338:ステージ1~密談~
「いやぁ、腹減ったなぁ!」
ハワード少尉が大げさな身振りで、食器トレーをテーブルに置く。
バッカニア内の食堂、そのフロアの中でも端のテーブルに、俺達小隊員とヒガシカワ氏が席に着いていた。
「ホント、俺達ALAHM乗りの飯がこんだけとか、偉い人は何考えてるのかねぇ?」
「少尉、上層部の悪口は新兵の教育によろしくないですよ?」
ハワード少尉とリン曹長が目配せをする。
言葉では軽口を叩いているが、それとなく周辺を探っている。
ふと、リン曹長が懐からサイコロのような銀の立方体を2つ取り出し、テーブルに転がす。
「不満が溜まってるハワード少尉なら、今のアタシでもカモれるかも知れませんね。
食事の後に一勝負行きます?」
「お、良いねぇリン曹長、お前も大分ウチの隊に馴染んできたようだな。」
蒸かしたジャガイモの様な物体にフォークを突き刺し、それをリン曹長に向けながらハワード少尉は笑う。
そうして口に含み、咀嚼して飲み込んだ後、やや前傾姿勢になって真剣な表情に戻ると、クラーク准尉に目をやる。
「……入口に清掃員一人、恐らくテーブル下にゴミ1つ。」
クラーク准尉も、スープを飲む為に姿勢を前に傾けながら、視線を合わせずにポツリと呟く。
「皆、もうオーケーよ。
起動したわ。
周囲4メートル、ジャミング完了。」
ハワード少尉とクラーク准尉が、ホッと息をつく。
俺とヒガシカワ氏には何のことだか解らなかったが、ただ、ここでの会話は何かと気を付けなければならないのは解った。
「おい新兵二人、いいか、反応するなよ。
テーブルの下には盗聴器が設置されているし、入口近くのテーブルでコーヒー飲んでるのは、ロズノワル社に潜り込んでいる政府の犬だ。
迂闊なことを言ったり行動したりすると、命に関わることになる。
この船の中は大体が奴等に筒抜けだ。
もしマジで何かヤバい話をするなら、運動場に設置されている模擬戦室で防護フィールドを張った中でするか、機関室かボイラー室にしておけ。
そこなら物理的に盗聴出来ない。」
個人の戦闘技術向上を目的とした模擬戦用フィールドには、周囲を破壊させない為の防護フィールドが展開される。
それには一切の電波を遮断する副次的な効果もあるらしく、また、周囲の音も遮断されるので1対1で話すときにはよく使われるらしい。
機関室は各機械において常に“異物除去プログラム”が走っており、また、もし機械を欺瞞するような装置をつけたとしても人間の手によって同様に整備、異物除去が行われているため、複数人で話すならそこが良いらしい。
ただ、ネックなのは機関室の人間に追い出されてしまうので、あまり長時間はいられないことだ。
最後にボイラー室なのだが、ここは純粋にうるさいから盗聴器の様な物を仕込んでも全く聞き取れないため、効果が無いからだ。
だが、それはイコールで“そこで密談しようとすると大声になる”ので、話さずにローカルネット通信や筆談程度でなら最適らしい。
ついでに、ボイラー室は常に高温多湿なので長くいるのは辛いとのことだ。
「……じゃあ、今はどうやってるんです?」
ヒガシカワ氏が、やはり食事をしているように装いながらハワード少尉に尋ねる。
「フッ、ウチの隊には手先が器用な悪戯っ子がいてな。」
ハワード少尉の目が、テーブルに置かれた銀の立方体を見る。
「悪戯っ子はアナタの事でしょう?
まぁ、安心して。
ここでの会話はこの子が邪魔してくれるわ。
下の盗聴器には、意味も聞き取れもしない会話らしきモノが流れているわ。」
リン曹長はそう言って銀の立方体を指でつつく。
なるほど、身振り手振り以外は聞かれない空間を作ったわけか。
確かに、先程の出撃時の会話から、この後食堂に来ないのは不自然だ。
リン曹長の機械なら、仕草以外は読み取られない訳か。
しかもこの3人、ご丁寧に唇の動きも読まれないように食事を装いながら喋っている。
なるほど、彼等はこう言うところも抜け目のないエースなのだろう。
「……先程の話なんですが、プロー家がどうこうとか、軍の連中に任せたのはどうこう言ってましたが、アレは何なんですか。」
俺の言葉に、ハワード少尉は少しだけ神妙な顔付きをする。
仕草はやはり食事をしながらだが、少し考えながらだが話をしてくれる。
「さっき帰還しながら、この件のニュースを調べてみた。
……どこのチャンネルでも、“知性を持ち統率の取れた危険な原生生物の話”は、出て来なかったよ。」
ハワード少尉が調べた範囲では、“危険な原生生物”はいるという話だが、“軍であれば排除は容易”という話になっているらしい。
先遣隊の基地が崩壊した原因に関しては、“薬物中毒者達の暴走”と言うことでケリをつけたがっていると、報道を見て感じたそうだ。
先遣隊の多くには犯罪者集団を使っていることも、この論調を後押ししている原因とのことだ。
この件の背景にあるのは、惑星開発を性急に進めたいプロー家の思惑が絡んでいるのでは?と言うのが、ハワード少尉の見立てだ。
「しかし、それは先遣隊の生き残りが証言すれば覆ってしまうのでは?」
ヒガシカワ氏の言葉に、俺は背筋に氷をツッコまれるような寒気を覚え、思わず顔を上げてしまう。
まさか、いやそんなはずは。
だが、ハワード少尉は俺に顔を合わせること無く、食事をしている仕草を崩さない。
「“生き残っていれば”、な。
残念ながら、生き残りはいない。
そうなっている。」
ヒガシカワ氏がバッと上体を起こし、大声で何か言おうとするのが見えたので、俺はワザとカップに入れられたお茶を溢す。
「う熱っちぃ!」
「ハッハッハ、量が少ないからって慌てるなよ。
飯は逃げやしねぇぞ?」
「おや、大丈夫ですか?」
何かを感じ取ったのか、入口近くでコーヒーを飲んでいた件の密偵らしき男が、親切な笑顔で近寄りながら話しかけてくる。
「あぁ、失敬失敬、ウチの新兵に辞令を伝えようと驚かせたらお茶を溢しちゃいましてね。
いや、お騒がせしました。」
ハワード少尉も、わざとらしく手を広げると溢したお茶を布巾で拭っている俺を指差す。
「まぁ、お前等そのままで聞け。
先程も言ったが、タゾノとヒガシカワは今所属している我が隊から、試作機のテストパイロットへと辞令が下った。
本日ただ今より、我が隊の任を解き、テストパイロット隊に所属となる。
別命はそちらから送られるから、指示があるまでは好きにしてろ。」
「「了解!」」
俺達二人は姿勢を正して敬礼する。
そのやり取りを見ていた密偵らしき男は、一瞬だけ不機嫌な表情をみせたが、すぐに元通りの笑顔になると元いた席に戻っていく。
「……タゾノ、良い判断だった。
ヒガシカワ、操縦技術はお前の方が優れているかも知れないが、生き抜く術はタゾノの方が長けているようだ。
テストパイロットの間に、タゾノから色々と教わることだ。」
ヒガシカワ氏の表情はまだ硬かったが、それでもここでの会話はもう終わっていることは悟ったようだった。
手の震えを隠しながら、俺達は黙々と残りの食事を平らげるのだった。




