339:ステージ1~試作機~
「こ、これが、試作機……。」
格納庫で、ヒガシカワ氏が圧倒された声を上げる。
(何処かで見たような……?)
俺も圧倒されてはいたが、何となくその機体のシルエットには見覚えがある。
ロズノワル社が持ち込んだ試作機、それの設定を行うためと言うことで、バッカニア戦艦部分の格納庫、それもかなり奥まったところにある区画に、俺達は招集されていた。
そこには2機のALAHMがハンガーの中で人型形態で格納されているのが見え、俺とヒガシカワ氏はその姿に感動しつつ圧倒されていたのだった。
ハンガーに拘束されている内の1機は全身が黒を基調とした塗装で、赤い線のような光が要所要所に通っている。
もう1機の方は銀を基調とした塗装がされていて、黒の方でいう赤い線の代わりに、青い光の線が全身に張り巡らされていた。
俺が何となく見覚えのある方は、銀の機体の方だ。
見覚えがあるようで、何かが少し違うため、微妙に思い出せないのがもどかしい。
「おぉ、アンタ等が新しいテストパイロットさん達か。」
油で汚れきっていて、元は白かったであろうツナギを来た壮年の男がこちらに近付く。
「俺がここの整備班長のロバート、ロバート・ダーレスだ。
よろしくな。」
整備班長と俺達はそれぞれ名乗り、握手を交わす。
多少の雑談でもあるのかと思ったが、整備班長は時間が無いとばかりに、すぐに機体に振り返り説明を始める。
「タゾノにヒガシカワだな。
よし、それはともかくコイツらを見てくれ!
コイツらが我が社の次世代ALAHM、それの試作機だ。
どちらも100tクラスで、奥の黒いのは“ナイトフィーニクス”、それと手前の銀の機体は“リファルケ”と言う。
お前等に預ける、俺の大事な子供達だ。」
「ちょっ、ちょっと、“ファルケ”って言ったら帝国……いやアンヌ・ンの!?」
俺は思わず声を上げる。
そうだ、一回り以上大型になっているが、コイツはファルケだ。
この時代からすると遙か未来、文明が衰退した時代に俺が帝国軍で最初に乗ったAHMだ。
何故それがこんな所に?と思った瞬間、整備班長が満面の笑みで俺の両肩を掴む。
「おぉ!お前も人型機械が好きなタチか!
最新鋭作業機械のこともよく調べているな!
だが惜しいな、ファルケの基礎設計は実はロズノワル社なんだ。
アンヌ・ンに50tクラスの作業用HMとして販売したが、そのファルケを軍事用にリファインしたのがこの機体というわけだ!」
帝国のベストセラーも、元を正せばロズノワルの設計だったのか。
同類と思われたのか、整備班長は上機嫌だ。
まぁ、確かにこの時代、90tクラス以下を調べているヤツは珍しいのだろう。
両肩を叩かれながらも、あの時代に思いをはせる。
ボブがいたら、きっと嬉しさで昇天するかも知れないな。
「まぁ、続けるぞ。
ナイトフィーニクスは隠密性を極限まで高めた機体であり、リファルケは可変機の弱点とも言える防御能力の低さを補う事を目的としている。
武器は両機ともほぼ同じだが、ナイトフィーニクスにはその隠密性からエーテルブレードではなく、新開発の“高速振動剣”を積載している。」
「すげぇ、巨大な日本刀だ……。」
ヒガシカワ氏の目が高速振動剣に釘付けになる。
刀身自体も黒く塗られており、それがますます少年心に火を付ける仕様だ。
「火器は主兵装として右腕に装備している大型の30ミリガトリングガン、副兵装として両腕の下腕部に備え付けられている20ミリ腕部バルカン砲だ。
特に主兵装のガトリングガンは、エーテル弾薬を極限まで強化しているからな。
90tクラス以上の出力じゃなければ、エーテルシールド毎撃ち抜けるはずだ。
それとミサイルに関しても貫通弾、広域信管弾、燃焼弾と、何種類か選べるようになる。
正式採用されれば、より多様な状況に対応できる様になるはずだ。」
整備班長の言葉を聞きながら、俺は2機を見比べる。
2機は同じ装備をしているが、ナイトフィーニクスは先程の説明にあったように、背面にブレードを装備している。
ではリファルケの方は何か無いのかと機体を見るが、特に相違点が見当たらない。
「あの、リファルケの方は何か特殊な武器は無いんですか?」
思わず聞いてしまう。
「あぁ、リファルケにはナイトフィーニクスのような特別な武器は無い。」
いやんバッサリ。
“そっかぁ~”と、微妙にガッカリしていると整備班長は意味ありげにニヤリと笑う。
「“特別な武器は無い”が、“特別な装備が無い”とは言ってないぜ?
リファルケにはな、“反射装甲”と言う特殊な装甲板が使われている。
コイツはある程度の光学兵器系の弾を受け流し、吸収・反射など、防御にも攻撃にも活用できる装甲だ。
無論、実弾系の兵器に弱いなんて言うことは無い!
実弾系には……普通の装甲だ!」
いや普通なんかい。
そこは“実弾なんか弾き飛ばす!”みたいな凄い性能してないのかよ。
「まずは適性を見る。
2人とも、シミュレーターに入ってくれ。」
近くのシェイカーが2台、まるで獲物に食らいつく化け物の顎のように、そのコクピットハッチを開く。
この試作機用の専用シミュレーターなのか、よく見る灰色の外観では無く真っ黒な外観で、幾つものケーブルが接続されている。
「そうだ、コイツは専用のメットを使う。
このメットを使え。
コクピットに座ったら、額の近くにあるケーブルを引き出して、ヘッドレストの脇にあるコネクタに接続しろ。」
コクピットシートに座り、ヘルメットを被ると言われたとおりにコネクタに繋ぐ。
次の瞬間、脳内に膨大な情報が流れ込み、目眩と吐き気を感じる。
マキーナがサポートしてくれたのか、幸いすぐに体の不調は治まってくれた。
<このシステム、未来世界で使っていた“チェリーブロッソム”というシステムに酷似しています。>
マキーナに言われるまでも無く、かつて嫌と言うほど味わったあの感覚を思い出していた。
<この機体、システム的にあれを常時起動している様な状況です。
最大限サポートしますが、長時間集中し続ける様な戦闘は避けるようにして下さい。>
努力はするがよ、早速そうも言ってられないようだぜ?
モニターに映るのは1機の機体。
先程見ていたナイトフィーニクスだ。
[悪いなタゾノさん、アンタがノンビリしてるから、俺が先にコイツを選んじまったぜ?]
「ははっ、若者に花を持たせたのさ。
それと、別に“セーダイ”と呼んでもらって構わんよ。」
機体に乗るだけで中々に厳しいが、そんな弱音は吐いていられない。
[じゃあ、俺のことは“ロゥ”と呼んでくれ。
……前の部隊では、そう呼ばれていた。]
余裕綽々な言葉とは違い静かな闘志と、そしてすこし寂しさの混じる言葉だった。
その言葉を聞いて、俺も心が静まる。
開幕は、お互いに動かない静かな幕開けだった。




