30:世界の秘密
荷物を隠していたところまで戻り、変身を解いてスーツ姿から冒険者姿に着替え直す。
折れたはずの左手の骨も、気付けば治っていた。
流石マキーナだ。
荷物を纏め、王都に戻る頃には大分日が高く昇っていた。
「おぉ、セーダイ、ご苦労さん。
何か夜中にあっちの村から凄い音が聞こえたんだが、お前なんか知らないか?」
流石に“私が犯人です”と言うわけにもいかないので、門番に適当に受け答えしつつ、冒険者章を見せて門を通過する。
金一等級ならいざ知らず、銅三等級の冒険者が起こせるような超常現象では無いという認識からか、さして怪しまれること無く通過できた。
その冒険者章を懐にしまいながら思う。
王都登録の銅三等級以上は、王都も含め各地の都市を普通に出入り出来るらしい。
そうなると、以前預かったメダルもいよいよ不要だった。
(多分俺が持ってるのが、例の話にあった奇跡のメダル、だよなぁ。)
選定の剣と融合する奇跡のメダル、アタル君曰く、始まりの村で瀕死のブルータス氏が誰かから受け取り持っていたというアイテム。
恐らく、エル爺さんに託されたのだろう。
それをただ借り受けた俺が渡して良いのだろうか。
宿屋に戻り、食事を取りながらメダルを眺める。
精緻な馬と剣の紋章が彫り込まれている以外は、それほど価値があるように見えない。
(よし、一眠りしたらあの村に戻って、エル爺さんにこのメダルを返そう。
もう俺にも必要は無さそうだし、この世界に関わることなら、俺が持ってちゃマズいかもしれん。)
部屋に戻り、ベッドに横になる。
(起きたら……風呂入って……荷造りして……。)
色々あって疲れていたのだと思う。
この後の行動を考える内に、気付けば眠りについていた。
目覚めた時に外を見ると、朝の活気だった。
身支度をして一階に降りていくと、やはり一晩立っていたらしい事を宿の主人から知らされる。
早くしないとアタル君達とすれ違ってしまうかもしれん。
手早く食事を取り湯をもらい体を洗うと、市場に買い物に出かける。
あの爺さんが酒飲みなのは解っている。
手土産はやはり酒だろうと思い買いにきたが、蒸留酒とワインの瓶を見ながら“どっちが良いかな?”と思い悩んでいた。
(俺はワイン飲まないんだよなぁ。)
(確かワイン好きは秋田主任……いや、山形さんだったかなぁ。)
きっかけの、あの日の事を思い出す。
あの時誘われるまま飲みに行っていれば、こんな事にはならなかったんだろうか。
あの時の選択が、今俺を道に迷わせているのか、いや、その後も足掻かなければ、こんなくだらない世界に放り込まれずに……。
(止めよう、俺がアタル君に言った事じゃないか。
ここが異世界でも、皆自分の人生を生きてる、と。)
結局、蒸留酒とワインの両方を買った。
俺もワインは自分から望んで飲まないだけで、飲めないわけでも無い。
それに、田舎の村ならどっちも喜ばれるだろう。
ついでと干し肉や干し魚、炒り豆を買う。
結構大量に買い込んだからか、気を良くしたと思われる店主に、オマケだと干しぶどうを貰えた。
“この干しぶどうは甘みが強いからな、ここぞで女につまみとして出せば、その気配りの良さで惚れられて、後はもう、こっちのモンよ!”と笑いながら手渡された。
その笑顔につられ、俺も少し笑顔になる。
「ホラ、にぃちゃん、アンタいい男なんだから、そっちの顔の方が断然格好いいぞ!」
思わず苦笑いになってしまった。
軒先で、何やら深刻な表情になりながら商品を見つめていた俺を、女性への贈り物と勘違いした店主が、彼なりに気遣ってくれたのだろう。
お礼を言い、店を後にする。
アタル君にあったら、この店のことも話してやろう。
この世界の人は皆、今を頑張って生きていると。
NPCなんかじゃないと。
この世界に転移して初めて立ち寄った村。
ゲームではそのまま“始まりの村”と呼ばれているらしいそれが見えてきたときに、俺は少しだけホッとした。
アタル君から聞いた筋書き通りに壊滅していると言うことは無く、去るときと変わらずのどかな風景のままだった。
例の門番代わりの掘っ立て小屋も健在だし、中で居眠りしてるエル爺さんも変わらずそこにいた。
俺が声をかけると慌てて飛び起きたが、俺の顔を見ると以前のようにニッコリと笑顔になった。
「おぉ、なんじゃアンタさん、希代の詐欺師じゃないか!
元気しとったか。」
「おかげさまで、元気にしてましたよ。
今日はお借りしてたメダルを返そうと思って。
そういえば、門番のカイン氏が、“エル先生によろしく”と言ってましたよ。」
老人は“なんじゃいアヤツ、まだその呼び方をしとるのか”と笑いながら土産を受け取る。
アタル君の件も気になる俺は、早々にメダルを返し、それでその場を立ち去ろうとした。
立ち去ろうとした俺に、背後から声をかけられる。
「まぁ待ちなされ。
折角酒とつまみがあるんじゃ、少し話をしていかんか、異邦人殿」
恐怖、動揺、混乱。
色々な感情が一瞬で全身を駆け巡ったが、一番大きな感情は納得だった。
やはりか、と思ったのだ。
だがそれでも、この老人が誰か、と言うことは見当も付かなかった。
「エブニシエンの奴から聞いたぞ。
アヤツがあそこまでボロボロになっていて、笑ってしまったよ。
いやはや、やはり“異世界人”は恐ろしい。」
振り向き、足を肩幅に開く。
同時にリュックを落とし、両手を自由にする。
「私も、あの殺気は久々に恐ろしかったですよ。
……師匠の次くらいにね。」
“立つこと即ち構えなり”
昔教わった通りに、ただ立つと言う構えをとる。
残りのエネルギーは三割、どこまでやれるか。
そう考える俺の視界に、手の平を前に出すエル爺さんが見えた。
「まぁ、待ちなされ。
儂は話がしたいだけじゃ。」
え?ウッソ!?敵まで優しい世界系!?
アラヤダ胸きゅん!!
……等という動揺は表情に出さず、しかし何と言って良いか困った俺は“はぁ……、そッスか”と、我ながら何とも気の抜けた返事を返しつつ、進められるまま小屋の奥から出してきた椅子に座る。
小屋の奥から木のカップを2つと七輪のようモノをとり出し、手慣れた様子で炭に火を付けると、干し肉と干し魚を炙り出す。
「結局のところ、ただ者じゃ無いとは理解してたんですが、貴方は何者なんですか?」
香ばしい香りが小屋に充満するのを感じながら、老人のカップにワインを注ぐ。
お互いカップをかざし、無言の乾杯。
返事を待ちながら、赤々と熱を持つ炭を見ていた。
「その前に、あらかたを説明しておこう。
この世界はのぅ、半分は転生者の夢に上書きされた世界じゃ。」




