299:給料の使い道
(せっかくだから牛肉、国産の……いや、アイツらよく食うからなぁ。)
悩んだ挙げ句、国産では無くアメリカ産の牛肉パックを手に取る。
これなら、国産の1パックを買う値段でそれなりの量を買うことが出来る。
どうせアイツら若いんだ、質より量の感覚だろう。
そんな事を考えながら野菜も適当に購入し、満載になったスーパーの袋を下げて彼等のアパートに向かう。
無事変身課の出張を終えた後は、いつものように日常業務としての雑魚怪人作りに追われる1週間だった。
今回の件、カニ田はまたリーダーのスクイードにアレコレ吹き込んでいたようだが、スクイードは変身課からの報告書を先にサイ・ジャック氏から見せられていたらしい。
あまりカニ田の言うことを取り合っていない所を見ると、カニ田の工作は上手く行っていないようだった。
それを見ていたサザエ原さんが終始ご機嫌だったのも、闇深くて何とも言えないポイントだった。
サザエ原さんいわく、俺のいないところでスクイードに“田園は変身課で女の子相手に露骨なポイント稼ぎをしていた!”と、喚いていたらしい。
セクハラ紛いのことをしていた、とも熱弁していたらしい。
“自己紹介ですかね?”と俺も笑って言いながら、サザエ原さんにはあの時のことを然り気無くリークしておく。
これで、社内で噂が広まるのも時間の問題だろう。
女性には特有の、“女の子ネットワーク”が存在する。
男性は気を付けた方が良い。
1人の女性に話した内容は、その女の子が関与しているグループ全てに広まると思っておくべきなのだ。
だが、そんな事はどうでも良い。
今、それは重要じゃ無い。
今週末はそう、ようやくと言うかなんと言うか、給料が振り込まれていたのだ。
ねんがんの きゅうりょうを てにいれた !
イヤイヤ、焦っちゃいけない。
あまり浮かれていると、
〇してでも うばいとる
みたいな選択肢が誰かに出て来そうだ。
ともあれ、前借り分や家賃等を引いて、一応の生活費を抜いてもまだ幾ばくか手元に残るその金の使い道を考える。
どうせいつかはいなくなる世界。
この世界では、ボブの奴の時みたいに、誰かのために貯めといてやるか、と思うことも無さそうだ。
ならば、奢って貰ったヒーロー達に少しは返すかと、晩飯を一緒に食おうと言う約束をブルー、南三君に連絡し、こうしてスーパーで肉類を買っていたのだ。
最初は外食で焼肉でも行こうかと誘ったのだが、例のピースピンク、西さんがほぼ引きこもり同然になってしまっているため、最近では外食に行くことも侭ならないらしい。
それならばいっそ家で焼肉でもやるか、となったのだ。
上手く行けば西さんを引きずり出す事も出来るかも知れない。
現代の天岩戸を開かせるには、裸踊りよりも肉の凶暴な薫りだろう。
「おーいお待たせー、肉買ってきたぞー!」
既に実家のような安心感と共に、ヒーロー達のアパートの扉を開く。
鍵もしてないとは実に無用心極まる所だが、まぁ不審者が来てもヒーローなんだから取り押さえることは出来るだろう。
「あ?え?どなたですか?」
扉を開くと、若い男性が困惑していた。
黒いTシャツに黒いズボンで、角刈りのよく似合う精悍な顔つきをしている。
まさかと思い、思わず訪ねる。
「あー、……もしかしてブラックさん?」
「え?え?……あのすいません、忘れていたら申し訳ありませんが、……どこかでお会いしましたでしょうか?」
凄く礼儀正しい態度で、逆に面食らう。
「えーと、あの、ホラ、この間戦ったドクロ仮面の。」
「えっ?」
止まる青年。
まぁそりゃそうだろう。
週の初めに戦った相手が、まさか週末にスーパーの袋を持って現れるとは思うまい。
止まっている青年の後ろから、エプロン姿の東也君がパタパタと小走りで現れる。
「あ、田園さん、お待ちしてました!
