300:彼等、彼女等
「そういえば、今日はブラックさんの事を聞こうとここに来たんだが。」
日本酒の薫りを愉しんでいた俺は、ふと思い出したように呟く。
ブラックの事を聞こうと来てみれば、ご本人登場だ。
タイミングが良すぎる。
「あぁ、どうやら同じことを考えていたんですね。」
聞けばブラック氏、つまりはアタル君も、俺のことをもう少し詳しく聞こうと、久々に武蔵君を訪ねてこっちにきていたらしい。
まぁ、この辺は武蔵君と南三君のイタズラ心もあり、同時期にお互いのことを聞く二人がいるなら、両方とも呼んでしまえ、となったらしい。
「あ、だから武蔵兄ちゃんも南三兄ちゃんも、今日は機嫌よかったんだ!」
東也君が、ふと思い出したように今日の二人の様子を教えてくれる。
イタズラが成功するからと、ニヤニヤしていたらしい。
「そういえば俺からも質問なんですが。
田園さん、この間の戦い、最後の蹴りは苦し紛れだったんですか?」
「いや、あれは割と古い有名な戦いがヒントでね。
もし知らなければかかるなと、狙っていたんだ。」
アタル君はそれを聞くと悔しがる。
負けた事というよりも、考えが上回れなかったことを悔しく思っているようだ。
そう考えるアタル君は、きっと良い格闘家になるだろう。
とは言え俺は先に、“もう戦わんからな”と念押ししておいたが、“勝ち逃げは許しませんよ?”とアタル君には涼しい顔をされてしまった。
俺は怪人側で、アタル君はヒーロー側。
絶対また再戦の機会があると信じているようだ。
「アタル兄貴も、そろそろ俺らと合流しようぜ?
マジで今さ、西姉も使いモンになんねぇし、俺ら超戦力ダウンしてるんだって。」
武蔵君が横になり膨れた腹をさすりながらそう言うも、聞いたアタル君は少し寂しい表情を浮かべる。
「いや、それは厳しいだろう。
結局、俺は姉さんとはうまくやっていけないだろうからな。」
「何でだい?一緒に異世界に落ちてきただけの他人ならともかく、兄弟で、家族だろう?」
つい言葉を発してしまったが、俺の言葉を聞いて少しだけアタル君の表情に苦いモノが走る。
「“家族だから”かも知れないですけどね。
……そう言えば田園さんはどうして、ウチの兄弟にそんなに入り込んでるんです?
貴方こそ、その、悪く捉えないので欲しいのですが“赤の他人”で、我々の事情など汲まなくても良いのでは?」
「田園さんは、僕等を元の世界に帰してくれるかも知れないんだ!
だから色々と相談に乗って貰ってるんだよ!」
アタル君の言葉に、東也君が何故か即座に反応する。
東也君の言葉を聞いたアタル君は、“そうか、元の世界に……。”と呟くと、また黙って酒を呷る。
その沈黙が気になった俺は、踏み込みすぎることになるかもな、とも思ったが聞くことにした。
「アタル君はその、やっぱり武蔵君と同じように、向こうの世界に帰りたくは無い、っていう所なのか?」
「元の世界……、武蔵、お前はどうなんだ?」
何かを悩むようにアタル君は考えた後、ふと武蔵君を見てそんな投げかけをする。
「え、俺?
……やだよ、あっちの世界じゃ全然良いこと無かったじゃんか。
食う事に必死で、いつも腹空かせててさ。
こっちなら、たまに怪人と戦うだけで全員分の給料貰えてさ、うまいもん腹一杯食べられるじゃんか。
それに兄貴だって、向こうじゃ諦めてたボクサーの夢を……。」
「やめろっ!!」
突然のアタル君の叫びに、思わず全員ビクッとなる。
兄弟達が下を向いた事で、アタル君はばつが悪そうに頭をかく。
「デカい声出してスマン。
だが、俺はあっちの世界でも、納得して選んだ道だ。」
「どうだか。
アンタだってホントは、夢諦め切れてなかったんでしょ!
アンタ、あの時泣いてたじゃない!」
アタル君に注目ばかりしていたから気付かなかったが、パジャマ姿の西さんが仁王立ちしていた。
年齢の割にかなり可愛い目のパジャマだが、今それを言う空気でもない。
「姉さん、それは言わないと約束したろ!」
酒の勢いもあるのだろう。
カッとなったアタル君が言葉を荒げるが、西さんは冷たい視線のままだ。
「いいえ、言うわ。
だからアンタもさ、本当の事言いなよ。
父さんが腰を悪くして植木屋が出来なくなって、母さんのパート代とアタシの給料だけじゃ食ってけないからって、アンタも夢を諦めて働きに出たんだろ?
南三に大学行かせるんだとか、ハジメやホクト、それに東也もまだ小さいから俺が守るんだとか、自分の夢をすり替えてさ!
……でも本当はボクサーになりたかったって、アンタあの時泣いてたじゃないか!」
「言うなって言ってんだろ!!」
アタル君は立ち上がると、西さんのパジャマの襟を掴み上げる。
「アンタも父さんと一緒で、暴力振るおうってのか?
今やアタシはピースピンクだ。
何なら変身して、本気の喧嘩してやろうか!?」
「姉さんだって、仕事帰りはいつも文句ばかりだったじゃないか!
やれ“高卒だと良い仕事に就けない”だの、“貧乏くさい化粧と笑われた”だの!
姉さんだって、“長女という言葉は呪いだ”“こんな貧乏くさい大家族の長女を気に入るような彼氏なんか出来ない”って、散々文句言ってたよな!?
彼氏が出来ないのは、姉さんのその性根の方に問題があるんだろうが!」
西さんも、掴まれた胸倉をそのままに、アタル君の胸倉を掴み返す。
「おまっ、お前!
言っちゃいけない事言いやがったな!
そうだよ、朝から晩まで働いて、自分の服も化粧品も最低限しか買えなくて、後は全部家に入れる生活費だぞ!
向こうにいたとき、アタシがどんなに惨めな思いしてたか、アンタに解るのか!?」
周囲の温度が、一気にヒートアップから極低温まで乱高下する。
2人の間には小さな放電まで起きており、いつ変身して殴り合ってもおかしくない状況だ。
「もう止めてくれ!西姉さんも、中兄さんも!」
南三君が俯きながら叫ぶ声で、皆ハッと我に返る。
東也君は泣いていた。
この2人も、薄ら感じていたんだろう。
苦しい家計を、兄弟達が支えていた事を。
それに甘えていて、何もしていなかったことを。
「……帰る。
武蔵、また今度話を聞かせろ。」
乱暴に西さんのパジャマから手を離し、上着を着るとアタル君はそのまま出て行ってしまった。
「アンタ、田園さんだっけ?
悪いけど、アタシ等はこうなんだよ。
アンタも深入りしないで、怪人側として、敵としてかかってきなよ。
その方が、アタシだってよっぽど気が紛れるわ。」
西さんもそう吐き捨てると、また自分の部屋に戻っていく。
とてつもない嵐が過ぎ去った。
残された俺は、そんな感想を思っていた。




