32:信頼と不信
それから2週間、俺は冒険者としていつも通りの日常を送っていた。
魔物化した野獣の退治依頼。
あの話を聞いた後では、世界の悲鳴のように見えてしまい、採算に関係なく受けるようにしていた。
オルウェンからも、“このまま頑張っていれば銅二等級に上がる日も近い”と言われたが、そうはならないだろう。
いつも通り依頼達成後の食事をギルド内の食堂で取っているときに、彼等が現れたからだ。
扉を開けたときからその一行は注目を浴びていた。
周囲の噂話など気にも止めないようで、先頭の男がキョロキョロとギルド内を見渡す。
食事をしていた俺を見つけると、早歩きで近付いてきた。
「勢大さん、やっと話ができます。
これから一緒に来てもらえませんか?」
それなりに良い面構えに変わっていた。
“男子三日会わざれば刮目して見よ”とは昔の人もよく言ったモノだ。
腰の剣を見れば、古びてはいるが複雑な文様が美しい鞘に収まった剣が見える。
アレが選定の剣か。
「アタル君、少し待て。
この食堂の名物“何の肉を固めて焼いたかわからない謎ステーキ”を堪能してる。」
最後の食事になるかも知れんしな。
しかし、旨いんだけど何の肉だろ、これ。
「アタルが声をかけてるにゃ!
そんな肉食うより、さっさと着いてくるにゃ!!」
猫耳娘が変わらず騒がしいが、これを無視して食事を続ける。
騒がしい場所で飯を食うのは、昔から慣れてる。
アタル君が猫耳娘を制していると、何かを察したのか、気付けば周りに人だかりが出来ていた。
人だかりからキンデリックの親分が前に出てくる。
キルッフが後ろから着いてくる姿は、やはり山賊か何かにしか見えない。
「こりゃあどうも勇者サマ、ウチのセーダイに何か用ですかね?」
「えぇ、約束してまして。
少し話があるので、彼をしばらくお借りします。」
何故かキルッフを含めた周囲が殺気立つ。
「勇者アタル殿、セーダイは銅級の冒険者であり、当ギルドで安定した依頼達成が行える、信頼出来る人物です。
少し優秀であるからと引き抜かれては、我々の業務に支障が出ます。」
「そ、そうです。
セーダイ先生にはもう少し受付応対を教えて貰わないと!」
冒険者達の殺気が爆発する前に、受付のギルド職員までがこちらに来て声をかけてくれた。
あまり会話できていなかったが、受付の紳士からそう評価されていたのか、と嬉しく思う。
あとオルウェンは先輩から教われ。
「勢大さん、これはスキルか何かですか?」
「馬鹿言え。
この世界に来る前と同じように、毎日コツコツ真面目に働いてただけだよ。
……こんなに信頼を得ているとは思わなかったけどな。」
その返事に少しガッカリしつつ、食事を終えコーヒーの様な謎の黒いお湯を飲みながら答える。
信頼は一瞬では築けない。
彼ももう少し歳をとればわかるだろう。
「食い終わった。
行こうか。」
アタル君にそう声をかけ、先にギルドから出させる。
このままだと、収拾がつかん。
キンデリックを見、そして受付の紳士を見る。
二人とも、解っている目だった。
「世話になりました。
こんな流れモンを信じていただき、ありがとうございます。
格好付けて別れると、意外なところでまたヒョッコリ会ったりしますんで、別れは言いません。
また会いましょう。」
皆と握手で別れる。
“またな。”や“オルウェンの教育がまだ済んでません。お戻りを期待してます。”などと声をかけられながらギルドを後にする。
冒険者稼業で、生きて皆と別れられる機会は少ない。
オルウェンは号泣していた。
そのまま、心優しい職員になってくれ。
ギルドを出ると、豪華な馬車が待っていた。
乗り込み話を聞くと、このまま魔法学院に向かうらしい。
途中宿に向かうかと聞かれたが、この世界の衣類が数着あるだけだ。
そのまま魔法学院に向かって貰うように伝える。
魔法学院に着いた俺は、案内されるまま進む。
ついつい癖で、周囲を警戒し構造を把握する為に見回す。
門を越えるとすぐに運動場のような、広いグラウンドとそれを囲むように建てられたコの字型の建物。
構造からみて教室のような感じだろうか?