急いで上がって下さい!
武蔵兄ちゃんが空腹で暴れ出しそうなんで!
ホラ、中兄ちゃんも食器並べるの手伝って!」
東也君に促されてブラックの青年、アタル君と言うらしいが、訳がわからないまま手を引っ張られてリビングに向かう。
「田園さ~ん!遅いよぉ~!」
先週の怒りも何のその、武蔵君は大の字に伸びていたが、俺の姿を見るとその体勢のまま文句を口にする。
何だろう、でっかい猫を見ている気分だ。
「ブラックさん、いや、アタルさんか。
色々言いたいことはあるだろうが、とりあえず飯にしよう。
腹が減っていたら、些細なことでも苛立つモンだ。」
南三君がホットプレートを持ってきて火を付けると、先に数枚の肉を焼く。
全員、苦渋の表情で耐えている。
「武蔵兄さん、頼むよ。」
焼肉とご飯、それと東也君が作ったらしい卵スープをお盆に乗せると、南三君は武蔵君に手渡す。
武蔵君は文句も言わず、それを西さんの部屋に持っていく。
「……なぁ、前来たときも思ったんだが、何で武蔵君が持っていくんだ?」
俺の質問に、南三君の表情が僅かに曇る。
「西姉ちゃんと一番仲が良いのが、武蔵兄ちゃんなんですよ。」
同じく言いづらそうにしながらも、東也君が呟く。
「……何だ?西姉、どこか悪いのか?」
事情を飲み込めないアタル君だけが、キョトンとしていた。
「あっ!テメ!それ俺の肉だろ!!」
「武蔵兄の肉は俺の肉!!」
「はい、南三兄ちゃんどうぞ。」
「東也、お前も食えよ、ほらこれ。」
「おぉい!それも俺のテリトリーの肉だっつーの!」
最早そこは戦場だ。
ホットプレートに肉を大量に投入するが、焼けたそばから消えていく。
既に4トレイ分の肉が消えている。
雛に餌付けする親鳥は、こんな気持ちなんだろうか。
「焦らず食え、それと野菜も焼けたから食えよ。」
俺の言葉もあまり届いていないようだ。
皆気を使っているのか東也君のエリアは平穏だが、それ以外は混沌をぶちまけたような戦場だ。
肉部隊は次々と増員を派遣するが、ヒーロー達の前になすすべ無く壊滅されていく。
「CQ!CQ!こちら第5次肉部隊!
我、壊滅寸前!至急増員送れ!
特殊兵器タマネギ輪切り、役に立たず!
繰り返す!……。」
「田園さん、変なナレーション入れないで下さい。」
南三君に冷静にツッコまれる。
皆笑いながらも、素早い手つきで投入された5シート目の肉を確保していく。
ようやく皆の箸のペースが落ちてきたところで、俺も自分の分の肉を焼き始める。
「そうだ、田園さんだっけか。
酒飲めるだろ?俺も久々に帰ってきたからな。
土産あるんだ。」
アタル君が台所に向かうと、冷蔵庫から一升瓶を持ってくる。
大吟醸と銘打たれたそれの栓を開けると、グラスに静かに注ぐ。
受け取り、乾杯と共に軽く口に含む。
ひんやりとした液体が口を、喉を通ると、キリリとした喉ごしとほんのり甘い薫りが通り抜ける。
脂にまみれた腔内が洗浄され、さっぱりとした気持ちになる。
あぁ、これは無限に進む、“ヤバい”やつだ。
「……いや、見事なモンだ。」
それしか言えない。
そうとしか表現出来ない。
まさしく見事な日本酒だった。
「そうでしょう、俺もこの酒が大好きなんですよ。
……気に入ってくれたようなら良かった。」
飲みながら、この酒はアタル君の様な酒だと思っていた。
口数は多くない。
だが、その味は清涼であり、力強い。
いささか飲めない他のメンツを置いてけぼりにしているとは思ったが、色々と複雑な話し合いになりそうだと予感している。
なら、酒の力を借りるのも悪くない。




