294:追加業務だよ!田園さん!
-やはり田園さん用の怪人を用意しますので、少しお待ちいただけますか?-
スピーカーからリリス嬢の声が聞こえる。
鋼鉄ウーマンが残念そうに去る中、もう一度俺の前に現れたのは例のハーピーのような怪人だ。
心なしか、腰が引けている様に見える。
さっきのあの戦闘を見せられた後で、これはキツイ。
深層心理にトラウマを持ってしまうのではないかと不安になる。
(……なら、俺に出来ることをやっておくか)
マキーナを使うまでもない。
腰を落とし、左拳を前にした左前中段の構えをとる。
ハーピー型の怪人も、両手を広げて大きく見せるように構える。
「……リリスさん、この方のお名前は何というのですか?」
-そちらの個体は“ハルピュイア”という名前が付けられる予定です。
現状、言葉に反応はしませんが、理解はしますので不要な事は教えない様にご注意ください。-
なら、これは“必要な事”だな。
俺は了解すると、ステップで一気に間合いを詰める。
ハルピュイアはそれに全く反応できなかったようで、懐の内側に俺を踏み込ませてしまう。
「ハルピュイアさん、これで今君は意識を飛ばされてるぞ。」
ハルピュイアの右頬に、そっと左拳を当てる。
慌てて後ろに飛び退ろうとしたその動きに合わせて更に左前のまま踏み込み、右拳を腹部手前で止める。
「迂闊に後ろに飛ぶな!」
自我は無いはずだが、一瞬俺の声にびくりと身を震わせる。
苛立ったように右腕の羽を振るうが、それを屈みながら左の下腕部で添わせるように受け流す。
火花と痛みが左腕に走った感じからすると、あの羽はナイフの様に鋭いらしい。
だが、躱してしまえばハルピュイアの無防備な右側面が視界に入る。
「攻撃と防御は紙一重だ!ただ打つのではなく、次の行動を連想しろ!」
屈伸の容量で立ち上がりながら、右足での蹴り込み、つまりは893キックを繰り出す。
だが、ハルピュイアも足は自信があるのか、膝の力を抜いて仰向けに倒れるようにかわすと、器用にくるりと回転しながら鋭い蹴りを繰り出す。
「おお!胴回し回転蹴りか!その機転はいいぞ!」
しかも鳥類の変身だからか、その足先には鋭い爪がついている。
躱したはずなのに、右肩の怪人スーツが簡単に破られている。
お互い間合いをとって構えなおすも、ハルピュイアの構えが自然と俺と同じ構えに変わってきていた。
それを見て、俺は少し笑う。
「よし、ハルピュイア、次は対男性の、それも痴漢相手の対策だ。」
俺は股間の辺りで両手を交差する。
「まずは一番簡単な所で、男の急所、金的の狙い方だ。」
ハルピュイアは素直に、俺が両手を交差した辺りにをめがけ、サッカーボールを蹴るように後ろに足を引く。
それを見て、俺はすぐに間合いを取る。
「それじゃダメだ、予備動作が大きすぎる。
ここを狙うときは威力なんかいらん、スピードだけを意識するんだ。
そして出来れば、足首から先を鞭のようにしならせるイメージで素早く叩く、こう言うイメージだ。」
試しに、俺は何度か金的蹴りの動きを見せる。
膝から下を素早く振るう。
足首から先を鞭のようにしならせる。
ハルピュイアは小さく頷くと、俺の交差した両腕を、ほぼノーモーションで素早く蹴り上げる。
「いいぞハルピュイア、その調子だ。
次いで、男女関係無しの弱点、目打ちに関してだが……。」
気付けばさん付けも忘れ、稽古として没頭していた。
この感じも懐かしい。
元の世界でもそうだが、結構色々な世界でこうして稽古を付けてきた気がする。
通っていた道場のクソガキ共と違い、生徒は毎回素直だが。
このハルピュイアも、同じく素直な生徒だった。
解らなければコテンと首を傾げて固まるため、より解りやすくアドバイスを挟む。
そうすると理解できたのか、すぐに俺が言ったことを行動で見せる。
自我が邪魔しないためか、教えたことを教えたように素直に吸収していく。
それどころか、鳥型の怪人だからか三次元的な機動からの攻撃を繰り出せるようになるなど、短時間でかなりの成長を見せていた。
これなら、次にカニ田に良いようにやられることは無いだろう。
無表情ながらも、教わった事を真剣にひたすら繰り返すハルピュイアを見て思い出す。
そうだ、俺の武とは護身、“身を護る為の技術”だ。
しばらく、忘れていた。
-……田園さん、講義の途中で申し訳ありませんが、緊急事態となりました。
本日の訓練はここまでにさせて頂きます。-
夢中になって教えていたら、スピーカーからの音声で我に返る。
イカンイカン、実験の筈が稽古になってしまった。
慌ててその事を詫びると、どうやらそれどころでは無いらしい。
近くで正体不明の怪人が暴れており、ヒーローが辿り着くまでの間この変身課で押さえ込まなければならないらしい。
「ん?それって怪人側のやることなんですか?」
「えぇ、人類協定で決められたことですので。
近くにある支部がここなので、我々に役目が回ってきたわけです。
これは変身課で受けた業務ですので、怪人課の田園さんには立ち会う義務はありません。」
やんわりと断りを入れてくれたリリス嬢だが、俺は“正体不明の謎の勢力”だ。
同行させて貰う事を告げると、リリス嬢は少しだけ安心したような表情を見せる。
彼女も、内心は不安だったのだろう。
つまり、それ位の奴が暴れてるって事だ。
「あ、この雑魚怪人スーツ着ていって良いですか?」
「お願いします。
状況によっては、そちらの方が都合良いかも知れませんから。」
こうなると、いなくなったカニ田は運が良い。
いや、良いところが見せられなくて運が悪いと言ってやるべきか。
現場に急行すると、その場所だけ大災害にでも見舞われたかのように家々が倒壊していた。
(……この前のロボットとも違う奴だなぁ?)
リリス嬢が運転するワゴン車の中から、敵の姿を確認する。
周辺には首のない人型のような、安いアメコミのモンスターの様に逆三角形に手足が生えたような筋肉ムキムキの真っ黒な存在が何体も、周囲の家や壁を破壊していた。
「各員!この車は目標の一体にぶつけます!
降車しながら変身、速やかに目標の撃退に当たって下さい!」
オイオイオイ、死んだわ俺。
いや、今はそんな事を考えている暇は無い。
“今です!”とリリス嬢が叫ぶと、ワゴン車の扉を開けて次々と変身課の女性達が車外へ飛び出す。
リリス嬢も、運転席から飛び出したのを確認し、俺も転がるように地面に飛び出す。
爆薬でも積んでいたのか、黒いムキムキにぶつかったワゴン車は爆発し、炎上する。
だが、まるでダメージが無いかのように、爆発したする間の残骸を押しのけて黒いムキムキがゆっくりと歩いてくる。
イヤイヤ、そこは!
そこは誰かの“やったか!?”を待てよ!
俺は少しだけガッカリした気持ちを抱えながら、黒いムキムキの位置を把握するのだった。




