350:ステージ2終了~思いの丈~
ロゥと俺は、お互い無言でプロテクターを身に纏う。
被ダメージレベルは最大。
ほぼ“実戦通り”の設定で、死に直結しそうな攻撃のみフィールド内に蔓延している防御シールドが身を守ってくれる。
俺とロゥが稽古をするときの、ある意味で基本設定だ。
「おいセーダイ、謝るなら今のうちだぞ?」
準備を終えたロゥが、右手に持つコントローラーを操作すると、コントローラーの先から半透明の刀が出現する。
俺も2つのコントローラーを持つと、刃先の短い刀をそれぞれの手に出現させる。
どう言う理屈かは解らないが、このコントローラーには事前に設定した武器を、このフィールド内においてのみ、実体化させることが出来る。
元の世界のVR技術が最もイメージに近いが、ソレとの違いは実際の重量や質量まで感じられることだろう。
例えばコントローラーに大太刀を設定したとして、非力な奴が持とうとすればそれだけでフラつくくらいには重い。
相手に振り下ろせば、実際に刃が当たり切れた所でその感触を感じながら振り降ろしも止まる。
勿論、筋力のある人間が使えば、両断する感触と共に振り抜く事が出来るだろう。
やられた相手にも、ダメージレベルに応じた電流が流れるようになっており、確実にやられたと解る。
死に至る危険性は低いが、命のやり取りと同じ緊迫感を得られると言うことで、俺とロゥはよくこのトレーニングルームを活用していた。
「それはこっちの台詞だ。
駄々っ子にはお仕置きってな、昔から相場が決まってるぜ?」
左手の小太刀を逆手に持つと、右足を引いて右手の小太刀を順手に持つ。
右足を引き、左の小太刀を水平に、右の小太刀の先端をロゥの顎に向くように構える。
「オメェ、素手格闘ばっかりだったが、それが本当の流派か?」
ロゥは太刀を正眼に構えると、先程までの激昂が嘘のようにピタリと静まる。
「いやぁ、実は俺、武器を使った格闘術は知識で習ってる程度でね。
小太刀二刀流なんて、型を数回習った程度だ。」
俺が教わった武術の基本に、小太刀二刀流は無い。
ただ、点々としていた異世界の何処かで、二刀流は一刀流に対して防衛し続ける事が出来るので、千日手の状況を作りやすい、と聞き、少し教わったことがあるのだ。
「あぁ、そう、かよ!!」
ロゥが虚を着くかのように、会話中に踏み込んでくる。
鋭く、速い。
鋭く足を滑らせると想像以上に踏み込んでくる。
手にしている刀も鞭のようにしなり、素早く俺を打ち据える。
「おっと、まだやられねぇ。」
最初のウチは、これだけでやられていたモンだ。
俺も少しはやられ慣れたのか、刀の軌道が見える。
俺の頭を割ろうとする太刀の軌道に左の小太刀を差し込み、弾き返す。
振り下ろす刃と横に薙ぐ刃が重なり合うことで火花が散り、重い手応えに左手が軽く痺れる。
「おいおい、実戦なら刃を傷めるぜ。
ちゃんと鎬で受けろよな。」
弾かれたことを把握すると、ロゥはすぐにまた滑るような移動で間合いを取る。
「ビームの刃に鎬もクソもねぇだろうが。
……なぁ、お前は何故そんなに彼女に執着する?
本音を言えば、俺は彼女が“敵性生物側のスパイ、または兵器”なんじゃないかと疑っている。
あの見た目は異質な物を感じる。」
「……それだって、疑いだろう。
黒と決まった訳じゃ無い。」
ロゥから殺気が消える。
今までのような細かく動けるような姿勢では無く、腰を落とし大きく足を開くと地面を踏みしめ、上体を捻りながら太刀を右肩に担ぐ。
左手は太刀の掴頭に触れる程度の姿勢となり、ピタリと止まる。
肩に担いだ太刀の切っ先がこちらを向いている程の捻られた体勢、何となく見覚えがあるような気がした。
「東川一刀流剛の剣、奥義、“音断”。
受けられるものなら受けてみろ。」
一気に殺意が吹き出したロゥを見据えながら、内心ではその言葉に“あっ”と思う。
“この奥義は、防げない”
俺は即座に左手の小太刀を捨て、右手の小太刀を大きく上に上げると、刀の背を俺の背中につけるようにして構える。
左手は開き、振り下ろす刀の掴頭と合流できる位置に沿わせる。
“勢大殿、この剣の極意はな、全身のバネを限界まで伸ばし、一気に縮める事じゃよ。”
無銘一刀流剛の剣、奥義“音断”。
どちらが源流かは知らないが、何処かの世界で習ったあの奥義だ。
こちらが縦方向への加速に対して、あちらは横方向への加速の道を選んだという訳か。
周囲の空間が歪みそうなほどお互いの殺気でフィールドが満たされていく。
満たされ切ったその時、ロゥの口が動く。
「あの妙な神を自称する奴に“転生させてあげる”と言われて、目を開けたら、自分一人。
色んな事をして、どうにかここまで辿り着いた。
この世界で、話の合う奴は誰もいない。
孤独で、絶望感すら感じていた。
……そんな時に、お前がきた。
俺には、お前がきてくれたことが希望だった!
お前だって、そうだったろう!
それなのに、似た境遇のあの子には、怪しいからと、ただそれだけの理由で、お前は刃を突き付けるのかよ!!」
その言葉に、一手遅れる。
ただでさえ、太刀と小太刀でリーチに差がある。
横薙ぎに振り抜かれた太刀は俺の体を横一文字に斬り裂く。
文字通り、“音すら断ち斬る”一撃だった。
続く電流の衝撃に、俺は後ろへと吹き飛ばされる。
だが、肉体の痛みはさほど感じていない。
それよりも、ロゥの刃は俺の心に深く刺さっていた。
「……お前は。」
大の字に寝転がったまま、フィールドの天井を見上げながら、俺はロゥの言葉を受け止めていた。
コイツには気付かされることばかりだ。
まだ俺は、やはり心の何処かで“他人事の世界”と感じていたと言うことか。
ため息が出る。
いつ果てるともわからない、この旅に対しての疲れが。
いつも同じように好き勝手している、転生者への軽蔑が。
似たような登場人物が巡る、この世界が。
ただの日常になり果て、ただの作業に変わっていたのか。
諦観という俺の心を、ロゥは見事に真っ二つにしていた。
「……お前は。
お前は、やっぱバカだな。」
ムクリと起き上がり、強がる。
叱られて、素直になれるほど若くも無い。
なら、精一杯強がりたい。
俺を希望と呼んでくれるなら、それに相応しい奴にならねば。
「なんだとオメェ!
俺と歳は対して変わらねぇだろうが!」
「いーや、バカだね。
お前も実はちょっと怪しいかな?とか思ってんだろう?
だったら、もう少し上手い言い訳で言いくるめろよ。
アレじゃ通る話も通らねぇよ。」
“え?マジで?”と、ロゥは腰砕けになって、俺に心配そうに訪ねてくる。
幸い、トレーニングルームの使用時間はまだある。
ここなら、ナイショ話は外に漏れないから好都合だ。
俺とロゥは、時々体を動かすフリをしながら、この後の作戦を練っていくのだった。




