党か変人だろう。
雑然としたエリアのほぼど真ん中にあるアパート、そこが目的地のようだ。
記載されたアパート番号の扉の前に立ち、若干の警戒と共にドアをノックする。
呼び鈴を押したが、どうやら壊れているようだ。
「……何の反応も無いな。」
「留守なんじゃねぇのか?
……あ、鍵開いてら。」
俺がもう一度ドアを叩こうとする前に、ロゥがドアノブに手をかけると、扉は簡単に開いた。
こんな場所だ。
殺されていることも考え得る。
俺とロゥは無言で目を合わせると頷き、懐からハンドガンを取り出す。
静かに扉を開け、音を立てないように侵入する。
(俺が先行、お前はバックアップ)
ハンドサインでロゥに指示すると、静かに廊下を歩く。
短い廊下の正面と左右に扉がそれぞれ1つずつ。
左右の扉からは灯りが見えないが、正面の扉は少し開いており、そこから光が漏れている。
(俺達が来てから、さして物音はしてない。
ノックしてから扉を開けるまで、そんなに時間は無かった。
……待ち伏せは無さそうだな。)
廊下も、この街のように色々な物が落ちており、足の踏み場にも気を使う。
物音を立てないように進み、正面の扉まで辿り着く。
わずかに開いた扉から中を覗くと、こちらに背を向けるようにネックレスト付チェアに座っている人物が、何かを一心不乱にタイピングしている姿が見える。
どうやら、何かの作業に夢中になりすぎていて、ノックの音に気付かなかったようだ。
ロゥに合図しつつ、銃口をチェアの人物に向けたままゆっくりと扉を開く。
銃口はそのまま、音を立てないように部屋へ侵入する。
死角に隠れているなら、これで何かしらの反応があるはずだ。
だが、特段反応は無い。
最初は作業がフェイクかとも思ったが、どうやら本当に作業に没頭しているだけのようだ。
「おい、アンタがアーリヤ・テールさんか?」
思い切って声をかける。
一心不乱にタイピングをしていた手が止まり、チェアが回転する。
「フム、僕の名前を知っているところを見ると、ただの物盗りではなさそうだね。」
「なっ!?」
振り返ったその姿に衝撃を受けて、思わず驚きの声をあげてしまう。
俺の声を聞いたロゥが、素早く室内に侵入してくる。
「大丈夫かセーダイ……って、なんで裸ぁ!?」
ロゥの驚く声にも動じず、目の前の存在は恥ずかしがる事も隠す事無く堂々と足を組む。
ウェーブがかった髪はあまり手入れがされていないのか、外側に跳ねている。
端整な顔立ちは、どちらかと言えば美人の類だろうが、化粧っ気は全くない。
体つきも、恐らくは20代から30代手前、と言うところだろうか。
あまり外に出ないのか肌は白いが、貧相と言う程でも太りすぎている訳でも無く、出るところは出ている中々グラマラスな肉体だ。
そう、アーリヤ・テール氏は、女性だった。
「家の中にいる時は、この姿が1番効率的なんだ。
それで?僕に何の様だい?
物盗りならその辺のモノを適当に持っていきたまえ。
体が目当てなら、君達のモノがあまりに貧相で無ければそれなりに相手をしてやろう。
だが、僕は忙しい。
方針はサッサと決めてくれ。」
あぁ、変人の類か、と、俺は銃をしまう。
“ハワード少尉の使いで来た”と告げて、事情を話す。
俺の話を聞いた彼女は、みるみる内に笑顔になっていった。
何と、リファルケとナイトフィーニクスの設計者だと言うのだ。
「なんだ、そう言うことなら早く言いたまえ。
さぁ、すぐにバッカニアとやらに案内してくれ!
我が子の怪我を見てやろう!」
「その前に服を着てくれ。」
立ち上がり、そのまま出て行こうとするアーリヤを止める。
着替えと荷物を纏めるとかで、目のやり場に困る俺達は外で待つことにした。
「……何か、すげぇ変人だな。」
ロゥが呆れたように呟く。
俺は、そちらを見ずに正面を向いたまま、タバコに火を付ける。
「まぁ、そうだな。……ところでロゥよ。」
「あぁ?何だよ?」
言うべきか、言わざるべきか。
まぁ、ここまで言いかけてしまったし、ロゥの名誉のためにも言っておいた方が良いだろう。
「あの変人が出て来るまでの間に、その股間のデリンジャー、静めておいた方が良いと思うぞ。」
予想通りめっちゃ怒られた。




