304:答え合わせ
「いえ、ワルアーク様からは特に何も聞かされてはいないですね。」
案の定、と言うべき回答がサイ・ジャック氏から聞かされる。
嘘を言っている素振りもなく、“何故その質問を?”と言う言葉が顔に書いてあるようだ。
「あ、いやホラ、私は言うなれば“生産された”訳では無くて、あの時唐突に現れたじゃないですか。
だから世の中的に、私のことを不審に思っている奴も、結構多いのかなと思いましてね。」
取って付けたような言い訳だが、何となくサイ・ジャック氏は納得したようだ。
週が明けていつも通り月曜の朝礼の後、俺はサイ・ジャック氏を捕まえて、週末に聞いた話からの疑問を聞きだしていた。
「あぁ、そうでしたか。
まぁ、最近でも何社か取材の申込みがありますが、“田園殿の事を大々的に公表するのは、田園殿が望まない事だろう”と、ワルアーク様からもお達しを受けてますから。」
嘘……、弊社の総帥、優しすぎ。
いや、そんなネタはさて置いて、どうやらワルアーク氏が俺に関する事柄を堰き止めているのだと理解できる。
多分、国からの問い合わせも上手く躱しているのだろう。
それがわかっただけでも、ある意味で充分だ。
サイ・ジャック氏からこの週末のことを幾つか聞かれはしたが、細かい話は、アイリス・ミダラー女史に聞いて欲しいと適当に誤魔化しておく。
自席に戻り、例の帆嵐についても調べておく。
帆嵐 澄也
元々は次世代エネルギーを研究している私立大学の教授だったが、ドイツで発見されたとされる“エーテル粒子理論”に触発されて“日本独自のエーテル粒子を使った機器”の発明に梶を取った人物。
彼の発明を当初支えたのが、黒鉄鉄工所という町工場だった。
そこで出来た幾つかの発明品を、黒鉄鉄工所が竜胆グループに持ち込み商品化、それが大当たりして今の帆嵐の基礎となったようだ。
ただ、商品が大当たりし、収益が安定してくると帆嵐は突如黒鉄鉄工所、竜胆グループと手を切るべく、自身の権利を主張し出す。
会社の権利を巡っては何度か裁判沙汰になったが、結果としてアメリカに本拠を置くロズノワルグループが帆嵐の取り分だと主張した会社全てを買い取り、彼に与えたことで決着となったらしい。
以降、名称をホラン・インダストリアルと変えた丁度この時期に、日本国内にも怪人が襲来した。
エーテル技術を使った装備を急遽求める事になった日本政府からの要請もあり、資本は外資系ながらも国内に根付いた企業として、現在に至っているようだ。
国内では“エーテル技術を見出した先見の明”を讃える声もあれば、“金に目が眩んだ凡人”と酷評する声もあり、中々に判断が難しい人物のようだ。
「……ただ、外資の会社にジャアーク、どう見ても胡散臭いんだよなぁ。」
「やはり田園さんもそう思われますか!!
そう、胡散臭いんですよ!!」
“えっ”と思わず訪ねながら、PCの画面から顔を上げて声の主を見る。
殆ど聞こえないように呟いた俺の独り言を受けて、何やらカニ田が興奮していた。
「先日の変身課への出張以降、何故か変身課からは“もうカニ田は来なくて良い”と言う連絡があったんですよ!
あちらの訓練にも付き合い、近隣のお得意様にも足を運び、身を粉にしてワルアーク社の為に尽くしているのに、この仕打ちですよ。
全てはあのドクロ仮面が来てから、何かがおかしくなっていっているのです!
あのドクロ仮面こそ、ワルアーク社に害をなす胡散臭い存在だと私は感じているんです!」
カニ田の熱烈なアジテーゼを受けながら、“はぁ”と生返事をしているとメールが着信する。
サザエ原さんからだ。
“カニ田の奴、訓練を田園さんに投げ出して現地妻に会いに行ってた事、四天王にバラされたらしいわよ。”
そんな一文から始まっていた。
サザエ原さんは一時期変身課のコールセンターに所属していた時期があり、向こうにも仲間がいるらしい。
こちらのカニ田の悪行は、全てサザエ原さんによってリークされ、あちらのカニ田の悪行はサザエ原さんにフィードバックされているらしい。
何でも、今回あの騒ぎがあった頃、ラブホテル街近くのファミレスにバイトしていた変身課の女の子が、店で食事をしたカニ田と人間の女性が、そのままラブホテルに入っていくところを目撃、オマケに画像まで撮影されていたらしい。
一応の裏取りのため、カニ田が向かうと言った取引先に連絡したところ、その日カニ田は来なかった事も露見したらしい。
夕方合流したときに、あんなに余裕ぶった色気を出していたわけが、つまりは行為後で雄のホルモンビンビンだったわけッスか。
いやカニ田パイセン、それドン引きッスわ。
ちょっとマジ、それドクロ仮面さんのせいにしないで貰って良いッスかね?
でもこの様子からすると、知らぬは本人ばかりなり、と言うことなのだろう。
よく見れば鯛瓦さんは入力に夢中なフリをして画面で顔を隠しているが、笑いを堪えているのか肩が震えている。
サザエ原さんは妙にニヤニヤしながら、“そうよねぇ”とか“誰か企んでるのかしらねぇ”と、合いの手を入れている。
やはり女は怖い。
いくつになっても、“女の子ネットワーク”は存在するらしい。
「か、カニ田君!!
ちょっと、ちょっといいかな?」
サイ・ジャック氏のオフィスから、慌てて出て来たスクイードが足早にチームのエリアまで来ると、焦りながらも小声でカニ田を名指す。
どうやら破滅を告げる福音は、スクイードからもたらされるようだ。
「フム、どうやら私の潔白がいよいよ証明される時が来たようですね。
では、打ち合わせがあるので私はこれで。
あ、皆さん、納期は厳守ですが、くれぐれも入力間違えはしないように。」
焦りながら先導するスクイードとは対照的に、優雅な所作でカニ田は後をついて行く。
端から見れば先導する平社員と重役と言うところか。
「何か、一切自分の悪いところを認めてないあの感じ、ある意味凄いわよね。」
「サザエ原さん煽りすぎですって。
俺笑い堪えるの無理でしたよー。」
カニ田が去った後で、サザエ原さんと鯛瓦さんから感想が噴き出る。
鯛瓦さんは笑いを堪え切れていないし、何なら堪えすぎて涙が出ているほどだった。
「いや、私も色んな会社を渡り歩いてきましたけどね、あぁいう堂々としたのは、正直初めて見ましたねぇ。」
「田園さんの評判は上々よ?
まぁ、比較対象がアレじゃ、どうしても上がる一方だとは思うけどね。
まぁ、あっちの娘達から、“また護身術教えて下さい”だってさ。
アンタ、向こうでそんな事教えてたのかい。」
“えぇ、昔もよく教えていたので”と言いながら、俺も釣られて笑う。
これで少しはカニ田も懲りてくれると良いのだが。
そんな俺の想いとは裏腹に、この後“この世の終わり”の様な顔をしたカニ田が、まるで悲劇のヒーローの様な仕草で席に戻ってくることになるのだが、当然俺達はそれを完全に無視していた。
悪いがヒーロー達の事で俺は手一杯だ。
泣きつくなら他所を当たってくれ。




