359:ステージ3終了~脱出~
<勢大、切断面があらわになった今がチャンスです。>
「ロゥ!もう一つ頼みだ!
荷電粒子砲構えるから、ソレを押さえ付けてくれ!」
ナイトフィーニクスが足裏のアンカーを外したのに合わせ、人型形態に変型する。
人型に変型する際、“ゴキン”という嫌な音と金属がこすれ合う不快な音が聞こえたが、今はダメージを調べる暇は無い。
人型形態には特に問題なかったことから、背面の荷電粒子砲を腰のマウントに展開し、照準を合わせる。
[解った、どうすりゃ良い?]
「120%の威力で撃つと、反動で銃身が上に持ち上がり続ける。
撃つ瞬間、お前の機体で銃身を押さえ付けてくれ!」
説明しながらも、放射出力を120%に設定、逃げようとしているオトゥームの尾翼切断面に狙いを合わせる。
「3、2、1、今!!」
[おっしゃあ!]
俺のかけ声に合わせ、ナイトフィーニクスが砲身に飛びつく。
そのお陰か、発射の瞬間から砲身はブレず狙い通りにオトゥームの切り落とされた尻尾の根元に着弾、そのまま内部を貫くと口にあたる部分の拡散砲射出口や、目にあたる部分から荷電粒子砲の残光を吐き散らかして爆炎を上げる。
そのまま全身から炎を吹き出しつつ、緩やかに雲海に消えていく。
<落下軌道を予測しました。人類生存圏には影響ありません。>
マキーナの声を聞き、ホッと息を吐く。
「そうだ、ダメージ算出しねぇと。」
機体の状況をモニターする。
その想像以上のひどさに、ちょっと笑ってしまった。
左手損傷は既に解っていることだが、それが霞むくらいに背面の損傷が激しい。
人体で言うところの、背骨と腰骨が折れている状態だ。
さっきの激しい金属音はこれだったらしい。
これ地上に降りたら転倒するな。
その他背部飛行ユニットの出力は30%までしか上がらず、シールドリフレクターは回路がイカレたのか装填不可の表示が出ている。
これでよく荷電粒子砲を撃てた物だ。
いや、それが最後の引き金になったか。
[テストパイロット隊、無事か?]
最早懐かしさすら感じるハワード少尉の声に、状況が一旦沈静化したのだと思った。
だが、ハワード少尉の声は変わらず固い。
[こちらロゥ、少し遅かったですね、大物は俺とセーダイで喰っちまいましたよ?]
[それは何よりだ。
……だが、おかわりまでは喰えねぇよな。]
ロゥと俺が“は?”と声を合わせてしまうと、ハワード少尉のグリフォンから見た画像が送られてくる。
リファルケとナイトフィーニクス、その後ろに、無数の艦船の光。
俺とロゥは、ほぼ同時に宇宙を見上げる。
[……マジかよ。]
「まさか、アレ全部既に……?」
信じたくは無かった。
俺達の危機に、宇宙の残存艦隊が救援に来てくれたと思った。
だが、そうでは無かったことは一緒上がってきたウィリアムス中佐から聞かされることになる。
[……宇宙に展開していた軍艦、並びにロズノワル社の船は全て沈黙した。
今はこちらの呼びかけに答えず、戦闘隊形を維持したまま全ての艦が降下しようとしている。]
俺のリファルケは勿論、ロゥのナイトフィーニクスにも最早戦闘能力は無いに等しい。
[……ともかく、1度バッカニアに戻るぞ。
このままこうしていても、時間の無駄だ。]
無駄では無かったと信じたいが、戦い方は連中の方が1枚上手だったようだ。
惑星の残存戦力で奇襲してこちらの戦力の分散をはかり、そこから優先的に制圧した超弩級戦艦タイタンと大型移動拠点オトゥームを使い時間稼ぎ。
その間に、宇宙空間の全ての艦を手中に収めて一斉侵攻。
手並みとして、鮮やかすぎるほどだ。
「セーダイお前、その出血は大丈夫なのか!?」
トライスター隊に支えてもらい、リファルケを格納庫に収めてコクピットから出た後、ヘルメットを外してロゥに言われたのはそんな一言。
「え?あ、あぁ、今は問題ない。」
頬あたりを手で触れると、赤い液体が付着する。
“あぁやっぱり”と思うと同時に、マキーナの支援はこれほど強力だったのかと、改めて実感する。
何でもかんでも頼っていると、俺の肉体が持たなくなるときが来るかも知れない。
「そんな事より、今は作戦室だ。
ウチの艦長と、軍の偉いのが打ち合わせるんだろう?」
「お、おぅ。
まぁ大丈夫なら良いんだが。
取りあえず急ぐか。」
作戦室に到着すると、既に話し合いは始まっていたようだ。
コの字に囲われたデスクにはバラバラと人が座り、その全ての人達が投影された画像に映る人物が話すのを聞いていた。
[……と、こちらからは申しているのです。
非常に申し訳ないのですが、現状そちらの艦に我々から護衛艦一隻をお付けするのが限界です。
本音を言ってしまえば、それ以上の戦力を割くことは出来ない、と、申しているのです。]
このバッカニアには、定着エリアで無事だった人々をギリギリ乗せきっている。
後は宇宙に向けて発進するだけ、と言う状況だが、どうも軍からの随伴は護衛艦一隻だけのようだ。
それでは、たとえて言うなら腹を空かせた狼の蒸れに、裸で飛び込むようなものだろう。
だが、次にこちらの艦長から発せられた言葉は、その予想を大きく裏切られた。
「では、そちらはどうなるのだフィリップ君!
我々だけを打ち上げて、そちらはここに残るというのか!?」
映像の男は、全く表情を変えない。
[その通りですナーザ艦長。
我が軍の残存兵力と予備役から志願のあった者達で、敵性勢力に向けてこちらの艦を打ち上げます。
時間も無いので、ここらで失礼致します。
貴艦には、予定通りの打ち上げを望みます。
……我々は軍人なのです。
バッカニアに避難した市民が母星に戻れれば、それは我々の勝利です。]
映像の男はそれだけ言うと敬礼し、そして通信は終わる。
作戦室は、針が落ちても聞こえるほどの沈黙に支配されていた。
「君は、君達は、……囮になるということか。」
バッカニアの艦長は震える手でデスクを叩き、そう呟きながら俯いていた。
「……な、なぁ、どう言う状況なんだ?」
ロゥが小声で俺に声をかける。
奴は少し遅れてきていたから、最初の方は聞いていなかったらしい。
「軍の連中、俺達を逃がすために囮になるらしい。」
「そんな、……何で?
完全に無駄死にじゃねぇか。」
ロゥの言葉に、俺は何も言えずにいた。
さっきの進行速度から見て、これからの打ち上げであれば結構ギリギリではあるが、殆どの船は打ち上げる事が出来るだろう。
ただ、打ち上がっている最中に連中の捨て身の攻撃を浴びることになる。
それでも全員で脱出すれば、幾つかの船は助かるだろう。
だが、その幾つかにバッカニアが入っている保証は無い。
今回の作戦であれば、軍側の被害は文字通り“全滅”になるだろう。
それでも、バッカニアだけは確実に助かる。
バッカニアには、軍人が守るべき市民がいる。
その決断は、恐ろしく難しい。
ただただ、その難しい決断を下したフィリップ艦長に、敬意を感じるしか、今の俺には出来なかった。




