326:パペットマン
「アナタは、私と同じ転生者なんですか?」
異世界によくある酒場、その一席に俺と従魔師の男が向かい合わせで座る。
従魔師の隣には、こちらを威嚇しながら見ている猫耳獣人の女の子もチョコンと座っている。
「いいや、転生者ではないな。」
日も高いこの時間、大抵の酒場は食堂も兼ねているが、夜と違いガラガラだ。
奢りだという果実水で喉を潤しながら、改めて男を見る。
整いすぎているほど整った容姿だな、と、チラリと思う。
やや童顔ながらも線の細い面立ちは、この世界では解らないが元の世界では美形の部類だ。
身なりも綺麗にしているし、羽織っているローブも地味な色だが精巧な作り、内側の服も似たようなモノだとみると、それら全てをレアアイテムで賄っているとしたら、相当高価なモノを集めているのだろう。
「でも、アナタのステータスが見えないのはおかしいんですよ。
だから僕は、アナタが転生者で何か目的を持ってここに居るのでは無いかと思っているんですよ。
現に、さっきはあの場所でギネビア第3王女とのイベントがあった筈なんです。
アナタは、それを知っていて邪魔したんじゃないですか?」
「いや、知らなかったな。」
ニヤリと笑いながら言うと、ますます不信感を高めたようだ。
「逆に聞くがね、あの状況、どう見ても数瞬後には彼女とあの冒険者っぽい奴等が接触して、揉め事になっていたはずだ。
アンタそれを見過ごして、問題が発生してからその、イベント攻略のために利用しようとしてたのか?」
「いや、そんな事は……。
そう言うのはズルいですよ。」
俺の言葉にしどろもどになりながら何とか答えようとしていたが、最終的には俺に責任を押しつけたようだ。
思わず鼻で笑う。
そして何処か冷めた気持ちになりながら、俺自身がこの世界に立ち寄った“異邦人”であること、そして俺の目的を話す。
自身の目的を話し終えたところで、俺は気になっていたことを問う。
「ところでよ、アンタが何を見てそう言っているのか解らないが、俺はあそこで発生するはずだったイベントを潰したわけだよな?」
「そ、そうですよ。
本来ならあそこでイベントが発生して、ギネビア王女を助けて彼女の支援を取り付け、そしてエルフの国に行くための船を出して貰うはずだったんですから。」
イベントねぇ。
お前には単なるイベントでも、ここで生きている人間達にとっては、トラウマになるかも知れない出来事じゃねぇか。
「君はその、何かを見て、君がいう“イベント”とやらが発生してから対処することで、そこまでの装備やら名声やらを手に入れたって事かな?」
「当然でしょう。
ぼかすのは止めて下さい。
アナタも“神の攻略サイト”が見えるから、こうして僕のイベントを邪魔したんでしょう?
アナタの攻略サイトには、なんて書いてあるんですか?」
よくよく考えてみると少し恐ろしいとは思うが、それでも笑いがこみ上げてくる。
「君は……、その、気を悪くして欲しくはないんだが、攻略サイトに従って今までのイベントとやらを進めているのか?
その、隣にいる彼女も、その一環として。」
俺の言葉に、転生者は愛おしそうに隣の猫耳獣人の少女の頭を撫でる。
「当然です。
この子も、本来ならあの勇者の毒牙にかかるところでした。
それを僕が、先回りして救い出したんです。」
「おぉ!ご主人には助けて貰った恩があるからな!
我が前衛として活躍してやるぞ!」
目の前で乳繰り合うのは結構だが、正直気持ち悪い。
つまりコイツは、キルッフに手込めにされる前に、自分が先に見つけて保護したと、そう言う流れのようだ。
「第一、あの勇者は駄目です。
女癖が悪く、頭も固いから指示もまともに出来ない。
僕の支援魔法や従魔師としての能力を認めず、パーティー追放までしたんですから。
魔王を倒すのが勇者で無くてはならない道理はないと、攻略サイトにも書いてあります。
勇者は、魔王を最も倒しやすい職業なだけで、他の職業でも工夫すれば魔王を倒せます。
僕はそれを、実現して見せたい。」
ずっと堪えていたが耐えきれず吹き出す。
吹き出してしまうと、もう笑いは止まらない。
「……な、何がそんなにおかしいんですか!!
