35:世界を渡る
「アタル様、貴方の過去を聞いても、私は貴方との出会いに感謝していますよ。
貴方の存在は、この国の、いいえ、私の希望でした。」
アタル君が泣き止む頃を見計らい、アルスル王女がそう声をかける。
優しくアタル君の頭を撫でているその様子は、非常に微笑ましい。
若いカップルが良い雰囲気なのはダイスケ的にもおっさん的にもオールオッケーではあるが、コーヒーを飲み切ってしまった俺としては、手持無沙汰で非常に居心地が悪い。
しかもさっきから少し気になっていることもある。
「あー、その、なんだ。
王女サマ、アタル君も少し落ち着いたことですし、ドアの外で入るタイミングを無くした二人を招き入れたほうが良いんじゃないですかね?」
「チッ」
え?嘘?え?……今、舌打ちされた?
この王女、見た目よりかなり食わせモノじゃね?
“ブギャ”という声と共に扉が開き、猫耳娘とケイお嬢さんが勢いよくなだれ込んでくる。
あぁなるほど、魔法で扉を開けたのか。
いきなりだったから、聞き耳をしてる二人が支えを失ってなだれ込んできたわけだ。
舌打ちではなく魔法の発動と思っておこう。
あんな上品そうな王女様から出てくる豪胆さではない。
……あ、でも魔拳将の時は、名乗りを上げるくらいの気の強さだったな。
結局“女性はよくわからんな”という感想と共に、この考えを止めた。
考えても仕方がない。
「さて、それじゃあ俺からのお願いだ。
アタル君、恐らく今君は無意識のうちに管理者権限を持っているはずなんだ。
それを一時的でいいから、俺に移譲する、と宣言してくれないか?」
「よくわかりませんが、言うだけでいいんですか?
“管理者権限を一時的に田園勢大さんに移譲する”。
これでいいで……すか……。」
次の瞬間、まるでSF映画のように俺の目の前に表示される膨大な情報に、俺はアタル君に返事をするのも忘れて見入っていた。
アタル君自身も驚いているところを見ると、彼にもこれが見えているのかもしれない。
これ自体は最初の世界、ランスの世界でも見ていたはずだ。
だが、あの世界は崩壊寸前だったこともあり、視界に映る情報も半壊のモノだったのだろう。
今から考えてみると、あの世界の情報量は少なすぎた。
恐らくは、これが完全な形での情報なのだ。
(中学生くらいの時にやってた、“シム地球”に似てるな……。)
昔熱中していたゲームを思い出す。
大気の成分調整、生命の進化、文明の進化をさせるのにポイントを使い、そこに住む生物を進化させ、最終的には地球脱出させるというゲームだった。
このシステムも概ね似たようなものらしい。
大気の項目に“エーテル”や“魔素”などといった項目があるのが気になるくらいだ。
大筋の内容は、エル爺さんから聞いた通りだ。
これであの話が事実であると確証が取れた。
さらに調べてみると、神の契約についても書かれていた。
その内容を見て、思わず絶句する。
こちらもまぁ、大筋の内容はエル爺さんから聞いた通りだ。
だが、世界の総量と、転生者が持ち込むポイントの総量が見えた。
どちらも総量上限1億ポイント。
転生者がこの世界に来るとき、合わせた総量の30%が神の取り分となる。
元手が6千万減り、手持ち1億4千万。
いやいや、“総量”であって、世界自体が持っているポイントはそんなに無い。
この世界で言うなら余剰分は1千万しか持っていなかったようだ。
ついでに言うなら、転生者も手持ちポイントを持ち込むと思わせて実は持っていない。
いや“持っていた”のだが、何故かこの世界の住人になる際に“神の追加対応費用”として全て抜き取られている。
つまりいきなり差し引き5千万ポイントの赤字からスタートだ。
ただ、流石世界の生産力、このままなら4~5年でプラスに持っていける。
