02:ぜろ あわー
「あっ!?えっ!?」
倒れていた姿勢から慌てて飛び起きる。
自分の体を見下ろすと、腕も折れてなければ痛みも無い、くたびれたスーツ姿の見慣れたいつもの体。
目の前にはいつもの会社用鞄。
しかし先程までと圧倒的に違うのは、線路の上でも無ければ病院のベッドの上でも無く、ただただ真っ白な地面が続く場所だった事だ。
(なんだここ?青空と、地平線が見えるくらい何もない白い大地……?)
「やぁ、気分はどうだい?」
突然後ろから声をかけられ、驚いて振り返る。
そこには、白いブロックのようなモノに腰掛けた少年の姿があった。
無名の野球帽をかぶり、海外の野球チームが着ているモノを模した様なスタジアムジャンパー、ジーンズ生地の半ズボンにスニーカーと、ありきたりな服装の小学生くらいの男の子に見える。
目立った特徴は、少し長めだけど光加減で銀色に見える髪と白い肌、金色の目をしていることだろうか。
(海外の方なのかな?)
そんなことを思いながら、それでも自分以外の誰かがいることにホッとして、向き直って話しかける。
「あ、あ~、ええと、日本語わかる?ここどこかな?ご家族の方とか近くにいないかな?」
話しかけながら、“あ、今日本語で話しかけられてたな”と気付く。
この異常な事態だ、些細な事はスルーしてもらおうと思いながら、更に質問をしようと口を開きかけた時に、彼からの返事があった。
「初めまして、田園勢大さん。
僕は貴方の世界で言うところの神様と呼ばれる存在です。
手違いにより貴方の生命の火を消してしまったため、こうして貴方を召喚しました。
まだ生きられたはずの貴方を死者の国に迎えるのは余りに申し訳ないため、転生の機会を授けようと思っています。」
言葉の意味が頭に入ってこない。
時間をかけて言葉の意味を何とか理解し、そしてどうしようも無いほどの怒りに頭がカッとなったが、深呼吸を何度もして気持ちを落ち着かせた。
「……いくつか良いですかね?」
怒りに声が震えそうになるが、グッとこらえて、努めて冷静に質問をしてみる。
「あなたが神様だとして、そりゃつまり“殺す予定の奴と殺さない予定の奴を取り違えた”って言う事なんですかね。」
目の前の少年は少し考えるような素振りを見せた後、こちらに目線を合わせた。
「“殺す”というのは違うね。
人にはロウソクのように“命の長さ”と言うのが決まっていて、その長さが尽きるまでは大抵のことでは死なないんだ。
まぁ命の長さは神様でもどうしようも無いことでね。
人が生命の形を取った瞬間に決まるんだ。
そしてあの時貴方を突き飛ばした人が、本来なら失敗してそのまま転落、貴方は助かるはずだったんだけど。」
何が楽しいのか、満面の笑顔で両手を広げてペラペラと言葉を続ける。
「突き飛ばした人と貴方を取り違えてしまってね。
そのお詫びに、貴方に異世界で幸せに暮らす選択肢とかをいくつか与え……。」
ドス黒い感情が一気に噴き出し、気付いたら胸ぐらを掴んでその体を持ち上げていた。
「……テメェ、それじゃ何か?死ぬ必要の無い奴を殺しておいて、元に戻さず別の生き方を押しつけようってのか?」
ようやくこちらの感情に気付いたのか、自称神様は取って付けたように慌てて言い直した。
「ちょ、ちょっとまってホラ、選択肢って言ったじゃん。貴方が異世界でも幸せに暮らせるようにチート能力を授けて転生してもらったり、元の世界に戻るかと言った選択肢をね、提案し……。」
「元の世界に戻せバカヤロウ!」
怒りの感情に任せて怒鳴りつけていたが、自称神様はキョトンとしていた。
「で、でもほら、今まで生きていた現実世界は辛いことが多くないかい?
年齢も40歳を越えて、若い頃のように飛び回れる元気も無くなってきていると感じたりさ?」
言いようのない感情を覚えていた。
多分、怒りや失望や、恐らく空虚感が入り交じった感情だ。
でも努めて冷静に、今の自分の気持ちを伝えることにした。
「もう少し俺が子供だったら、そういうこともホイホイ従ったかもしれん。
今の自分になるまで、結構酷い人生は送ってきたと自分でも思ってる。
でもな、今の俺は、仮にこれが本当に人生の終わりだったとしても、“悔いは残るけど仕方ない、まぁそれなりの人生だったんじゃ無いかな。”と思えるくらいには満足してる。」
「じゃあ、今の人生を終えて、新しい世界で楽しく暮らすのも良いんじゃないかな?きっとまた素敵な出会いもあるよ。」
ここが売り込み時と思ったのか、自称神様は明るい口調で俺の話を遮る。
その信用ならない笑顔を見ながら、俺は首を横に振る。
「もう少し子供なら、と、言ったろう。
今の俺にはそれなりに責任もある。
社会の一員としての立場、夫としての立場。年老いた親の面倒。
そういったモノを投げ出して、いや投げ捨てて、幸せになるとは思えない。
ましてや“間違えて殺された”なら尚更だ。
なぁ神様を名乗る坊や、悪いが元の世界に帰しちゃくれないか?」
目の前の少年から笑顔が消え、途端に不機嫌な表情が現れた。
「あぁそう、じゃあ仕方ないね。元の世界に帰してあげるよ。」
少年が右手をこちらにかざすと、俺の体が光に包まれた。
体が光の粒子になって溶けていき、浮遊感を感じていた。
「せっかくの申し出、すまなかった。もう少し俺が若かったら、その選択肢も考えたんだが。」
どこまで伝わったかわからないが、溶けゆく中で精一杯のフォローをしたつもりだった。
そして俺は強い光で何も見えなくなり、次に映った風景は、電車の前、宙に浮いた状態だった。