337:ステージ1~片鱗~
[暴動?どういう事だ?]
ハワード少尉が訝しげな声を上げる。
俺達はバッカニアが着陸するまでの間、着陸地点の港の確保と生き残った現地調査員やその家族と言った民間人を保護するため、宇宙港周辺の確保のために散り散りになって周辺を警戒していた。
[言葉通りの意味です。
奴等の襲撃とまるで呼応するように、基地内部で暴動が起きました。
結果、防衛装置の一部が破壊されて奴等の侵入を許してしまったと、そう言う感じです。]
ヒガシカワ氏によると、数カ月前から先遣隊基地の中で“薬物中毒患者の暴走”という症例が報告されだしたらしい。
加害者は皆“偉大なる御方による浄化を”等と言ったうわごとを叫びながら、道行く人々に襲いかかっていたそうだ。
こういった先遣隊による調査は神経をすり減らす作業でもあるため、薬に頼る者も多い。
ロズノワル社では、“業務に支障の無い範囲で、医師による適切な処方における精神活性剤の使用を認める”という方針だ。
とは言え、結局の所そういった薬は常習性と慣れが存在する。
慣れればより量を、濃度をと求めていき、いずれは依存症になってしまう。
そのため、薬物依存によって精神に深刻なダメージを負った者が出てきても、世間的には“またいつものか”と認識されてしまい、事態の深刻さに気付けなかったのだ。
だが、そういう不穏の種は、最悪の瞬間にこそ花開く。
ある日、何がトリガーだったのか解らないが、先程のような蜘蛛型の多脚生物、それに俺達が爆撃した茶色の生物、アレは先遣隊の中では“岩蜥蜴”と呼ばれている、岩を着込んでいるかのような強度の外皮を持つは虫類だそうだ、が襲ってきたらしい。
当初は先遣隊基地の防衛機構で対応できていたが、数十人にものぼる暴徒が突如として一部防衛機構の制御室に殺到。
制御室の兵士を殺害し、制御室もメチャクチャにしたことから防衛に穴が空き、そこから原生生物がなだれ込んできたとのことだ。
[奴等は言葉こそ話しませんでしたが、まるで意思疎通が取れているかのように即座に防衛の穴に押し寄せてきました。
また、未確認ですが戦車のように巨大な甲虫のような生物が、ビームのようなモノを発射した、という報告も当時ありました。
……この星の生物、想像よりも“軍隊”として完成されているかも知れません。]
[厄介だな。
大昔には虫の軍隊とも戦ったことがあるって言う記録が残っているが、そいつらの生き残りか派生生物がいたって事かね。]
ハワード少尉が、古いデータを共有してくれる。
旧暦の、まだAHMが開発される前の時代に虫型の生物と資源惑星をめぐって戦闘行動があった、という記録だ。
その当時は、火星開発の為の資源確保を目的として、生きて帰れるかは解らない太陽系を飛び出し、外宇宙探索を実施していた。
運良く太陽系に最も近いケンタウルス座に資源惑星を発見したが、そこは人類とは違う知的生命体、当時の呼称で言う“バグズ”の巣であった。
バグズ達は規則だった行動を取り、歩兵相当の虫やら航空機相当、戦車相当の虫などがいたようだ。
当時は歩兵に強化宇宙服を着せただけの姿で戦闘を行っていたらしく、結果として制圧したが、人類側にも壮絶な被害を出したと記録されている。
そうした経緯の中、当時作業機械だった外骨格重機が戦闘行動において有利に働いた、とも記録されている。
これがキッカケとして、より安全な戦闘行動をとれるよう、AHMが本格的に開発される事になったらしい。
その果てにあるのが人類同士による火星戦争なのだと思うと、なんともやり切れない気持ちにはなるが。
ともあれ、正直記録を見ていると(この世界には転移したくねぇなぁ)という感想しか出て来ない、凄惨な記録映像ばかりだ。
[そうねぇ、でも、あの、なんて言ったかしら、岩蜥蜴?だったかしら?
アレはその当時の記録には出て来ないわよ?]
[わからん。
進化したのかもしれんし、また別の生物なのかもしれん。
何にせよ、その辺は日頃デカい顔してる軍隊どもの仕事だろうさ。
さっきのヒガシカワが言っていた暴動騒ぎだかもそうだ、その辺も軍か警察の仕事だからな。
俺達はホレ、アレを守れりゃお仕事終わりだ。]
モニター上に、ハワード少尉がつけたマーカーが表示される。
そこには、天からこの地に降臨する神の乗り物かの如く巨大な、移民船旗艦バッカニアの姿があった。
天から降臨する巨大な箱舟からは、黒い無数の影が飛び立つ。
統合政府軍が誇る100tクラス量産型AHM、“シルフ”が、青い空を規則正しく飛ぶ。
まだこの先遣隊基地にはそれなりの数の多脚生物が徘徊している。
それらの一掃作業を始めるのだ。
[おーおー、久々の仕事だからと連中張り切ってるなぁ。]
[ハワード少尉、統合政府軍から引き継ぎの連絡がありました。
5分後に到着予定です。]
5分きっかりにシルフ4機が到着し、引き継ぎが行われる。
[こちら統合政府軍第一大隊第二中隊所属、第三小隊です。
トライスター、ご苦労様でした。
後は引き受けます。]
今回はあの口の悪い隊長さんはいなかったようで、事務的に引き継ぎが行われ、そして俺等は帰還する事が出来た。
[さぁて、それじゃあ俺達はこれから10年、楽しい偵察と報告任務の始まりだなぁ。]
ハワード少尉がぼやくとも皮肉るともつかない口調でいうその言葉に、俺達は笑ってしまう。
だが、リン曹長からの言葉で、俺達は現実に引き戻される。
[……待って下さい。
バッカニアと先行降下船以外にも、降下する物体があります。
……これは、先発移民コロニーの第一陣!?]
[そんなバカな話があるか、まだバッカニアの橋頭堡すら築けてないんだぞ?]
リン曹長からのデータをモニター上に表示してみると、空を埋め尽くす無数の戦艦に混じり、分割されたコロニーシリンダーの一部が、戦艦に守られるように降下してきていた。
[……あった、議会承認第10052号。
これだ。
どうやら上からの圧力で、惑星制圧と開拓を同時に行う事が決定していたらしい。]
クラーク准尉からのデータ転送を見ると、正式な命令書としてバッカニアに指示が入っていた。
[……プロー家か?
……アイツら、バッカニア船団の2000万人を殺したいのか?]
ついていないことに、ここ数十年ほど“敵性生物のいない開拓”が続いていたこともあり、またシロニアからの妨害が増えてきていること、ロズノワル社傘下のプローインダストリアルが勢力拡大を焦っていることなどが重なり、今回の指示に繫がっているらしい。
[しかしハワード少尉、今回の件を報告すれば、その指示も撤回されるのでは?]
[……どうかな?
プロー家からの指示が無ければそれもあり得たが……。
いや、憶測を言っても始まらない。
我々は帰還するぞ!
まずは飯だ、飯!]
ハワード少尉機のカメラアイが点滅を繰り返す。
こんなに文明が進歩しても、モールス信号のようなモノは残り続けているのかと感心した。
<ハワード少尉は、“盗聴の恐れあり、続きはいつもの場所で”という内容の連絡を送ってきています。>
まぁ、俺もマキーナ先生がいなければ、モールス信号なんて微塵も理解できないところは、なんとも情けない話ではあるが。