その運動場を突っ切り、正面の建物に向かう。
アタル君にこの施設に関して聞くが、秘密になっていることも多いらしく、あまり教えてはくれなかった。
ただ、正面の建物の奥にもまだまだ建物が有り、そこには研究棟や寄宿舎等があるらしい。
町から見るよりも遙かに広大な施設と理解する。
もしかしたらアタル君も、秘密というよりは全て把握できていないのかも知れない。
入り口に入った時に、更にそう感じた。
正面のガラスから見えていた風景と、中に入ってからの奥行きが少し違う気がした。
こんなに奥行きのある建物だっただろうか?
不思議に感じながらも奥へ歩いて行き、魔方陣の様なところに乗るように言われた。
全員で乗ると、猫耳娘がその魔方陣から生えている石に触れる。
眩い光に包まれたかと思うと、いきなり風景が変わっていた。
白い壁に囲まれ、上から照らす電灯だろうか?明かりでしっかり周囲が見える。
興味本位で魔方陣から出て壁に触れるが、不思議な感触だ。
柔らかいような、堅いような。
コンコンとノックをするように叩いてみても音はしない。
吸音材なのだろうか。
上の方に窓があり、四方を囲むようにぐるっと繫がっている。
“へー”と、何だかよくわからないものを見た感想でいっぱいになっていたが、ここでやっと、後ろで勇者達の一行が揉めてる事に気付いた。
「ギネビア、何故ここに……。」
「アタルに任せると貴女言ったではないですか……。」
何やら猫耳娘がアタル君とアルスル王女に叱責されていて、ケイお嬢さんがあわあわしながらそれを止めている。
何か問題が発生したのかを聞いてみた所、何でもさっきの転送で応接間的なフロアに行くはずが、修練場に転送されたらしい。
話を聞き、猫耳娘を見やる。
その表情は、悔しさに溢れていた。
「あ、アタシはまだコイツの事を認めてないにゃ!!
セーダイ!アタシと勝負しろ!!」
俺はアタル君の顔を見る。
アタル君は申し訳なさそうにしながらも、“彼女もそれで気が済むと思うので、相手をして頂けませんか”とお願いしてきた。
アルスル王女もアタル君と同じ考えのようだ。
「いけません、アタル様!
よく考えて下さい、セーダイ様は魔拳将から私達を助けてくれたんですよ!
言ってみれば恩人に対して騙し討ちのようなこの行為!
絶対にダメです!」
ケイお嬢さんだけが、それを必死に止める。
話があると呼び出し、騙し討ち。
仲間の暴走を止められない勇者。
身内でもない客人に、テメェ等のルール持ち込んで“戦え”と要求するか。
……良いだろう。
俺はリュックを落とし、マキーナを手に取る。
ケイお嬢さんの元に行き、小声で声をかける。
「どこまで治せる?」
その言葉を聞き、ケイお嬢さんは蒼白になる。
止めようも言葉を出そうとするが、俺の目を見、そして俯く。
「……肉体の復元はほぼ可能です。
……死であっても、直後であれば。」
絞り出すような声で、そう伝えてくれた。
「結構。
マキーナ、通常モード。」
<通常モード、起動します。>
全身を赤い光が走り、発光の後にいつもの姿になる。
メイスを左手に取り、修練場の中央に移動する。
『さっさとやろう。
時間の無駄だ。』
猫耳娘も抜刀し、中央に歩み寄る。
「フン、余裕ぶってるのも今のうちにゃ。
あの時と違って、今は万全の状態にゃ。」
前に戦ったときと違い、手にしている刀剣はやや幅広で肉厚のモノだった。
その中段構えを見ながら、勿体ないと思う。
(刺突術の方が、人間相手では役に立つと思うんだけどなぁ。)
剣の突きは本当に見えない。
アレを素早く繰り出されると、予備動作や音、空気の流れを察知する以外に回避手段が無い。
だから前回あれだけ苦戦したんだけどなぁ。
そんな事を思いながら、こちらも左前中段に構える。
メイスを左手に持ち替えつつ、手の中でクルリと回し、左手の下腕部に添える。
そして右手は握るのではなく開いておく。
八相構え変形、防御の構え。
チラと横を見ると、勇者達は上に見えていたガラス窓の向こうにいる。
なるほど、あれは観戦席か。
アタル君が、マイクの様なモノを手に取る。
「それでは、始め!」




