306:イレギュラーはつきもの
「おはようございま……ん?」
朝、いつも通り出社すると何だか慌ただしい。
妙にバタバタとしている社内を抜けて座席につくと、早速サザエ原さんが話しかけてきた。
「ねぇ聞いた?何か昨日、ムシャ・ブゲー様が何者かに襲われて、いなくなったらしいわよ?」
「え?何があったんですか?」
サザエ原さんから出て来た言葉を聞いた瞬間、割と色々な感情が頭を巡る。
この騒がしい社内に対する納得。
“何者か”って何だ?という疑問。
今日のヒーロー戦に影響出なければ良いな、という業務上の面倒な気持ち。
人、と言って良いかわからないが、ともかく怪人の、それも四天王クラスがやられたにしてはちと不謹慎かも知れないが、俺の頭にはそんな感情が巡っていた。
今日は鯛瓦さんクリエイトのサンマ怪人戦隊と、ヒーロー達との戦闘日なのだ。
サンマ怪人は20匹近くの個体から構成されるため、今日はそれなりに規模が大きい。
そのためいつもの埠頭では手狭なので、百里ヶ浜というビーチを借りている。
ただ、砂浜だと絵面が地味なので、いつもより火薬の仕込みが増える。
なので、本日は3チームのメンバー、5人全員で午前中に何とか仕込みをしなければならない日なのだ。
「それがよく解っていないんですって。
昨日の夕方は四天王様達と一緒にいたらしいんですけど、その後1人で食事をしに行くと言って出て行ったまま、戻らなかったんですって。
最初はどこかのヒーローにやられたのでは無いか?って話だったんですけど、ヒーロー側は誰一人“戦っていない”って回答だったんですってよ。」
ちょっとだけ心の中で、“いやそう言うのはサイ・ジャック氏の役目では?”と思ってしまう。
どうみてもこれ、“ククク、奴は四天王の中でも最弱……”みたいなコメントを残す雰囲気じゃないん?
いきなりナンバー2倒すなよなぁ……。
あ、それどころじゃ無いわ。
サザエ原さんの話を聞くと、秘密結社ワルアークとしてコメントを残さなければならないらしく、配下の大半と共に撮影があるとのこと。
そう聞くと嫌な予感がする。
「皆さん、私とスクイードリーダーは光栄にもワルアーク様と共に撮影するメンバーとして選ばれました。
本日のヒーロー達との戦い前の準備、しっかり頼みましたよ!」
うわ来た。
昨日までの萎れた態度は何処ヘやら、カニ田は悠々と歩きながら、チームの座席に近寄ってくる。
その姿を見ながら俺は、“憎まれっ子世に憚る”という言葉を思い出していた。
「えぇ!?今日の仕込み、5人でも厳しいのにそれを3人でやるんですか!?」
鯛瓦さんが流石に声を上げる。
それはそうだろう。
俺でも悲鳴を上げると思う。
そのレベルで、今日の労働は既にキツいのだ。
3人になると、それはもう物理的に実現不可能レベルだ。
「スクイードさん、他から応援呼べないんですか?」
「いやぁ、ホラねぇ、急遽決まっちゃったから、どこも業務で逼迫してるから、中々ねぇ。」
流石に俺もたまらずスクイードに確認するが、彼からの回答はにべも無いモノだった。
その表情を見ると、恐らくコイツは他チームに確認すらしてなさそうだ。
「ともかく、我々は今から一足先にワルアーク様の元に向かいますので、後のことはお任せしますので、頼みましたよ?」
これ以上の不平不満を聞かないようにか、カニ田とスクイードはそそくさと執務室を後にする。
「そんなぁ……、久々の大仕事なのにぃ……。」
鯛瓦さんのしょげる姿は切ないモノだった。
サザエ原さんも慰めの言葉をかけている。
「まぁ、タイミングが悪かったわよ、今回は最低限の……、田園さん?何考えてるの?」
俺はニヤリと笑う。
「前の職場の、新人にもいつも言ってた言葉があるんですよ。
“諦めるのはまだ早い”ってね。」
俺は席から立ち上がると、ワルアーク氏の元に向かおうと支度をしているフロッピー氏の元に向かう。
後のことをお任せされて、頼まれたのだ。
それはつまり、権限も受け取っていると言うことだ。
なら、存分にやらせてもらおう。
「怪人課チームは正面主力の爆薬設置をお願いします!
装備課は左側面、変身課は右側面でお願いします!」
「田園さん!追加の爆薬来ました!」
「了解!それは正面の怪人課チームに渡して下さい!」
「サンマ怪人団、到着しました!」
「オッケー!鯛瓦さん、事前説明ヨロシクッ!!」
忙しく指示を飛ばす。
想像以上に人員を掻き集められた。
今まで知ったコネクションを生かし、怪人課ではフロッピー氏とヘラクレス氏に交渉して、各チームから2名程の人員を借り受けることが出来た。
その前に装備課のダークキング☆ライオン氏にもメールを送っていた所、快く了承をもらえ、本日近隣の作業を予定していたメンバーと、何故か追加の爆薬を手配してもらうことが出来た。
また、流石に変身課は遠距離過ぎるので依頼をしていなかったが、俺の姿を見たサザエ原さんが独自にネットワークを使い例のリリス嬢に交渉、百里ヶ浜の近くで働いているメンバーを貸しだして貰えたのだ。
“リリスちゃんはアタシが昔教えてた後輩なのよ”と、誇らしげに言っていたサザエ原さんが、その時は凄く眩しく見えた。
「こんな手、よく思い付きましたね。」
サンマ怪人団に説明を終えた鯛瓦さんが戻ってくる。
「まぁね、でも、これって鯛瓦さんでも近しいことは出来たと思いますよ。
だって、装備課にいつも行っていたのは、鯛瓦さんなんだから。
ダークキング☆ライオン氏も、“おぅ、鯛の字のピンチか、そりゃ行ってやらねばな”と、笑ってましたからね?」
“いや僕には……”と後ろ向きな鯛瓦さんに、事実を告げる。
今回、フロッピー氏もヘラクレス氏も、何ならダークキング☆ライオン氏が1番乗り気だったぐらいだ。
それも、“俺が頼んだから”ではなく、“頑張ってる鯛瓦君のピンチなら”と、喜んで引き受けてくれたのだ。
“会社の仕事”は、何の事情も鑑みてはくれない。
だが、“そこで働く人間同士”は、しっかりと互いの事情を汲んでくれるものだ。
これを機に、鯛瓦さんが一皮むけてくれる事を期待しつつ、俺は全ての作業が終わったことを各班の報告から感じていた。
……若干、“ちょっと新しい技術盛り込んでおきました”と言っていた装備課の報告には、危険なモノを感じていたが。
今日のヒーローはピースフルカーブセブンの連中では無く、最近売り出し中の新人ヒーローだ。
新人ヒーローに相応しい、ド派手な回になると良いのだが。




