293:魔境!女の園!
「……ゴホン、それでは試験場までご案内致します。」
「おや、風邪ですか?それは良くない、あまりご無理はなされませんように。」
カニ田がやたらと紳士的に振るまうが、逆に滑稽な感じになっていることに本人は気付かないようだ。
「……え、えぇと、田園です。
本日はよろしくお願いします。
ちなみに、試験場はどちらにあるんですか?」
リリス嬢だけでなく、周囲からの殺気がますます強まるのを感じ、最早いたたまれなくなっている俺は、カニ田には悪いがもうさっさと要件を住ませてしまおうと先を促す。
「えぇ、試験場は当ビルの地下にあります。
では、案内しますのでついてきて下さい。」
僅かに殺気は霧散し、空気が軽くなる。
先導するリリス嬢についていく。
カニ田は俺の口出しなど気にならないくらい上機嫌に、口から泡を小さくブクブクとさせながらリリス嬢の後ろ姿、特に尻の辺りを凝視しているのがわかる。
長いこと生きていて、それなりに知っていることはある。
男性にはあまり理解できない事なのだが、女性は視線に実に敏感だ。
男がつい無意識に見てしまうその視線の先を、女性は敏感に察知する。
昔奥さんにTSモノを見せたときに、“外を歩いたときに主人公が男のキモい目線を感じてないとか、この作者男だね”とアッサリ言うくらいには、女性というモノはそれを敏感に感じ取るのだ。
なればこそ、ここまで露骨に見ているカニ田の視線を、このリリス嬢が気付いていないはずが無い。
エレベーターに到着し、リリス嬢が先に乗り込むと振り返り階数ボタンを押す。
その表情はやはり、不機嫌そのものだ。
まぁ、そうだろうな。
そんなにイヤらしく尻ばっかり眺めていれば、多分俺でも視線に気付くだろうさ。
ましてやそれが女性なら尚更だ。
俺はゲンナリしながら、上機嫌なカニ田に続いてエレベーターに乗り込むのだった。
「この先に更衣室があります。
いつものように着替えて、実験場に来て下さい。」
「いやぁ、残念です。
一緒に来て貰えれば、僕のこの肉体美をお目にかけることが出来たのに、本当に残念です。」
カニ田が何か言っているが、リリス嬢は反応すらせずにきびすを返す。
いやぁ、カニ田はん、アンタどアウトや。
だが、俺もイチイチ反応していては身が持たなさそうだ。
更衣室に入り、荷物をロッカーに放り込むと、ハンガーにかかっている一般雑魚戦闘員のスーツに着替える。
この戦闘員スーツも、ピッタリした素材の割に耐久力や防御力が高い、不思議な素材だった。
戦闘中に多少敗れても自然と元に戻っているし、見た目は布なのに衝撃を受けた際は表面の硬質化、内面の衝撃吸収能力と、他の異世界で言うなら鉄鎧を着込んでいるくらいの防御力を発揮できる。
これを平気でぶち抜けるヒーロー達は、やっぱり普通の人間より遙かに強いんだなぁと、そんな事を実感していたら、カニ田も既に着替え終わっていた。
カニフェイスに黒づくめのタイツとなると、いよいよもって雑魚怪人ぽい。
「さ、田園さん、グズグズしてないで向かいますよ!」
何だろう、何だか凄くカニ田のやる気が高い。
普段からこうだと良いんだが、そんな事を思いながら、カニ田に連れられ実験場に向かう。
実験場に到着すると、そこはダークキング☆ライオン氏の装備課にあった実験場の様に、白いクッション材に囲まれた、小さな、強いて上げれば小学校の体育館くらいの大きさの場所だった。
-お二人とも準備できましたね。
それでは早速ですが、模擬戦闘を行って行こうと思います。
まずは自我をインストール前の、新しく作成された個体からです。
こちらは田園さんからで宜しいですね?-
スピーカーから、先程のリリス嬢の声が聞こえる。
俺は問題ない旨を返答しようとしたが、カニ田によって阻まれる。
「フッ、田園さん、ここは私が引き受けましょう。
変身課との模擬戦は数度行われるのですが、最初は私が模範として闘いましょう。」
おぉ、凄い気迫だ。
しかも先輩として後輩へ教育するため、率先して見本を見せようとしている。
俺の中で、ほんの少しだけカニ田の評価が上がる。
“カニ田”から“カニ田氏”位には変えても良いほどだ。
「行きますよぉ!キェェェ!!」
いや、前言撤回するわ。
何だろ、言葉を選ばずに言うなら、本気で最低だよね。
変身課が用意した新しい個体とやらは、変身前は人間の女性だが、変身すると腕が鳥の羽のようになり、爪先も鋭いかぎ爪になるという、神話生物で言うところのハーピーの様な外見へと変身していた。
変身後はほぼ全裸だが、肝心な部分は羽毛というか毛というか、そう言ったモノで隠されるギリギリ健全仕様だ。
だがそう言った個体に、カニ田は猛然と襲いかかり、セクハラの限りを尽くしていた。
幾らカニ田が準戦闘員だとは言え、生まれたばかりで自我を持たない戦闘個体との戦いは、言ってみれば大人とプロレスラーくらいの差にはなる。
頭を胸に埋める、両手で胸やら尻やらを揉みしだく。
挙げ句の果てには、四方に配置されているカメラには見えないアングルで、アレな所に指を入れていた。
自我を持たない個体の筈だが、本能的な嫌悪なのだろうか?
へたり込んで無表情のまま、涙をボロボロ流すその様子は気の毒で仕方が無かった。
「フフ、私にかかれば変身課の個体といえども、こんなモンですよ。」
格好を付けて腰を強調したポーズで立っているが、ピッタリとした全身スーツでは、その明らかに大きくなっている股間の膨らみも強調されていて、あまりにも上品とは言えなかった。
いや、それすらもカニ田は見せつけたいのかも知れないが。
-……ッ!
この個体との戦闘はここまでです。
では次の個体を準備します。-
「いやぁ、どうですか田園さん。
コイツらはこの程度ですからね、ちょちょっと遊びながらでも倒せば、楽勝ですよ。」
壁近くに備え付けられているベンチに腰掛けながら、カニ田は汗というか、泡を拭っている。
“はぁ”と生返事をしたが、流石に愛想笑いも出せない。
よく今まで問題になってこなかったな、これ。
「……あっと、得意先から電話だ。
私はこの後得意先回りに行ってきますので、田園さんは引き続き試験に参加していて頂いて結構です。」
カニ田はやることをやって満足したのか、社用携帯を取り出すと少しオーバーなジェスチャーで画面を見せる。
画面には“着信:1件あり”としか映っていないが、それを俺に一瞬見せると、そそくさと実験場を後にする。
-準備できました。
……アラ?カニ田はどうしましたか?-
俺は、スピーカー向こうのリリス嬢に事のあらましを伝える。
-困りましたね、カニ田用に用意したのですが……。-
目の前には、柔らかさの欠片もない鋼鉄で出来た肌を持つ女性型の怪人、強いて言うなら鋼鉄ウーマンと言ったところか、それがそびえ立っていた。
俺は、何だか妙に“なるほどなぁ”と納得しながらマキーナを握りしめ、その怪人の前に立つのだった。




