298:出張終わりだよ!田園さん!
「あら、あの時以来ね、ドクロさん。
……いえ、確か“田園さん”って、仰るのかしら?」
会議室に入ると、ワルアーク氏と面接したときのまま、ほぼ全裸なのでは無いかと思えるようなビキニ姿のアイリス氏がそこにいた。
目のやり場に困るな、と思いながらも、促された椅子に座る。
すぐ隣にリリス嬢も座っていることで、やはりこの空間も香水の匂いが充満しているのがわかる。
「……えぇ、私の名は“田園 勢大”ですので。
“ドクロ仮面”の方が、言ってみれば呼ばれ慣れてないくらいですよ。」
「アラ、そうだったの、それはごめんなさいね。
謝りついでで悪いのだけど、一緒に出撃して貰って助かったわ。
リリスからも報告は受けてるけど、あのピースブラックと黒スライム相手に、大活躍してくれたみたいね。」
あまり活躍したとは言えないだろう。
黒ムキムキスライムマンには大した攻撃は出来ていないし、ブラック相手には騙し討ちで勝ったようなモノだ。
それを告げると、アイリス氏は笑い出していた。
「ご免なさいね、あんなに世間を騒がせておきながら、そんな謙虚な人だとは思わなかったから。
これならサイ・ジャックじゃなくて、アタシが貰っていれば良かったかしら。」
アイリス氏が言った“騒がせて”の理由も、隣のリリス嬢がPCを開いてプロジェクターに映し、見せてくれた。
“ピースブラック、負ける!”
“正体不明の怪人現る!ピースブラックの活躍で町の平和は守られた!”
“あのドクロ仮面は何者!?怪人側を助け、ピースブラックを倒した正体不明の勢力!”
-やはり、ピースブラックもピースフルカーブセブンの一員ですからね、1人で戦うには無理が……。-
-何故ブラックカノンを使わなかったのか、その答えとしてアレは恐らく、ドクロ仮面が実は人類側の味方の可能性もブラックは……。-
-あのような仰向けの状態になると想定して、スタンドからの打撃であれば、もっと早くからストンピングを活用してですね……。-
ネットのニュース記事や、特番の様子が次々と映し出されていた。
解説者も、芸能人から軍事コメンテーターやら元格闘家など、それぞれの立場で好き勝手な予測を並べ立てて討論している。
この手の番組はあまり好きでは無い。
起きた結果に対して“ああすれば良かった”や“もう少しこうだったならば”と言った、“後から思い付く綺麗事”が並べられているからだ。
あの場、あの瞬間で取れた行動は少ない。
それは恐らくブラック側もそうだろう。
それをほじくり返して分解し、したり顔で“正しい行動のツギハギ”をする手合いの意見など、どれ程の重みがあるのか。
すぐに興味を無くし、アイリス氏を見る。
「アラ、やっぱり冷静な反応ね。
“謎のダークヒーロー、ドクロ仮面”そんな世間の話題には興味なしかしら?」
アイリス氏にとっても、これは“俺がどう言う反応を示すか見るため”の、唯の余興の様な物だったのだろう。
指を鳴らすと、リリス嬢が次の画面を映し出す。
プロジェクターで映し出された画面には、あの黒ムキムキスライムマン、黒スライムの特徴などが記されているレポートが表示されていた。
個体名、黒スライム(仮称)。
発生条件、不明。
精製会社、シリアル無しの為不明。
スペック、物理的な攻撃に対して耐性有り、物理的で無い特殊攻撃に対しても耐性有り。
現状、ピースブラックが実施したような高熱照射で焼き切る以外に方法解らず、対策装備を装備課へ依頼。
ピースブラックが倒した個体から破損した核を入手、合わせて装備課へ解析を依頼済み。
一次観察の段階では、刻印されるべきメーカーシリアルの存在は確認できず。