他所から来たアナタには、魔王退治という崇高な責務の意味が解らないのですか!?
アナタがどう思っているが知りませんが、この世界では人類の悲願なんですよ!!」
言葉を荒げ、席を立ち上がり立派なアジテーションをかましてくれるが、それでも俺の顔から笑いは引かない。
「ヒハッハッハ、……あー、笑った。
いや、すまない、別に人類の悲願を笑ってるつもりはねぇよ。」
幾つもの異世界で、人類の側と魔王の側とで、両方の立場を体験している。
どちらかというと、俺はやっぱり魔王、魔族側での考え方が好きになれない事の方が多かった。
魔族側になると、若干価値観が変わる。
人間も動物の1つ、もっと言うなら家畜の1つとしか見なくなることも多いのだ。
転生者自身も、気付かないうちに魔族の価値観に基づいて行動するようになってくる。
人の価値観のまま、人類と魔族の友好的な関係を築ける奴は稀だ。
そうなると、人間の俺としては人類側に重きを置いた行動をしてしまう。
ならば、この世界の人類が魔王と魔族に困らされているのなら、人類を助ける側に立ちたいと思う。
だが。
「君はつまりあれだ、その、“君だけにしか見えない神の攻略サイト”を見て、その通りに攻略をなぞっているだけか。」
“当然でしょう、僕だけが与えられた特権であり、それが最短攻略なんだから”と胸を張る転生者を見ながら、俺は呆れる。
「つまり君は、“その文字を読めるなら君自身でない、誰でも構わない攻略情報”を見て、それの言うなりになって道を歩き、そして攻略してる気になっているわけだ。
しかも魔王を倒すのに一番適任な、“勇者”という職業の人間を使うことも出来ないのに。」
転生者が言葉を詰まらせる。
酷く馬鹿馬鹿しい話だ。
勇者が間違っているなら、それこそ間違っていると話し合うべきだ。
言うことを聞かないなら、それこそ攻略サイトで勇者の弱点でも見つけて、それを見せつけて従わせれば良い。
それも無理なら、コネでも何でも使って王様から諫めさせるか、本当に駄目なら勇者を変えれば良い。
この男のやっていることは、他人の用意した攻略法を見てそれを唯なぞっているだけであり、自身の努力や工夫は何一つ無い。
対等な仲間との関係を築けないから、自身の能力で簡単に言うことを聞く下僕を従えて、悦に入っているだけだ。
それすらも攻略サイト様のお陰で。
レベルアップの為の戦闘や装備を努力して整えた、と言うかも知れないが、それとて事前に提示されている情報を見て、安全で確実な方法をなぞっただけに過ぎない。
端的に言ってしまえば、“攻略サイトが見える”と言うこと以外、この男に価値はない。
挙げ句に、“サイトに載ってるイベントが起きるまで待っている”と言うことは、この世界に住んでいる人間からしたらたまったモノでは無い。
本人が実施しないだけの、それはマッチポンプと変わらない。
安全に敷かれたレール、その出来レースをなぞって英雄気取り、しかも、コイツ自身がその滑稽さに気付いていないところが一番滑稽だ。
「……とは言え、お前さんがそう思うなら、お前さんにとってこの世界は楽しいんだろうな。
ま、その是非は問わねえよ。
俺が要望したいのは、一次的に管理権限を移譲して欲しいだけだ。
それでお前さんは世界その物の崩壊を回避できて、じっくりタップリ魔王退治に専念できるって訳だ。
どうだ?悪い話じゃねぇだろう?
あぁいや、いきなりこんなオッサンの話なんか信用できねぇよなぁ?
でも困ったな、“男の子なら拳骨で決めようぜ”なんて言っても、君はモヤシみてぇな体型だし、お供は可愛いペットだけだもんな。
いやはや、こりゃ困ったな。」
目の前の2人から、怒りが膨れ上がるのが見える。
やれやれ、こういう単純な手合いなら、いつも楽なんだけどな。




