33:話しあい
「殺ったにゃ!」
刀身を肩に担ぎながら、恐ろしい速度で突撃してくる。
左手にあるメイスの柄で受けようと思ったが、不意に、この世界の謎ルールで“何でも切れる剣”とかだったら嫌だな、と頭をよぎった。
なので、振り下ろされる角度に対して斜めになるように左手を差しこむ。
受ける、ではなく受け流すへ。
右足を一歩踏み込み、相手の両足に防ぐように入れる。
右手で相手の後ろ襟を掴み、しゃがみながら思い切り下に引く。
試合ならここで手を離して相手の頭を守ってやるが、そうする義理は無い。
思い切り頭から地面に叩きつけ、後ろに転がり構え直す。
猫耳娘は中々に頑丈のようで、意識を失わずに何とか立ち上がろうとしているが、両手を地面に付けて何かに耐えている。
頭から地面に叩きつけられたのだ。
船の上にいるように、地面が揺れて大変なことになっているだろう。
必死に剣を拾い、何度か尻餅をつきながらもようやく立ち上がる。
「い、良いだろう。
お前はアタシを本気で怒らせたにゃ。
本当の本気でやってやるにゃ。」
猫耳娘は左手の小手を外すと、爪を伸ばす。
右手で剣を肩に担ぎ、左手は体に引き寄せつつ五指を揃えてこちらに向ける。
「お前も、その鎧が神様とやらに貰った“ちーと”とやらなんだろう?
この前みたいな準備はしなくて良いのかにゃ?」
全身に燃えるような怒りが走る。
深く息を吸い、そして吐く。
心の水鏡を落ち着かせる。
『マキーナ、戻れ。』
<解除します>
装備を解除したことを怪しむ猫耳娘に、一応の説明をしておいてやる。
後で言いがかりをつけられるのもたまらない。
「これは、友人から受け継いだ形見でね。
不正行為などと比べられること自体、俺には我慢ならない。
そこまで言うなら、この鎧も、なんだったらついでに2億年近くの鍛錬した技術も使わないでやる。
喜べ猫耳、俺の41年の人生経験だけで戦ってやる。」
心を空に。
体は炎、頭は氷。
感情の波は揺らさず。
水鏡のように静謐に。
鬼の形相を浮かべた猫耳娘がまた突進してくる。
同じように右手から振り下ろされる剣を、やはり左手のメイスで受け流す。
片手の分、先程よりも容易く受け流す。
猫耳娘の左手の突きを、右手を沿わすようにして左上に受け流す。
同時に右足を上げ、膝を軸にするようにローを打ち落とす。
猫耳娘の左太腿に、“ズドン”と言う音と共に突き刺さる。
完全に入った音だ。
学生時代、“人体で一番太い骨は大腿骨だ、だからそれを折る勢いでローキックは落とせ”とよく言われていた。
相手も防御するから、結果として“バシン”という音に変わり“肉”へのダメージに変わるが、防御が間に合わない時や“芯に入ってしまった”時に、この音が鳴る。
手応えを感じつつ、膝から下を引き戻し、猫耳娘の脇腹に二撃目の蹴りを放つ。
教わった武術の蹴りは足指の付け根を当てるように打つ。
靴を履いた状態なら、つまりは先端が突き刺さる。
革鎧に守られてはいるが、骨の音を感じながら蹴り飛ばし、半歩下がって構え直す。
猫耳娘はうずくまり、最早立てない様子だった。
「なぁ、もう良いんじゃねぇかな?」
観戦席を見上げて俺がそう言うのと、ケイお嬢さんが魔方陣から転送されて、こちらに駆け出してきたのはほぼ同じくらいだった。
まぁ、酷くどうでも良いことだが、走ってくるケイお嬢さんの胸がバインバインしているのを凝視出来たことが、割とここ最近の中で一番ラッキーな出来事かも知れない。
そう思い、少し悲しくなったのは秘密だ。
結局その後、猫耳娘とケイお嬢さんは治療のためと席を外し、俺とアタル君、そしてアルスル王女の三人で話すこととなった。
先の転送機で、今度こそ応接間に通されソファに座る。
途中着替えさせてもらったので、今はスーツ姿になっていた。
「早速なんですが勢大さん、何故彼女をあんな風に痛めつけたんです?
