333:チュートリアル終了~幻獣vs猪~
[よぉし、補足した!
機体照合……シロニアのゴンツだ!
各員散開!あんなノロマにやられるなよ!]
ハワード少尉の号令で、前を飛ぶ3つの彗星が大きく散開する。
真っ直ぐ飛んではただの的だと感じた俺も、大きく軌道をずらして迂回する様な進路を描く。
<データ照合、シロニアの80tクラス戦闘機、“猪”のようです。>
視界に半透明で表示される敵機体のデータを見ると、人型に変形することのない航空機形態のままの敵らしい。
それでも、AHMと同じようにエーテルシールドは標準装備されているようだ。
「よし、いよいよ変形と行くか。」
<警告。現在の戦闘機形態の維持を推奨します。>
瞬時に、機体情報が視界に映し出される。
「おぉう、なるほど、この状況だとあまり意味はねぇって事か。」
敵機体“ゴンツ”は、直線の加速は強いが小回りがきかないタイプの戦闘機の様だ。
対してこちらのグリフォンは、戦闘機形態なら旋回能力が高く小回りがきいて優位に立てるが、人型形態になると幾ら相手の飛行能力が低いとは言え、スピードも旋回能力も優位性が失われてしまう。
しかもコイツ、1度人型になると、船に戻って再整備しないと戦闘機形態に戻れない様だ。
確かに人型になれば、接近戦用の高出力エーテルブレードが使えるが、それとて飛んでる蠅を鉄パイプで叩き落とそうとしているのと同じだ。
それに、戦闘機形態ならエーテルブレードの柄はビームキャノンの発射口でもある。
なら、このまま戦闘機形態で戦った方が、この状況は確実にこちらが有利だ。
「よぅし食いついた!」
すれ違いざまに急旋回をかけてゴンツの後ろを取る。
視界に映るロックオンマーカーが、最初は黄色に、そして数瞬捉え続けていると赤に変化する。
後ろを捉えたときからバルカン砲を撃っていたが、黄色の時は敵機のいる位置を、赤に変化した後は自動で偏差を計算した上での位置を、バルカン砲から放たれた弾丸が飛んでいく。
<ミサイルロック。>
「コイツか!」
右手の親指にあるボタンを押すと、主翼の下部分からガラスのように透き通り、全体がボンヤリと光るミサイルを吐き出すと、敵機に突き刺さり爆散する。
<今の調子です。
ミサイルロックまでバルカン砲で相手のシールドを削り、薄くなったところをミサイルで撃墜する。
これが対敵兵器への、教本にある通りの戦い方です。
ただし、バルカン砲を無駄に撃ちすぎです。
もう少し良く狙って。>
[タゾノ二等兵、良くやった。
ちゃんとマニュアルと教本は読んできたようだな。
その調子でジャンジャン落とせよ!]
厳しいマキーナ先生といい加減なハワード少尉との、真っ向から意見が分かれる通信に苦笑いするが、すぐに気を引き締める。
撃墜の余韻に浸るのもユーモアを返すのも後だ。
まだ敵は十数機残っている。
まずはこの機体と戦闘に慣れないと、だ。
「捕らえた!」
また一機、ゴンツの背面をとり、ロックオンが赤くなってからバルカン砲のトリガーを引く。
充分に削り、ミサイルのロックをしたところで2本の光がゴンツを貫く。
[アラごめんなさい、丁度良い的があったものだから。]
「いいえ、助かります!
次も同じ状況ならお願いします!」
リン曹長の通信が入るが、別に腹も立たない。
人殺しの数を喜んで競うほど、まだ狂っちゃいない。
いや、“人の乗った兵器を攻撃している”事を認識しながら、それでも何も感じずに撃墜できている時点で、既に狂っちまってるって事なのだろうか。
[甘やかすなよタゾノ。
この女はいい顔してるとすぐに“つまみ食い”する悪い女だぞ。]
[アラ、それは盗られそうだからとジェラシーを感じてくれているのかしら?]
軽口が通信から流れながらも、その腕はピカイチだ。
次々とシロニアの機体が光の玉に変わっていく。
[……2人とも、痴話喧嘩はほどほどにしろよ。
新兵の教育に悪い。]
キェエェェェ!!シャベッタァァァァ!!
あまりの驚きに、思わず操縦がブレる。
今話したのが、俺が初めて声を聞いた位無口な、この小隊の3人目、クラーク・スミス准尉だ。
ALAHMは1小隊4機編成なのだが、彼等はこれまで3人でずっと戦ってきたらしい。
このバッカニア船団のエースであり、“トライスター”と呼ばれているほど腕前は折り紙付きだ。
ただ、クラーク准尉は殆ど喋ることがないため、その体型と相まって“ゴーレム”だの“鉄の巨人”だのと噂されているようだ。
[うるせぇムッツリ、お前の好きなバーチャルアイドル晒すぞ!]
[むっ、……それは困る。]
ハワード少尉はクラーク准尉と昔からの知り合いらしく、何か色々と知っているらしい。
後で酒でも飲ませて聞き出してみるのも面白いかも知れない。
<警告!勢大、敵機に取りつかれました。>
一瞬の油断、そう言う時に魔は忍び込む。
「クソッ!引き剥がせないか!!」
小さなバックモニターに、シロニアの機体が映る。
カメラの精度が良いようで、ヤツの機銃がゆっくりとこちらを照準しているのが解る。
「こちら勢大!ケツに食いつかれた!」
[わかった!今向か……えぇいクソッ!邪魔だ!]
[1分保たせろ、ソレまでにはカタをつける!]
[ちょっと!こう言うときに限ってコイツら!]
3人の声を聞くに、すぐに救援は来ない。
蛇行しながら回避するが、飛んでくる銃弾にガリガリとこちらのシールドが削られていく。
<警告。警告。これ以上の被弾は危険です。>
解ってるよチクショウ!
とにかくペダルを踏み込み、加速させる。
機種を持ち上げ縦に旋回するが、当然相手もそれに追従した動きを見せる。
(どうする、どうすりゃいい?)
額に汗が滲むが、ヘルメットのバイザーを開けてソレを拭っている暇は無い。
そうしている今も、シールドを絶賛削られ中だ。
焦る俺の脳裏に、昔見た戦争映画を思い出す。
「こなくそぉ!!」
破れかぶれで俺は操縦レバーを後ろに倒すと、後進用ペダルを踏み込む。
機体の前方にある姿勢制御ブースターから噴射炎を吐き出し、急制動をかける。
流石のコクピットフィールドも重力を完全には押さえ込めず、体の前面に寄った血液の影響で、視界が真っ赤に染まり見えなくなる。
ただ、無茶した甲斐はあった様で、宙返り中の軌道から突然外れたことにより、敵機は俺を見失い追い越してしまう。
「今っ!!」
視界が見えなくとも、マキーナからの情報を頼りに再加速し、相手のケツに食らいつく。
後ろに重力が再度かかった事により、視界も晴れる。
ロックはしっかりとかかっていたようで、俺は右手のトリガーを引き、エーテル弾を一気に吐き出す。
「コイツで終わりだ!」
2門のビームキャノンから光が吐き出され、薄くなっていた相手のエーテルシールドを貫通、爆発して光の玉に変わる。
[……マジかよ、実戦で“コブラ”やるヤツ初めて見たぜ。]
[何にせよ、奴等撤退していくわ。
今回も何とかなったわね。]
去っていく光点を見つめながら、俺はコクピットの中で荒い息を吐く。
……初陣で死ななかった事実を、静かに噛みしめていた。




