352:ステージ3~緩やかな崩壊~
-緊急放送をお送り致します。
本日未明、バッカニア船団統合管理局より告知がありました。
本惑星は、一度“再浄化”されます。
居住区エリアにお住まいの皆さんは、各ブロック管理局員の指示に従い、指定の打ち上げ船にお乗り下さい。
その際に持ち込めるお荷物は、ロズノワル社支給スーツケースでお一人様1つまでとなります。
繰り返します、……。-
俺は広報チャンネルをオフにする。
ニュースはどこもこの話題で持ちきりだ。
とは言え、ニュースなんてものをやれているのは宇宙に残っている船団の放送局くらいで、地上のマスメディアの関係者は、情報統制の一環として真っ先に宇宙へと打ち上げた。
宇宙船の操縦に関わる者も最優先だ。
残ったのはいわゆる“それ程重要では無い”一般市民と、ソレを警護している統合政府軍と俺達ロズノワル軍のみ。
とは言え、重要な人間は全体の1割にも満たない。
これから残り9割以上の人間達を、急ピッチで打ち上げなければならない。
この隙を敵性生物が見逃すはずが無い。
俺達はそれぞれのALAHMに乗り込み、周辺警戒に当たっていた。
[しかし、ナイアちゃんは本当に大丈夫なんだろうな?]
「わからん。
だが、格納庫は元通り戦艦バッカニアに取り付けたんだ。
少なくとも、今の俺達よりは安全だろうよ。」
戦艦バッカニアも、再度宇宙に上がれるようにと、整備を急いでいた。
先の大攻勢で整備兵もかなりの人数がやられていたが、宇宙から他の船の整備兵が回され、俺達の機体の整備と格納庫の再接続は無事に完了していた。
今残されている人々には、さざ波がいつか大きな波になるように、不安と動揺と、そして混乱が広がっていた。
更に、少なくない数で密入国している、或いは罪を犯して宇宙に上がれない人間がいることも、混乱に拍車をかけた。
早く宇宙へ上がる船に乗せろと詰めかける人々、他者から暴力的な行為で乗車チケットを奪う者達など、定着エリアの治安は一気に悪化している。
そして、そんな心の隙間を埋めるのは例の薬物だ。
あの黒い薬も、定着エリアの住民達に急速に広まっていった。
<勢大、例の黒い薬についての情報が、ある程度精査できました。
結果を表示します。>
俺のヘルメット内のモニターに、マキーナが集めた情報が表示される。
「……何々、あの黒い薬は“アウターゴッド”と呼ばれ、新種の麻薬として蔓延……なるほどねぇ。」
“アウターゴッド”
そう名付けられていたあの黒い薬は本来、脳内のナノマシンに強く作用し活性化させることで思考能力の上昇、感覚の鋭敏化を誘発させる、眠気覚ましや活性剤としての目的で作られた薬らしい。
ただ、ソレを服用することにより強烈な多幸感と万能感を引き起こし、その体験から常習しやすい傾向が出たこと。
しかも、使えば使うほどナノマシンの機能が下がり、回数を重ねる程より多くの量が必要になってしまうようだ。
更に、副作用として食欲が減退したり、幻覚を見たり幻聴が聞こえるようになったり、凶暴性が強くなりナノマシン本来の防疫性が著しく減退するなど、デメリットが重すぎるため廃止されたとの事だ。
だが、ソレを体験した科学者や被験者が、またあの快感を味わおうと犯罪組織に持ちかけて研究を続けたことが、この薬が蔓延する事になるキッカケだったようだ。
この薬はそれが蔓延しだした当初から問題になり、摘発と取り締まりには統合政府軍も協力していると言うことだ。
(なるほどねぇ。元の世界でも危ない薬があったが、それの未来版みたいな奴だなぁ。)
ちなみに、元の世界での危ない薬もこの世界にはあるが、ナノマシンの力によりほぼ無効化されている。
むしろ一部の薬は、その効能だけを生かすように調整されたらしく、その辺の薬局でも頭痛薬と同じ様なジャンルとして普通に販売されていたりする。
結果、犯罪組織としても収入源を絶たれた結果だったのに、こうして新たな収入源を見つけてしまったわけか。
そりゃあ、急速に蔓延するよなぁ。
通常は粉の状態で取引されており、何らかの方法で入手したそれらを、水に溶かして注射器で打つのが通常の使い方だそうだ。
ただ、より強烈な刺激を求めるなら、粉のまま鼻粘膜からの直接吸収、火で炙り再液体化させた上で冷却、冷やした高濃度液体のアウターゴッドを目から吸収するという方法もあるらしい。
見た中で一番ぶっ飛んでいるなと思ったのは、高濃度化した液体を尻から直腸で吸収するという方法をとるという、かなりの猛者もいる事だろうか。
(効果や効能は解ったんだが、肝心の製法や原材料は何だ……?)
“アウターゴッド”の効果や効能はわかったが、その製法や原材料は謎が多い。
何かの残骸を乾燥させてすり潰し、粉末状にした物らしい。
ではその“何らかの残骸”はどこで入手しているのか?
調べる内に、1枚の記事まで辿り着く。
(……ん?随分古そうな記事だな?
“ZX-1統治機構は、この原生生物に寄生していた黒い液状の生物が、人類にも取り付く危険性があると……”なんだ、こりゃ?)
ZX-1開拓当時の、記録誌か新聞記事の一部だろうか。
そこにはカニというか蜘蛛というか、とにかく多脚の生物の死骸と、その周りで何かを採取している防護服姿の複数人の化学者らしき存在が収められた写真が写っている。
多脚生物の表皮?なのだろうか。
その皮らしき真っ黒な表皮を、ナイフのような刃物で削り取り試験管に入れているシーンだ。
(……まさか、コイツらの皮がアウターゴッドの原材料って事か?)
その後の記事として、“画期的な活性剤の開発が!?”みたいな記事がいくつも並んでいたが、ブームが過ぎたのか問題があったのか、パタリと話題が途切れてしまう。
あまり想像したくない話だが、どうやらそうだったらしい。
<いいえ、勢大。
その後の記事も幾つか参照して下さい。
どうやら、ZX-1に本来いた生命体も、“黒い装甲”を纏っていたようです。
つい最近の研究で、この星の敵性生物が纏っている物と同じ素材だと解明されているようです。>
コクピットの中、ましてや被っているヘルメット内にモニターが写っているので意味は無いが、俺は慌てて顔を上げる。
“この星とこの移民団の母星は繫がっている”
嫌な予感が頭を走った瞬間、ようやくこの時に思い出す。
「……マキーナ、“アーク”の母星は、どこだった?」
少しの沈黙の後、マキーナからの回答。
<ログを確認しました。
“ZX-1”と、ワルアーク総帥が言っています。>
他の生物を食らいつくして増殖すると言う、人類だけでなく他の生命体全ての敵。
そこが、このバッカニア移民船団の母星だった。