女性にあんな風に手を上げるなんて、僕は今でも信じられません。」
アタル君が座って、開口一番に言われたのがそれだった。
思わず苦笑しそうになるが、ふざけているのかと言われるのもシャクだ。
だから真面目に返すことにした。
「女だからと差別をして欲しかったなら、先に言ってくれ。
俺の目の前にはあの時、男も女も関係ない“命のやり取りをする敵”しかいなかったんでね。」
「ふざけないで下さい!」
あらら、結局言われてしまった。
どう言えば伝わるモノか。
「じゃあ聞くんだけどよ?
君は例えば魔王が女だったら、“女だから殺せない”とか言うのか?」
「そんな事あるわけ無いでしょう!
マーブの木物語では、ラスボスは……。」
「ゲームの話はしてねぇよ。」
途中で被せるように言った俺の言葉に、アタル君は緊張したようにビクリと体を震わせる。
アルスル王女の杖を握る力が強くなったように感じる。
「すまんな。
殺し合いの場において、男だから、とか、女だから、と言うのが俺には解らん。
そう言うのが気になるならば、初めから武器など持たせなければ良い。
逆に問いたいが、何故君のパーティーは女性しかいないんだ?
俺はその、何とかって言うゲームはやったこと無いが、似たような能力を持つ男性キャラだっているんじゃないか?」
昔俺がやっていた竜を探索するゲームの三作目だって、酒場で仲間を自由にクリエイト出来た。
男性キャラは体力が高く、女性キャラは魔力が高い。
職にあった適材適所はある程度必要だと考えていたのだ。
「それはやっぱり……冒険をするならムサいおっさんだらけより……。」
流石に笑ってしまった。
意地の悪い事は言いたくないが、それでも言っておくべきか。
「カミサマから貰ったチートで無双して俺ツエェ、んでハーレム作ってウハウハ、か?
何だっけか、種類の違う女集めるのは。
確かトロフィーレディーだっけか。
王女に猫耳に一般人、後はエルフと魔族の女あたりが揃えばトロフィーコンプリートかな?
いや、最初にエルフのお姫さん助けてるから、あれをモノにしてるなら残りは魔族だけか?」
「不敬な!!」
アルスル王女が杖を向けながら立ち上がる。
向けられた杖の先を人差し指で避けながら、俺は続ける。
「失礼ながら、王女サマ。
俺ぁ今な、アタル君と話してるんだ。
悪ぃが邪魔ぁしねぇでくれねぇかなぁ?」
アルスル王女は“ヒッ”と言ったきり、杖を抱き寄せて怯えている。
座った目線の高さからだと、震える膝がよく見えた。
しかし何故こうも怯えられるのかが解らん。
交渉事に慣れてないのだろうか。
一国の王女なら、もっとヤバい交渉もしていそうなモノだが。
「勢大さん、脅さないで下さい。
貴方はその、“恐ろしい”んです。
魔王軍四天王と対峙している方がまだマシと思えるくらい。」
アラヤダ!失礼しちゃうわ!
こんなに純真無垢なおじさんなのに!
……とは言え、子供相手に脅かし過ぎたか。
随分場の空気も緊張させすぎたな。
目の前にあるコーヒーらしきものが注がれたカップを持ち上げると、香りをかぐ。
「元の世界のコーヒーに近いけど、これも君が再現したのかい?」
“話を変えよう”と暗に提示しつつ、コーヒー談義に話をスライドする。
どうやらこの世界にもコーヒーはあるらしい。
元の世界と違い、植民地ではなく同盟国からの輸入品らしい。
そんなたわいも無い話をしているうちにアルスル王女も落ち着きを取り戻し、穏やかに本題に入る。
今までの自分の過去を、最初の世界で体験したことを。
そして、魔王から聞いたとは伏せつつ、世界の仕組みを。
全て話した後のアタル君の驚きは大きかった。
何せ、詐欺の片棒を担がされていたようなモノだ。
しばらくの沈黙の後、今度はアタル君が自身に起きたことを話し始める。
ここに至るまでの、彼の旅だ。




