340:ステージ1~模擬戦と決意と~
(すげぇな、機体を操ると言うよりは、もはや俺自身が機体になった様だ。)
後々に知ったことだが、ヘルメットからシートに繋いでいるこのケーブル、機体の情報をダイレクトにヘルメットに伝える為のモノのようだ。
ヘルメット内のナノマシン経由で脳内のナノマシンと情報のやり取りが行われるのは以前の世界も一緒だったが、あちらは全て無線だった気がする。
こう言うところは、もしかしたらまだ進化し続けている最中なのかも知れない。
それでも、情報の伝導率はあの時と比べものにならないほど高い。
自分が全長約20メートルの巨人となった感覚だし、何なら右手に持つガトリングガンの感触、トリガーの感触さえ感じられる程だ。
その、大きく広くなった知覚で、ナイトフィーニクスを睨む。
ナイトフィーニクスも同じようにパイロットと一体化しているのか、やや腰を落とした姿勢でありながら、しかし変に体に力が入っている体勢では無い。
猫が姿勢を低くし獲物を狙っている様な、しなやかさを感じさせる戦闘体勢だ。
<セーダイ、この機体は人型形態と飛行形態を往復できるようです。>
その言葉を聞いた瞬間に、閃きと共にシートの可変レバーを引き上げる。
一瞬機体が飛び上がると、可変して飛行機形態に。
そのままブースターに点火すると、一気に上昇する。
[何っ!?
人型形態からも飛行機形態になれるのか!?]
ロゥの操るナイトフィーニクスが、俺のファルケが飛び去った後の空間にガトリングガンを撃つのが見える。
危ねぇ、もう一瞬遅ければ、蜂の巣になるところだった。
[お、気付いたか!
その2機は従来の量産機とは違い、人型形態と飛行形態を何度でも往復できる。
この機体は遂に技術的ブレイクスルーを果たしたのだ!]
整備班長が嬉しそうに通信してくるが、こちらはそれどころでは無い。
地上から吐き散らかされるガトリングガンの弾を、加速、急旋回と必死に動いて避ける。
[やるじゃねぇか、だが、逃げるなら追わせてもらうまで!]
ロゥのナイトフィーニクスも小さく飛び上がると飛行機形態に変形し、一気に加速上昇してくる。
だが、先に飛んでいた俺の方が、位置取りするには有利だ。
初速を稼ぐまで上に真っ直ぐしか飛べないロゥ機を、回り込むようにして後ろにつける。
「そら、お返しだ!」
トリガーを長押しせず、手動3点バーストの要領で短く区切ってガトリングガンの弾を放つ。
長押ししていると一気に銃身が過熱する。
それを押さえるため、短く断続的に攻撃を繋げる。
「オラ、シールドが弱まってきたぞ!どうする!」
ミサイル用の照準がロックオンしたことを伝えてくる。
「残念、もらっ……何っ!?」
親指のスイッチに指をかけた次の瞬間、映像では見えているのに、ロックオンマーカーが突然見失ったかのように外れ、画面上をフラフラとさまよう。
[おぉ、ヒガシカワもちゃんと使いこなしだしたな。
それがナイトフィーニクスに搭載された新機能、“フルステルス”だ。
敵のセンサー、ロックオンシステム全てを妨害する、その機体の一番の特徴だ。]
整備班長が嬉しそうな声を上げるが、これはやられた方はたまったもんじゃない。
全ての火器管制システム、レーダーに至るまで、ナイトフィーニクスを見失っていた。
(マキーナ、全て手動に切り換えろ。)
<警告。脳への負担が著しく……。>
(いいから、やれ!)
後頭部にガツンと殴られたような衝撃を受けるが、構わず目を見開き、ナイトフィーニクスの後ろ姿を捉える。
「この程度、ティーゲルに比べれば大したこたぁねぇなぁ!!」
操縦とは別に、右手親指のコントロールボールを動かすと、俺は手動でガトリングガンの弾道をコントロールし、先読みで命中させる。
[やるじゃねぇか!!]