備考、今回の正体不明の怪人は自然発生したとするならば、同一外見、同一スペックをもつ固体が6体もいた事には疑問を感じざるを得ない。
なるほど、つまりは“何も解らない”事が解ったようだ。
いや、最後の一文からするに、どこかで作られたが解らない、と言うところだろうか。
「今、アタシ達に解ることはこれくらい。
正直、何も解ってないのと一緒ね。
ただね、リリスも書いているけれど、あんな風に“同一固体”が複数体いる事は、非常に不自然だと私は思っているわ。」
聞いていて、“そうだろうか?”という疑問がわいていた。
他の異世界でも、例えばスライムはどれも似たような特性を持つ固体だし、魔猪なんかもそうだ。
成長度合いから大きさが違ったりもするが、外見的特徴やスペックは似たり寄ったりだ。
そこまで考えて、確かにふと疑問が出る。
あの固体達、大きさも外見的特徴も、何もかもが同一だった。
自然界ではあまり見かけない例だ。
黒スライムは発生も火山洞や落盤した坑道などで、圧縮される事で生まれる。
6体も同じ圧縮、同じ成長を遂げるのは、あんまりにも自然な確率じゃない。
「……仰りたいことは何となく解りますがね、でも例えばジャアーク社がこれを作ったとして、バレれば業務停止なんですから、流石にそんな危ない橋渡りますかね?」
「ジャアークなら、ね。」
アイリス氏はゆっくりと妖艶に笑う。
「ねぇ、田園さん、数時間前だけど、ジャアーク社が突然“日本撤退”を決めたわ。
表向きはこの間のマッドピエロの一戦から、日本市場での旨みが無いと判断、とされているけれど、何だかタイミング良すぎると思わない?」
アイリス氏の笑みの意味がわからず、俺はあいまいには頷く。
何だ?ジャアーク社が最後の置き土産をした、という話なのだろうか。
「これに関して、人類側は何も解答しないダンマリなのよ。
“まるで予定通り”と言わんばかりね。
……だからアタシ思うのよね、“解らないなら、人類側に聞けないかしら”って。」
少しばかり、背筋が冷たくなる。
これはイヤなことを頼まれる前兆か。
「変身課はね、装備課は勿論のこと、怪人課の奴等よりもより人間に近い変身が出来るって、知ってた?
だからね、アタシ、副業をオーケーにしているの。
何なら、変身課に出社するよりも人間世界でアルバイトとかするのを推奨してるのよね。
ほら、ウチはコールセンターもやっているでしょう?
人間側がワザワザ寄せてくれる情報と、全国各地でアルバイトとして潜伏しているコ達。
これって、結構情報集まるのよね。」
顔は笑っていても、目は笑っていない。
魔眼、とはこう言う事を言うのだろう。
飲まれないように抵抗するので精一杯だ。
「……別に、やましいことをやっているつもりは無い。」
「アラ嬉しい、やっと本当の声音を聞かせてくれたわね。
良いわね、その声。低くて好きよ。」
交渉において、この女性には敵わなさそうだ。
俺は両手を上げると、素直に降参する。
「わかりました、降参ですよ。
丁度ピースブラックの件で、今週末に奴等とコンタクトを取ろうと思ってたところですからね。
何か解りましたら報告しますが、あまり期待はしないで下さいよ?
あいつら、意外にただの若者達なんですから。」
「ええ、期待してるわ、ドクロ仮面さん。」
アイリス氏は年齢よりも若く見える無邪気な笑顔でニッコリ笑うと、話を締めくくる。
やはり女性には勝てないな、と、何か敗北感を感じながら俺の出張は終わりを告げるのだった。
「あ、明日はカニ田いらないから、田園さんだけで検証試験とトレーニングを行いましょう。
あの、ハルピュイアちゃんに教えてた技術、他の子にもお願いできるかしら。」
いや、まだ終わってなかった。
翌日、カニ田の不満を一身に浴びた後で、俺は変身課への出張を終えるのだった。