ついでに言えば、転生者が行う技術革新はポイントの消費が無い。
これがメリットなのだろう。
当たりの転生者であれば、技術革新をバンバン行って、エネルギーの生産量が増える。
そうすればもっと早く赤字を黒に転換できる。
しかしそこに“利息の存在”と転生者の“神の力の浪費”が加わると、恐らく負債は永遠に赤になるどころか膨らみ続ける。
更に利息は払いきれなければ元本に加わるとか、もう意味わからねぇ。
当たりの転生者がバンバン技術革新して、なおかつこの世界のルールに気付いて神の力を浪費しなければ、世界はかろうじて生き残れる。
しかし気付かずに浪費しまくれば、早ければ10年くらいで崩壊が見える。
ついでに、転生者が死ぬかいなくなれば、罰則としてまた総量から30%が差し引かれる。
初めから焦げ付かせるためだけに設定されているとしか思えない内容だ。
ただ、これに対してどうすればいいかが思いつかない。
まだ崩壊してなく、転生者も死んでいないこの世界では、前回のように単純にパラメーターをいじるだけでは根幹は変えられない。
ダメ元で、マキーナに呼びかける。
「マキーナ、これ“神”の部分の消去とかできないかな?」
<ハッキング、開始します。>
おお、何かし始めた。
流石マキーナ先生。
表示されているデータに、白い電気のようなゴーストのようなキャラクターが現れる。
“Hack you!”
と言うメッセージも、そのキャラクターに合わせて至る所に現れる。
(どっかで見たようなメッセージだな……。)
マキーナ先生が突然スラングを使う事にも驚いたが、問題なく書き換えがすんだことにも驚いた。
これで、神の取り分は全て消え、負債も消える。
神の手から切り離され、この世界はこの世界だけでエネルギーを循環させる。
これなら、アタル君がチート能力を使ったところで、世界は十分許容できるだろう。
恐らく、魔族ももう必死には攻めてこない気もするが。
そして、書き換えが終わった一通り見直した時に、それに気付いた。
「アタル君、細かな説明は省くが、起こりうるだろう世界の崩壊は止めることができた。
今後は深く気にすることは無いだろうと思う。」
周囲から安堵のため息が聞こえる。
「もう一つ伝えなきゃいけないことがあるんだが、アタル君。」
あまり気は進まないが、伝えねばならない。
「この世界に居続けるのと、転生前に戻るの、どっちがいい?
今ならどちらかを選べるぞ。」
アタル君と三人娘が固まるのが見えた。
アタル君が悩み出す素振りを見せたので、先に釘を刺しておく。
「悪いが余り時間は無い。
……俺の足、見てみ?」
“神との接続”を断ち切ったからだろう。
俺の足下から徐々に光の粒子化が始まっていた。
接続を切った事が、イコールでこの世界を破壊した、と自動認識されたと言うことなのだろう。
「……僕は、前世で何も出来なかった。
その後悔は残りますが、今はこちらの世界も大事だと思っています。
だから残りたい。
……やっぱり、親不孝者ですね。」
表示されていたアタル君の再転送コマンドを、キャンセルする。
難しい質問だ。
俺には答えられない。
「俺は、……そうだなぁ。
“君の選んだ意志を尊重する”としか言えないよ。
君が自分で決めたことだ。
願わくば、今度こそ後悔しない生き方をしてくれ。」
全身が光の粒子化し始める。
そうだ、消える前に言っておかなければ。
「君の探している奇跡のメダル、始まりの村で“エル爺さん”と呼ばれるお爺さんが持っている。
彼に会いなさい。
きっと君に足りない、“生き方”を教えてくれる、信頼できる方だ。」
ちょっとしたイタズラ心が沸き、そう伝えた。
ゴメンね、魔王様。
後を頼みます。
アタル君が何かを言い返してくれていたが、最早聞こえなかった。
また、俺の旅が始まる。




