312:宣戦布告
映像の中で、帆嵐が電磁シールドのようなモノで俺の手を弾き、懐から転送用の機械を取り出し、何か喚く。
-お前等真っ先に殺してやる!-
その後、例の配信者がコメントをしているのだが、それに興味は無いので映像をそこで止める。
俺はため息と共に出社準備を始める。
これが配信されてからの数日、国内が、いや、ともすれば海外までもが、お祭り騒ぎの様な状態だった。
原因は、例の迷惑系nukotuberがもたらした1本の動画。
俺とピースフルカーブセブンが共闘し、帆嵐が呼び出したムシャ・ブゲー氏との戦い。
そして、その後の帆嵐の、人類への宣戦布告とも取れる絶叫。
あの場にいた俺からすると、人類抹殺を企てているわけでは無く、感情に任せて言ってしまったのだろうと感じていたが、音声が途切れ途切れであったことが災いし、そう取られてもおかしくない動画となってしまっていた。
30分という、それなりの長さの動画だったが、再生回数はオレが見たときでさえ、1,000万回以上の再生があった。
今後もっと再生される事だろう。
アレを巡り、世界中がひっくり返るような混乱の中にいた。
今まで崩れる事の無かった“人類対怪人”の構図が、たった一人の存在で覆されたのだ。
これにより、世界中のnukotuber達が、我も我もとこの件に乗り出す。
“もっと過激な情報を”そして“もっと公表されていない真実を”。
そしてこんなスクープを、マスコミも黙ってはいない。
マスコミはその専門性から、nukotuberはマスコミが報道しない情報の補完と、運悪く全ての歯車が噛み合ってしまっていた事で、情報という波が大きな流れになってしまっていた。
今や、これを報道していない日は無いほど、人類とアークに関しての報道が成されていた。
ただ、最初にこれを暴いたnukotuberは、“迷惑系”だったことが災いし、犯罪紛い或いは犯罪その物の行為がクローズアップされてしまい、大炎上の後に姿を消してしまった様だ。
-“だって嫌じゃん!”-
仕事も終わり、家に帰るとコンビニ飯を広げながらテレビをつけると、いきなりあの時の帆嵐の台詞が聞こえる。
夜の特番で、あの時のシーンが解析されているようだ。
ニュースキャスターが司会進行で、ゲストコメンテーターには歴史学の専門家や、軍事評論家もいる。
-今の言葉なのですが、あの言葉が発せられた後に、ヒーロー達が一瞬止まったように見えたんですが、これはどういう事か解りますか?-
-これはですね、かつて世界に侵攻したアーク達の、言うなれば母国語とも言える古代アーク語で、“ダットゥー・デヤージ・アン”と言っていたのでは無いかと、推測されますね。
えー、語源は、“ダットゥー”が止まる、や、停止する、という意味で、“デヤージ”が何々しなさい、という命令形なんですね。
そして“アン”は、時という言葉の意味を持つのです。
なので、恐らくは帆嵐教授が古代アーク語の技術を使い、ヒーロー達の動きを制止した、と予測されますね。それの発動キーが、先程の“ダットゥー・デヤージ・アン”では無いかと。
こんなこと、普通は想像つきませんからね、ヒーロー達が取り逃がしてしまったのも、仕方ない事でしょう。-
あ、すいません、それあまりに場違いな文句に、俺達の空気が弛緩しただけです。
[レッド:いや、んな訳ねぇだろ]
ヒーロー達もたまたまこの番組を見ているのか、nyaineというグループネットワークに、ツッコミが入っている。
彼等ともこのグループネットワークを介して情報交換しているが、今だホワイトとイエローの目撃情報はお互いに無い。
こうなった以上、ムシャ・ブゲー氏と同じような事になる、最悪の事態は考えておかねばならないだろう。
-あ、ここの、レッドがドクロ仮面に渡した刀はどんな意味があったんでしょうね?-
-最初はドクロ仮面が真の支配者になるために必要なのかと思いましたが、それだとヒーロー達が渡す意味が解りませんからね。
つまり、ドクロ仮面は敵側にいる人類側の味方で、帆嵐教授が生み出そうとしている“本当の怪物”を倒すために、必要な武器を集めているのでは無いかと思いますね私は。
だから、今まであんな力を持っていても使わず、ヒーロー達を鍛える為に今までの戦いをしていたのでは無いかと、そう思うんですよ。
前のブラックと共闘したときも、ブラックは銃を使っていませんでしたからね。
それに特に、ヒーロー達が最後の攻撃をする前に見せたあのガトリングガンも、今アメリカで開発中の……-
-えー、一旦ここでCMを挟ませて頂きます。-
-縄文~!ドキドキ~!-
討論が中断され、楽しげなCMが流れる。
縄文土器展が開催される告知のようだが、今時縄文土器って……。
ボンヤリ画面を見ながら食事を進めていると、画面にノイズが走る。
ん?故障か?
やだなぁ、これ寮の備え付けだから、給料から修理費支払わされるのかなぁ……。
そんな事を思いながらリモコンを手に取り、他のチャンネルが映らないかと試していると、突如画面が1人の男を映し出す。
間違いなくそれはあの時逃がした老人、帆嵐だった。
-あー、あー、マイクテスト、マイクテスト、本日は晴天なり。
よし、それでは……聞こえるかね、愚かな人類諸君。
貴様等が真に崇めるべき偉大なる科学者、帆嵐である。-
あーあー、崇めるとか言い出しちゃったよ、この老人。
-さて、世間では儂のことを真の敵だ何だと言っておるが、儂からすればお前等人類の方がアークの、いや、彼の星の方々にとって邪魔な存在、悪というわけじゃ。
お互い相容れないとなれば、後はどちらかがどちらかを屈服させるのみじゃろう。-
「マキーナ、コイツ、何か変じゃねぇか?」
まるで言っていることがジャアークの様な、いや、いわゆる、アークが押さえ込んでいるという、奴等の種族の欲望をまるで代弁しているみたいだ。
<右目の感度を上げます。>
マキーナがそう言うと、僅かに右目に痛みが走る。
だが、改めて画面を見ると、そこに映っているのは帆嵐では無く、表面に無数の顔が浮かび上がる、人の形をした黒い液体だった。
液体に浮かぶ顔が、一斉に口を開く。
-そこで!儂は思い付いた!
憎っくきピースフルカーブセブンと、そしてドクロ仮面に挑戦状を叩き付けさせてもらおう。
期間は今から2日後。
そうじゃのう、儂が侮辱されたあの砂浜から、真っ直ぐ日本の首都に攻め入ってやろう。
ヒーロー達よ、防げるモノなら、防いでみぃ!!-
その発言を最後に、ノイズが走り元のCMに戻る。
「マキーナ……、アレは、何だ?」
<“黒スライム”とも、“屍鬼の軍隊”とも違いました。
未知の生命体、では無いかと観測されます。>
あの教授、どうやら“禁断の領域”の先に行ってしまったのかも知れない。
行き過ぎた科学は魔法と変わらないならば、アレは既に魔の領域に足を踏み込み、そして自我を無くした怪物だ。
「……転生者の要望を聞いて回ってただけなのに、また面倒事に巻き込まれちまったなぁ。」
ため息と共に、俺は煙草に火を付けた。




