353:ステージ3~進化~
<警告。勢大、上空から艦砲射撃です。>
アウターゴッドのレポートに集中していた俺は、マキーナの言葉が理解できなかった。
いや、レポートを読んでいなかったとしても、理解できなかっただろう。
視界の右上、周辺の地形を示すレーダーに、危険域を示す赤い丸円が表示されている。
この場所は赤い円の外側にいるようだ。
そこまで思考が及んだ直後に、光の柱が大地に突き立つ。
定着エリアの一部に着弾したソレは、眩い閃光と共に爆炎が上がり、少し遅れて轟音が鳴り響く。
「は?え?」
[ヤバいぞセーダイ!軌道上まで降下していた戦艦タイタンから、こちらに向けて砲撃してきてる!]
全く思考が追い付いていない俺の機体を、ロゥのナイトフィーニクスが後ろから掴み、個人回線で通話してくる。
「なん……で?」
[オメェの口癖じゃねぇが、俺が知るかよ!
バッカニアからの呼びかけに応答しないらしい!
バッカニアはまだ離陸できる状態じゃない!
何かやべぇぞ、これ!」
ロゥが怒鳴りながら、背中にマウントしていたガトリングガンを右腕に構える。
俺もそれを見て、何が何だか解らないままリファルケにガトリングガンを装備させる。
そんな事をしていても、戦艦の主砲で狙われればイチコロだと言うのに。
「……マジかよ、俺達に、撃墜命令が出たぞ。]
緊急指令が俺のモニター上にも表示されていた。
俺はその指令を開くと、ロゥが言ったとおり“戦艦タイタンを無力化せよ。”と言う指示がきていた。
“無力化が困難な場合は撃墜も許可する”と言う一文までついている。
その指令を見て、ようやく気持ちを切り替える事が出来る。
アレは敵と認識された。
なら、倒さねばならない。
理由や原因は、その後で考えれば良いことだ。
「……なら、やるしか無いな。
行くぞ、ロゥ。」
俺は機体を軽くジャンプさせると、即座に飛行形態に変型させて空を走る。
[お、おい!
ったく、お前こう言うときマジで行動速いな!]
ロゥのナイトフィーニクスも即座に変型すると俺の後に続く。
俺達が上昇し続けている間も、艦砲射撃は止まらない。
こう言うとき、モタモタしていれば被害が拡大するだけだ。
じっくり考えて妙案を思い付くよりは、稚拙でも行動を起こした方が良い。
起こした行動の結果を良くするか否かは自分次第だが、何もしなかった結果の被害は、自分自身ではどうにも出来ない。
雲を抜けて上昇を続けると、戦艦タイタンの姿が小さいが視認できる。
だがその前には、無数の黒い影が立ちはだかる。
[うそだろ、オイ……。]
90tクラス軍用AHM、シルフ。
全身の装甲が紫にペイントされたソレは、タイタン所属の艦載機を意味する。
最終的な所属としては統合政府軍だが、船団の規模が大きいため各戦艦毎に組織化されており、ソレを見分けやすくするため戦艦毎に機体の標準色が違うのだ。
「こちら、旗艦バッカニア所属、テストパイロット隊のセーダイ・タゾノだ。
そちらの作戦行動の理由を知りたい。
そちらの攻撃が、民間人が多数いる定着エリアに着弾している。
現在行われている作戦行動を説明されよ。」
こちらからの通信に応答する気配は無い。
それどころか、こちらが上昇していても滞空したまま動かず無反応だ。
突然言葉が通じない存在を相手にしているような、無機質で不気味な沈黙が流れる。
[セーダイ!アレ見ろ!]
ロゥが何かを発見したらしく、拡大映像をこちらに送ってくる。
その画像には、紫の装甲板の隙間、機体の関節部分の間を血管が脈打つように、黒い何かの線が脈動していた。
[……ギ……ギギ……。]
金属が擦り合わさったかのような不快な音が通信機から流れると、先程まで微動だにしなかったシルフ達が一斉に武器を構え、散開する。
規則だったその動きに、俺はあるものを感じていた。
「……インセクトビーの動きだな。」
3体ずつの固まりが、大きく弧を描くように上下左右から8の字を描くように回り込んでる。
この動きは、統合政府軍の動きでは無い。
完全に、今まで俺達が戦ってきたインセクトビーとインセクトリーパーの飛び方だ。
[セーダイ、どう見る?]
ロゥの声に、冷静さを取り戻す。
ロゥは不機嫌さを隠すことの無い、低く重い声だった。
コイツはきっと、まだ可能性を模索しているのだろう。
「お前の想像通りだろうな。
ありゃもう、操られちまってらぁな。
なら、俺等に出来るのは、サッサと楽にしてやる事だけだろうさ。」
「でもよ、もしかしたらまだ……。」
どうしてそうなるのかは俺にも解らない。
だが、いつか何処かの世界で、あの黒い液体に支配された科学者を俺は知っている。
アレに操られると、それはもう脳まで支配される。
そうなったなら、もうどうやっても戻れない。
あの黒い薬を体内に摂取した奴は、量の度合か遅かれ速かれ支配されると言うことなのだろう。
どうやったか知らないが、あの戦艦タイタンの人間は全員、或いは大多数が黒い薬を摂取していると言うことだ。
「悩むな、ロゥ。
相手はもう死んでる。
俺達の力じゃ、死人は救えない。」
複数ロックしたシルフに目がけ、ミサイルを連続発射する。
シルフ達は即座にエーテルシールドを展開するが、こちらのミサイルは貫通力を強化した特別製だ。
全てのミサイルはシルフのシールドを容易く貫き、コクピットに直撃、そのまま爆発して墜落していった。
[……そうだろうな。]
ロゥのナイトフィーニクスも、機首の下に備え付けられたガトリングガンと主翼のミサイルを吐き出し、シルフを次々と撃墜していく。
あらかた片付け、もう一度上昇しようとしたその前を、青白い光の尾を引くエーテル弾が通り抜ける。
[新手だ!
3時方向!今相手した部隊よりも数が多い!]
「……オイオイオイ、マジかよ。」
このまま上昇を続ければ、尻から狙われ続けることになる。
相手にせざるを得ないかと焦りながらも、敵の増援をモニターに映し、それを見る。
バッカニア所属のシルフ、戦艦バッカニア標準色の黒で塗装された機体が敵味方識別信号が不明のまま、近寄ってきていた。
[……なぁ、あの部隊、何か変だぞ?]
全ての軍が敵か、そう覚悟をしてトリガーに指をかけようとしていた俺に、ロゥの呟きが聞こえる。
「変って、何……。」
近寄ってきている機体、モニターを拡大すると、どの機体も所属部隊の番号が滅茶苦茶だ。
中には番号が見えない機体もある。
いや、それどころか、欠損している部位があるシルフばかりだ。
ただ、その欠損している部位には、黒い何かが脈動して蠢いている。
「奴等、シルフまで使い出したって事か!?」
副兵装のバルカン砲でシルフに向けて威嚇するが、エーテルシールドで受け止められる。
[……連中、遂にこっちの科学技術に追い付いた、って事かもな。]
ソレを使える奴を乗っ取って使うのと、修理して自分達でも使えるようにする、では、大きな開きがある。
……考えたくないことが、遂に起こり始めていた。




