296:ファイトクラブだ!勢大さん!
「あっぶね!!」
周囲で観察している野次馬の住人を驚かせて遠ざけようとする俺の足元に、ブラックのレーザー光線が突き刺さる。
「フッ、いかなる悪も、俺の前で市民を傷付けさせはしない。」
何だコイツ、自分に酔ってやがるのか?
ともあれ、今の行動で危険を感じたのか、野次馬は逃げ出してくれた。
ヤレヤレ、悪の秘密結社が安全確保なんかやるもんじゃ無いな。
ムキムキ黒スライムマン達も殲滅され、残りは一体だけとなる。
だが、ここでムキムキ黒スライムマンは逃げる行動を取るのではなく、リリス嬢の部下、頭に巨大なタンポポの花を乗せたような植物怪人の女の子を人質に取り、羽交い締めにしながら盾代わりにし始める。
「フン、どちらも悪である以上、その行動は無駄な足掻きだ。
喰らえ!ブラック・バーニング・シュート!!」
ブラックは躊躇無く銃を構え、引き金に力を込める。
スローになる視界の中で、俺は考える。
怪人だ、ヒーローにやられるのは織り込み済みと言える。
ツイてはなかったが、あの植物怪人の子も遅かれ早かれヒーローに倒される運命だ。
何も無理して助ける必要は無い。
<本当に、それでいいのですか?>
電気信号のような音が脳裏に響く。
そうだ、俺はあそこにいるような、正義の味方じゃない。
家に帰りたい、ただの中年だ。
でも。
「せいっ!」
人質ごとムキムキ黒スライムマンを蹴り飛ばし、射線から外す。
ブラックのビーム光線が俺を包み、駆け抜ける光が雑魚怪人スーツを一瞬で蒸発させ、爆発を起こす。
「フン、助けたというのか。
随分覚悟の決まった雑魚もいたものだ。」
爆炎を眺めながらブラックはそう呟くが、すぐに興味を無くす。
蹴り飛ばされ、倒れた拍子に植物怪人とムキムキ黒スライムマンは離れたが、それぞれ狙えば良いだけの話だ。
「まずはキモいお前からだ。」
ムキムキ黒スライムマンに狙いを付け、一瞬で蒸発させる。
その威力に満足感を覚えながら、今度はフラついている植物怪人に狙いを付け、そこで違和感に気付く。
爆炎の中に、人影がある。
「ん?狙いを外したか?」
爆炎の中から、髑髏の意匠の仮面を着けた、黒い全身スーツの存在が、ゆっくりと歩いていた。
<回復、正常に完了しました。>
間一髪だった。
雑魚怪人スーツと言っていたが、俺が変身できる瞬間は稼いでくれた。
中々優秀なスーツだったようだ。
おかげで、受けたダメージも最小限で済んだようだ。
爆炎を抜け、銃を構えているブラックの前に立つ。
『お前から見ればどっちも同じ悪の怪人かも知れないが、悪には悪の正義があってね。』
銃を構えていたブラックが、俺の姿を見ると銃口を外す。
そして、そのまま腰のベルトに銃をしまう。
「そうか、お前がムs……レッドが言っていた例のドクロ野郎か。」
何かを理解したかのようにそう呟くと、両腕を持ち上げファイティングポーズをとり、細かくステップを踏み始める。
(ボクシングか……、厄介な。)
無手の武術において、ボクシング経験者ほど空間戦闘に長けた相手はいない。
「お前、強いんだろう?
なら、俺の相手もしてくれよ。」
いつもよりもやや腰を落とし、左足を前に低く構える。
重心は両足親指のつけ根。
踵は紙1枚通せる位に僅かに浮かす。
両手は開き、掌を少しだけ相手に向ける。
左前中段、八相の構え。
ボクサー相手に“見てから動く”後の先は取れない。
なら、“機先を潰す”先の先を取るしかない。
“来るっ!”
微かにステップが踏み込まれる。
「ぐっ!?」
俺の顎へと伸びる、拳の射線を潰す様に左手を動かした瞬間、顎に良いのを貰い、視界が揺れる。
想像以上に速い。
そりゃそうだ、理屈だけで対処出来るなら、誰だって出来る。
「どうした?もう降参か?」
ブラックのステップは変わらない。
“左っ!いやワンツー!!”
左のジャブからのワンツー。
今度は防げた。
だが、防げただけだ。
劣勢に変わりは無い。
「ドクロ仮面!こちらはほぼ撤収出来た!」
『俺は気にせず引け!』
リリス嬢から有難い御言葉。
なら、後は俺も機を見て脱出するだけだ。
「ほぅ、俺を前に、簡単に逃げられると思うなよ。」
思ってねぇよバカ!
防戦一方で、背を向ければあの銃が待っている中で、どうやって逃げ出すか。
いっそブーストモードで突破……ダメだな、発動を潰される。
それこそ、相手に先の先を取られる。
ダメ元で、やってみるか。
ブラックが踏み込む瞬間に合わせて、ノーモーションで膝から下だけをうねらすローキックを放つ。
パシンと軽い音を立ててブラックの太股に当たりはするが、大きなダメージにはならない。
逆に、蹴りを繰り出すために一瞬とはいえ片足になった俺に、防御の上からとは言えストレートが突き刺さる。
「お前、ローキックを入れ続けての長期戦狙いか?
あまり得策とは思えねぇぜ?」
やはり見透かされているか。
ボクサーを相手にするなら、フットワークを潰すしかない。
ローキックも、入れ続ければ深刻なダメージへと辿り着く。
だが、ブラックの言うとおり、その間俺は頭への攻撃を受け続けなければならない。
どうあがいても、それは俺が負けるジリ貧にしかならない。
『他に方法はねぇからな。
見逃してくれるってんなら、俺は今すぐにでも逃げてぇよ。』
「それはダメだな。
ここまで俺と対峙できる貴重な相手、そう簡単には逃がせないな。」
ブラックはブラックでバトルジャンキーかよ。
そう文句を言おうと口を開きかけるも、ステップの踏み込みが沈んだことを察知し、体が反応する。
(ジャブ!いやストレート!)
(かわせた!次を)
(ワンツー、こk……)
ガツン、と、脳が揺れる。
最初の左ストレートは、同じく俺の左手で打ち払った。
その後すぐに左右ステップからの左ジャブ、右ストレートは打ち払った左手で外受け、打ち落としの二連で防いだ。
打ち落としで体勢が崩れたのを好好機と感じ、俺は前へ踏み込む。
だが次の瞬間、ブラックはクルリと背を向けると、バックハンドスマッシュ、要は裏拳打ちで、俺の右こめかみを捉えていたのだ。
揺らぐ視界、傾く大地。
地面がせり上がり、俺の左側に覆い被さるようにぶつかる。
いや、違う。
俺がこめかみへ直撃を受け、平衡感覚を失って倒れたようだ。
だが、それが解ったところであまり意味は無い。
既に平衡感覚には深刻なダメージを受けている。
妙な言い方だが、“大地に掴まっていないと振り落とされてしまう”感覚に陥っていた。
完全にノックアウトされた。
それでも、ブラックはファイティングポーズを解かず、先程同様の細かなステップを止める様子はない。
本気で、仕留めに来ている。
『さすっ……、流石に、厳しいねぇ。』
まずは味覚が戻ってきたらしい。
口の中に鉄の味を感じながら、そして揺れ続ける視界の中で、俺は必死に考えを巡らせるのだった。