ナイトフィーニクスが機体を大きく傾けると、雲の中へと飛び込んでいく。
マズい、センサーもロックも効かない状態で姿まで眩ませられたら、完全に勝機を失う。
「させねぇよ!」
ピッタリと後方に食らいついたまま、俺も雲の中に飛び込む。
視界が悪いが、ナイトフィーニクスの機影は捉えたままだ。
「ミサイル、指定したコースに順次発射だ!」
ロックオンは出来なくても、真っ直ぐに発射することは出来る。
相手の行動を先読みし、正面に2発、移動しそうな位置にもう2発撃ち込む。
[悪いな、ソイツを待ってた!]
ナイトフィーニクスが目の前で人型に変形したかと思うと、その敏捷性を生かしてこちらに振り返り、俺のリファルケから放たれたミサイルを次々に撃ち落としていく。
撃ち落とされたミサイルは爆発し、濃い白煙の塊の中に、俺はツッコむことになる。
「やべぇ、回避運動を……!!」
自ら煙幕をはって敵機体を見失う、という最悪の結果に焦り、俺は機首を上げて雲の上に飛び出る。
[悪ぃな、捉えたぜ。]
俺が飛び出した雲と白煙の中から、飛行機形態に再可変したナイトフィーニクスが飛び出して俺の機体の後ろにピタリとつける。
白煙から飛び出すその黒い翼に、一瞬見惚れる。
[俺の勝……えっ?]
ヤバい!と思った次の瞬間、画面がブラックアウトし、視界の中心に“警告”の文字が浮かんでいる。
[2人とも、面白かったがそこまでだ。
また原生生物の群れが侵攻中らしい。
軍が出撃しているが、各施設の防衛にこっちも出撃しろと命令が来た。
今のお前等の戦闘情報を元に調整しておいてやるから、とっととグリフォンに向かえ。]
整備班長の通信と共に、シミュレーターのハッチが開く。
少しだけ助かったと思いながら、俺はシミュレーターから飛び出す。
「くっそぉ、後ちょっとだったのになぁ!」
「まぁ、次のお楽しみに取っておこうや。」
悔しがるロゥの肩を叩きながら、俺はグリフォンに向かう。
機体の目の前まで来ると、俺のグリフォンの肩には“04”というペイントから“T02”というペイントに変更されていた。
隣のロゥの機体を見ると、サンドブラウンのカラーではなくバッカニア所属のグレーがかった黒に変更されていた。
ただ、急いで塗装したのか、主要な外装部分以外は元の機体カラーが薄らと見えていた。
「何だよ、機体色まで変える必要あったのか?」
「そりゃそうだろ。
お前がバッカニア所属でなかったら、どこの所属だった?、って話になっちまうからな。」
ロゥは複雑な表情を浮かべながら、頭をガリガリとかく。
「……わかんねぇ。
アンタみてぇに、そんな冷静に割り切れねぇよ。」
「お前等、何を遊んでる!
早く乗り込め!」
偉そうな誰かの声が響き、俺達はそれぞれの機体に乗り込む。
コクピットシートにセットされているヘルメットをかぶりながら、先程のロゥの言葉が頭を巡る。
俺は、いつからこんなに、人の死に鈍感になったんだ?
転生者の世界だから、と、極力深入りしないようにしていたのは間違いない。
だが、それとこの世界の人達が生きている事は別物じゃないか。
深呼吸を1つ。
いかんな、これじゃ散々見てきた“ゲーム気分の転生者”達と同じじゃないか。
機体にエネルギーが行き渡り、幻獣が目を覚ます。
[T02、発進どうぞ。]
「テストパイロット隊所属、タゾノ二等兵、グリフォンで出ます。」
後ろへの僅かな重力を感じながら、カタパルトを滑る。
機体の重さを感じながら、俺は改めた決意と共に空を舞うのだった。




