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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光の剣
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31:抑止力

酷い話だった。


聞いた話を俺なりに解釈するとこうだ。

恐らくはあの“自称神様”が作った世界に、魔法が存在する世界(宇宙)が存在する。

その世界(宇宙)を複製し、転生者が知る情報へと書き換え、転生者の望み通りの世界を再現しているのだ。


簡単に言ってしまっているが、つまりはつい先程まで違う名前で冒険者として生きていた人、違う名前で平凡な村に生きていた何でもないお嬢さん。

そういった人達を、記憶、人間関係、生活環境、持ち物、そういったありとあらゆるモノを“一瞬で作り替え”て、あまつさえ大陸や文明レベルと言った事象までも作り替えてしまっているらしい。

“世界5分前仮説”なんてレベルじゃなく、本当に5分前と違う世界を創り出してしまっている。


絶句する俺を面白そうに見ながら、エル爺さんの話は続く。


「世界を作り替えた奇跡の対価を、神は世界に求める。

世界はそれを神に返済していくわけだが、転生者が使う、なんじゃ、あの“ちーと”とやらは神の力、つまり奇跡と同等らしくてな。

使用する度に世界の負債が膨らんでいくのじゃ。」


負債は神の力だけではない。

その世界に住む生物も、世界のエネルギーを消費しつつ生産している。

普段は均衡が取れているが、神の力という負債が乗ることにより、そのバランスが崩される。

しかも転生者によって、その負債はかさみ続ける。


負債がかさみ続けた世界は、唯一の錬金術を使う。

つまり魔物を生み出し始めるのだ。

魔物は、例えば生産に1のコストを使うが、倒されれば2のエネルギーを世界に生み出す。

只そのまま野に放っても生息域の違いから倒される可能性は低いため、生存する生命が倒したくなる様な、生命が求めるモノを仕込んであるのだそうだ。

迷宮ダンジョンなどは、世界が“纏まったエネルギーを入手したい”となったときに、自然と発生するモノらしい。

倒してくれる生命をあまり間引かず、それでいて生産力を上げるという、意外と難しい作業らしい。


それでも負債が増え続けるなら、次はどうなるか。

世界の力により、消費するエネルギーを削減するための抑止力として、“増えすぎた生命に仇なす存在”が発生する。

この世界の場合、それは増えすぎている人類に対しての敵対存在として、魔王だったらしい。


「ある日、儂に世界の意志が見えたよ。

これから起こる未来をな。

負債を抱え続け、遂には世界が生命体からエネルギーを抜き取り始めよる。

そして“生産者”そのものを食い潰し、もう払うモノが無くなれば次は世界そのものを切り売りし始め、最後は何も残らない虚無となり消滅するのじゃ。

これは止めねばならん、何としても勇者と呼ばれることになる転生者を殺さねば、とな。

じゃが刺客を差し向ければ差し向けるほど、世界の負債は大きくなる。

儂はもう、半ば諦めておった。」


勇者に勝てるほどの魔族の育て上げと勇者の探索。

なるほど、それらを同時にやらなければならないし、勇者の夢の知識ルール、という強制力なども考えるなら、戦力の逐次投入という愚をやらざるを得ないのか。


「じゃからの、藁にもすがる思いで、この老人の体を借り、こうして儂自らも人の世界の情報を探っておったのじゃよ。

しかしこの男の人生も見させて貰ったが、人族は恐ろしいの。

転生者が来なくとも、いずれ世界を滅ぼしそうじゃわい。」


本来のエル爺さんは、王宮の筆頭宮廷魔術師だったそうだ。

ただ、若い頃は武芸全般を嗜み、宮廷魔術師となっても鍛錬は欠かさず、よく騎士団にも教練を行っていたらしい。


……超野菜人か何かだろうか?


だが、王宮内での人気、実力共に高すぎたこの老人は権力争いの権謀に敗れた。

人気ひとけの無い路地裏で殺される寸前、人族では禁忌とされる“魔王の力を借りた魔術”を行使したために、魔王も興味を持ったらしい。

魔王が気紛れに出向いた時には、刺客諸共に全員死んでいた。

しかし良い駒になると思い魂の一部を割譲、眷属として甦らせ、魔法学院に四天王の一人を紛れ込ませると自分は引退を表明し、自ら市井しせいの情報を集めるため、近隣の村を点々としていたらしい。


