28:口上
「フム、魔王様が仰っていた事とは、そういう事であったか。」
魔拳将が腕を組んだまま、薄く目を開ける。
「勇者こそが世界に害をなす存在であると。
是が非でも、それを討たねばならんと。
あれは我等を滅ぼす存在を倒せとばかり思っていたが、どうやらそれだけでは無いようであるな。」
その視線が、俺から別の所に向かう。
つられて俺もそちらを見れば、その先には青ざめた顔のアタル君がいた。
「う、嘘だ……。
だって魔王は悪い奴で、人々を苦しみから救ってほしいって、女神様が……。」
剣を持つ手が震えている。
もしかしたら、ゲーム気分という夢から覚め、一気に現実感が襲ってきているのかも知れない。
せっかく良い気持ちで夢見ていたところを、俺が冷や水をぶっかけてしまったわけだ。
悪い事をしたな、という気持ちはある。
ただ、この世界に生きる人達の事を何も思わず、それこそゲーム感覚で生き死にを決めて欲しくは無かったのかも知れない。
「惑わされないでよアタル!
これも奴等の策かも知れないのだから!」
魔法使いのお嬢さんが魔拳将の前に立ちはだかる。
杖の先は微かに震えていたが、それを隠すように叫ぶ。
「我が名はアルスル・ダウィフェッド!
魔拳将エブニシエン!
王家の名において、その命、もらい受ける!
纏え、炎よ!!」
杖の先に、炎の剣を纏わせて突進する。
なるほど、ああすれば魔法使いでも接近戦が出来そうだ。
上手いこと弱点を補うなぁと感心しながら動きを見る。
ただ、やはり彼女の本質は魔法使いなのだろう。
必死に攻撃を躱す彼女に対し、魔拳将は相手にもしていなかった。
遂に攻撃を喰らうと思われた刹那、魔拳将の拳を猫耳娘が飛び込み、打ち払う。
「アルスルばっかり美味しい役はやらせないにゃー!
アタルのポイント稼ぎを阻止するにゃー!!」
「だ、誰がポイント稼ぎよ!!」
姦しいその二人を薙ぎ払おうとした魔拳将の蹴りを、光の盾が防ぐ。
「わ、私もお手伝いします!」
おぉ、すげぇ、あの魔法便利そう。
あれ自由に体の周り飛び回らせたり、三枚重ねたらコロニーレーザー防げたりしないかな。
「ダメだ、それじゃダメなんだ。」
ファンタジー全開の、そのド派手な戦闘を観戦していた俺の後ろで声が聞こえた。
俯きながら、歯を食いしばりながらアタル君が呟いていた。
『何だ?何がダメなんだ?』
確かに一人一人では劣勢だが、三人揃うとそれなりに善戦しているように見える。
後はダメージ源のアタル君が入れば、頑張れば勝てそうに見える。
「魔拳将は、カリバーン以外ではダメージを受けないんだ……。
1回アイツと対峙して、倒せないことを体験したら迷宮に逃げ込んで、カリバーンを回収しないといけないんだ……。」
『……ってことはお前、アレか?この村は見殺しか?』
俺の問いに、アタルは勢いよく顔を上げる。
その表情は、怯えと恐怖で限界に見えた。
改めてみると、年齢は12~13歳くらいだろうか。
前世の年齢はわからないが、今は年相応の男の子に見える。
「ち、違う!
見殺しにする気なんか無かった!
だから、国王に無理言って騎士団を借りて、その騎士団にはここが騒がしくなったら村の守りと避難に回るようにお願いして!!
それで……それで……。」
何だ、彼なりに考えていたのか。
なるほど、騎士団がいつまでも現れないのは、そういうことだったのか。
倒すためでは無く、守るために使ったか。
そうか。
『……わかった。
君なりに頑張っていたんだな。』
彼と話すのは後でいい。
先に面倒な方を片付けよう。
「嘘でしょ……。
全く効いていない……。」
「も、もうホントに限界にゃ……。」
「私も……もう回復魔法が使えなくなりました……。」
見れば三人の少女は疲労困憊で、立っているのもやっとと言うところ。
ゆっくり歩いて近付くと、魔拳将がニヤリと笑う。
「おぉ、これはこれは異邦人殿。
女子供に戦わせて、家に帰ったかと思っていたぞ。」
『残念、少し遠くてね。
終電もう無いんだ。
あ、今夜泊めてくんない?
今度ウチに遊びに来て良いからさ。』
適当な軽口を叩きながら、地面の様子を確認する。
結構堅いから、行けるかな?
念には念を入れたいな。
『お嬢さん方、なんだ、氷魔法でも土魔法でも、何かそんな感じの奴でこの辺一帯の地面を固めてくれないか?
このままじゃ柔らかいかも知れないから。』
「な、何でアンタの言うこと聞かなきゃいけないんだにゃー。」
「よくわかりませんが、わかりました。
やります。」
猫耳娘の反応は予想通りだったが、村娘さんが承諾してくれた。
魔法の力で、地面の硬度を上げてもらいつつ、彼女自身らを包む防御壁もはってもらう。
魔力の消費自体はたいしたことが無いそうなので、ちょっと安心した。
「フム、準備は終わったかね、異邦人殿。」
『あぁ、良さそうだよ、魔拳将殿。
……そういやアンタ、何とかっていう伝説の剣以外だとやられないんだってな。
さっき聞いたよ。』
魔拳将は愉快そうに笑う。
「クァハハハ!
如何にも!
我が肉体とこの鎧は、弱き人間共の攻撃など通用もせぬ。
それこそ我を傷つけるには、神が作りし秘宝の武器でも使わなければな!!
それが解っていながら挑むか、人間よ!!」
『あぁそうだ。
挑むよ。
只の人間だからな。』
話している間にも地面の硬度は上がり、範囲も広がる。
“これなら行けるか”という思いと共に、改めて左足を半歩前に、右足を半歩後ろに引き、構える。
へその下、丹田に力を溜める。
膝は柔らかく、バネのように、しかしやや重心低め。
体重は両足親指の付け根。
両手は軽く握り、両肘を体に付け、脇を締める。
魔拳将も体を正面に向け、両足を踏みしめ両腕を広げて構える。
「フム、では月並みだか名乗らせていただこうか。
我が名は魔王軍四天王の一人、“魔拳将”エブニシエン。
かかってくるが良い、脆弱な人間よ。」
『どこの何でもない。
ただの人間、名前は田園 勢大だ。
いざ、参る。』
名乗りは上げた。
ならば征こう。




