292:出張だよ!田園さん!
「田園さん、サイ・ジャック様と何があったんですか?何かズッコケていたようですが?」
サイ・ジャック氏のオフィスを出ると、入れ違いでスクイードが入る。
予め呼ばれていたのだろう。
そうして席に戻るとすぐ、カニ田が話しかけてきた。
彼自身は隠そうとしているようだが、その声音には若干の喜悦が入っているのが解る。
ここ最近の件から、朝礼後に一人呼び出しを受ける俺。
端から見たこの状況、彼から見れば面白いゴシップと感じているのだろう。
「いや、特にこれと言って……」
言いかけて、ふと思い出す。
確かカニ田は、今週の変身課への出張を楽しみにしていたはずだ。
先週も、暇さえいれば宿泊先のホテルを探すのに余念が無かった程だ。
「あぁ、そう言えば今週の変身課への出張、私に行ってくるように言われましたね。」
ちょっと悪戯心が湧き、何でも無いフリをしながら、思い出したように呟く。
「へ、へぇ~、そうなんですか。
それはまた、田園さんの頑張りが認められているって事ですかねぇ。」
カニ田の甲羅が、わかりやすくサッと青ざめる。
行動もどこか落ち着きが無くなり、ソワソワとサイ・ジャック氏のオフィスに意識が向かう。
そうして少し経った後、スクイードがサイ・ジャック氏のオフィスから出て来ると、“あ、そうだ、あの件確認しなきゃ”と、周囲にそれとなく聞こえる程度のわざとらしい呟きを残し、カニ田は席を立つ。
そのままスクイード氏を連れ、会議室へと消えていった。
「……田園さん、見たあれ?」
サザエ原さんがジロリとカニ田の背中を見やると、俺にボソリと呟く。
「……えぇ、まぁ。」
ちょっと笑いを堪えるのに必死で、素っ気ない返事をしてしまうが、俺を見たサザエ原さんも同じように悪い笑顔を浮かべていた。
「アイツ、邪魔してくるわよ~。」
俺も同感だと頷き返す。
今頃会議室で、俺のあること無いことをスクイードに吹き込んで、何とかして出張をもぎ取ろうとしているのだろう。
まぁ、俺はそれでも構わない。
別段ワルアークに付き合う事もなし、外されるならそれでも問題ないからだ。
唯その場合、四天王命令をどうやって覆すのか、そっちの方が気になっていた。
「ゴホン、ゴホン。え~、皆ちょっと集まってくれますか。」
スクイードが、大げさな咳払いをしながら皆をミーティングスペースへと誘導する。
カニ田は先程までと違い、余裕のある態度に変わっていた。
「え~、今週の変身課への出張だが、サイ・ジャック様からの指令で、田園さんに向かって貰うことになりました。
ただ、田園さんも新人だし、勝手が解らないだろうから、カニ田君にも同行して貰う事にします。
その間の入力作業に関しては、申し訳ないですが、鯛瓦君とサザエ原さんでお願いします。」
「は?何でカニ田が行くんですか?
別に子供じゃないんですから、田園さん一人で充分でしょう?」
サザエ原さんが猛反発する。
それはそうだ、4人のうち1人抜けるだけなら作業量は1.3倍程度だが、2人抜けたら単純に作業量が2倍になる。
ましてや、俺はサイ・ジャック氏から指名されていて仕方ないにしても、カニ田は別にそうでは無い。
サザエ原さんの不満ももっともだろう。
「サザエ原さん、言いたいことはわかりますが、田園さんはまだ新人です。
誰かコーチングをする人が居なければ、それこそ時間の無駄ですからね。
忙しいのは充分解ってますが、サイ・ジャック様からそう言う指示が出たのであれば、その意思を汲み取ってより良い成果に繋げるように頑張るのが我々の役目ですから。」
流石にスクイードは弁が立つ。
腹が立つほど正論でコーティングしているが、そこに詭弁も混ざっているのを、この場にいる誰もが感じていた。
サザエ原さんも“これ以上言っても無駄だな”と見切りを付けたらしい。
そのまま黙ってしまい、後味の悪いチームミーティングはこうして幕を閉じる。
席に戻ると、サザエ原さんから俺と鯛瓦氏宛に“貸し1つ”というメールがポンと来る。
俺は内心苦笑しながら、“この借りはいずれ精神的に”と送る。
カニ田が暴れただけであって、本来俺のせいでは無い話だが、人間?怪人?関係を円滑に進めるには、こう言う機微は必要なのだ。
「さぁ、ここが変身課ですよ。」
カニ田に案内され、変身課の扉を潜る。
やっぱり変身課のオフィスも同じビルの中ではなく関西にあり、ここに来るまでに新幹線と在来線を乗り継いでやっと辿り着いていた。
どんなところかとフロアに足を踏み入れると、微かに漂う香水の香り。
誰が、ではなく、フロア全体から漂っている。
「ハイ、こちらアークコールセンターでございます……。」
「……左様でございますね、お客様の……。」
「……貴重なご意見、誠に……。」
変身課、と聞いていたが、日常業務としてはコールセンターをやっているらしい。
頭に角とか生えた女の子がヘッドセットを付けていたりと、中々にツッコミどころ満載の感はある。
「コールセンター業務もやってるんですね……。」
「そうですね、ここはアーク系列のお問い合わせを一手に受ける窓口となっているんですよ。
お客様の声を聞き、より良い怪人を生み出すのも、我々の業務ですから。」
カニ田は何故か自慢気にそう話すが、彼自身が“客の声とか聞いてられるかよ”と話しているのを俺は知っている。
そうか、定期的に回ってくる“お客様の声通信”というメールは、ここの情報を集約したモノだったのか。
「怪人課の方々ですね。」
忙しそうに受け答えをしているコールセンターの雰囲気に圧倒されていると、後ろから不意に声がかかる。
振り返ると、体のラインを強調するようなスーツに身を包んだ、気の強そうな美人がいつの間にか立っている。
眼鏡をかけたその顔立ちはいかにも美人秘書と言った感じだが、肌の色は青銅色で、すぐに怪人だと解る。
「あぁ、これはこれはリリスさん、本日もお美しいですな。」
突然カニ田がシャンと背筋を伸ばし、ネクタイを締め直しながら外行きの声色で応対している。
「今日はお招き頂きありがとうございます。
こちらはウチのチームの“新人の”田園です。
彼だけでは不測の事態もあり得ると思いまして、本日は私も同行致しました。」
後ろから見ても解るほど甲羅を赤くしながら、カニ田は一所懸命“優秀な先輩”を演出しようとしているのが解る。
だが、肝心のリリス嬢は“美しい”という言葉にピクリと眉を不機嫌に動かしただけで、それ以外は表情を変えなかった。
いや、アカンて。
今の時代、容姿の美醜はセクハラ発言になりやすいんやて。
ホラ見てみい、お前の声が無駄に大きいせいで、コールセンター中の女性陣がこっち見とるがな。
俺は、コールセンター中の女の子達が放つ静かな殺気を感じ取りながら、ただ冷や汗と共にその場に立ち尽くすのだった。