「この村に居着いてしばらくたった頃、例の男女とアンタさんの件があってな。

あの男女の男の方が転生者と直ぐに気付いてな、頃合いを見て抜け出そうとしとったんじゃが、お前さんの存在には驚かされたぞ。

何せ、この世界とは異質の力を持っておったからの。」


どうやら、俺の力はこの世界のエネルギーとやらとは別系統らしい。

それが気になったエル爺さんは、通行証のメダルに発信器を仕込み、俺に渡したらしい。

あぁ、予想より早かった魔拳将エブニシエンの登場は、そう言う事か。

アタル君、すまん。

犯人は俺だった。

しかしだとするなら、尚のこと疑問が残る。


「あの“自称神様”は、何がしたいんだ……。」


目的がサッパリ見えてこない。

自分で世界を用意して、転生者を住まわせて破壊している様に見える。

たちの悪い悪戯の様にしか見えない。


「おぉ、お主は神とやらに会ったことがあるのだったのぅ。

こんな非道を行う神とは、どんな存在じゃった。」


俺には、アレが神とは到底思えなかった。

だから、そのままを伝えることにした。


「神を自称するモノでした。

なるほど、神の如き力を振る舞ってはいましたが、アレが神とはとても思えませんでしたね。」


「ほぅ、その心は?」


エル爺さんの眉がピクリと上がる。


「アイツ、“神の愛にも限度がある”などとヌカしてましたからね。」


エル爺さんが、あの酒場で見せた表情で笑う。


「カッカッカ!アンタさんの信じる神様は、愛に限りが無いのかね?

どこにいて、何という神様なのかね?」


俺は自分の胸を親指で指す。


「私の神はこの胸の内に。

無限の愛にて私を見守るもの。

名はご勘弁を。

私だけの神であり、名を付けることは不敬であります故。」


エル爺さんが少しだけ真剣になり、そして遠い目をする。

まるで自分の中にある神を探すかのように。


「アンタさんの神様は、何をしてくれる?

苦しい時、辛い時、アンタさんに何か奇跡をお見せ下さるのかね?」


「特に、何も。

私自身、“自力本願”を旨としておりますから。

都合の良いときだけ神頼みとは、それこそ不敬でしょう。

恐らくですが、神とは、どんな時もただ優しく見守るだけでしょうな、まぁお目にかかったことはありませんが。」


エル爺さんが、年相応に笑う。

寂しい笑顔だった。


気付けばワインのボトルが空になっていた。

流石にそろそろ立ち去ろうとしたときに、今度は蒸留酒を注がれる。



「アンタさん、魔王の婿になる気は無いか?

儂が言うのもなんじゃが、儂の本体は別嬪の女子おなごじゃぞ?」


大体こういう時の約束事かと思い、“ズコーッ!”と言いながら椅子から落ちて転んでおいた。

急な会話の温度差は止めていただきたい。


とりあえず、“元の世界に、待たせてる奥さんがいますんで”と言いながら、やんわりと断る。

お詫びにと干しぶどうを献上しておいた。

本体さんとご一緒にお召し上がり下さい。


そこからは、つまみと一緒に酒をただ楽しんだ。

元の世界の好きなウイスキーの話、この世界で見た空の話、ギルドの受付嬢への新人教育話から流れて、配下が育たない魔王の愚痴等々……。

蒸留酒のボトルが空になる頃には、すっかり日も落ちていた。


去り際に、またメダルを受け取った。

今度は歯車のような図形が刻まれたモノだった。

“また発信器でも仕掛けてあるのか?”と疑ったが、そうでは無いらしい。

ポケットに入れようとしたところ、マキーナが反応しズボン越しに吸い込んでしまった。


<システムがアップデートされました>


という女性っぽい音声が微かに聞こえた。

ポケットを調べても、コインはどこにも無い。

マキーナが飲み込んでしまったらしい。

“ペッしなさい”と言っても頑なに無言を貫かれ拒まれたので、仕方なしにそのままにした。

酔いもあったのだろう。

幸運を祈るお守り程度だろうと思い、これが何なのかを聞かなかった。


今度こそ本当に別れだ、と、立ち去ろうとしたとき、また背中から声をかけられた。


「転生者は、“管理者権限”を気付かない内に渡されとるはずじゃ。

それを口頭ででも“一時委譲する”と言わせれば、道が開けよう。

さらばだ、異邦人殿!」


あの時と同じように、振り返らず腕を上げてそれに答える。

少々この世界で酔いすぎた。

振り返れば、もっと居たくなる。


アタル君と話そう。

そして静かに去ろう。

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