27:混迷
防具が出来たことで、猫耳娘の攻撃に何とか対応出来るようになる。
しかし打ち合う度に剣と手甲から火花が散るのはまだわかるが、蹴りさえも爪先が掠めると火花が散るとか、あの足の爪も凄ぇ硬度だな。
しかし人間の大陸に猫耳娘……呼び名はジェネ、ジェネか。
『そちらの猫耳のお嬢さんが、もしかして隣国の王女ギネビアさんかな。』
「だったら何だ、俺の大切な戦力ユニットだ。」
爪を躱し、アタル君の大ぶりの斬撃をいなし、思ったことを口にする。
確かギネビアはGから始まる綴りで、Guinevereとかだったはず。
なるほど、だから愛称で、ジェネか。
『じゃあそっちの杖のお嬢さんが、恐らくアルスル王女さんか。
んで、そっちの錫杖の人が察するに村娘のケイさんかな?』
「あぁそうだ、このパーティがゲーム中でも一番安定するパーティ編成なんだ。
だが、それが何だと言っている!!」
苛立ったようにそう吐き捨てるアタル君。
性別を除けば、確かにバランスのいいパーティだなと思っていた。
恐らく猫耳娘は手数と回避で敵の引きつけ、アタル君はダメージソース、杖のお嬢さんが何か唱えるたびにこちらに何かが絡みつこうとしてたり火の玉が飛んでくる所を見るとデバフ兼遠距離ダメージソース、錫杖のお嬢さんが何か唱えるたびに動きが速くなったり傷が癒えてるところを見ると、バッファー兼回復か。
パーティー編成系のRPGなら鉄板だけど、うん、人にやられるとまるで手がでないな。
“でもなぁ”と残念に思う気持ちが、攻撃を躊躇わせる。
(ユニット、パーティ編成……でしか見てないんだろうなぁ。)
だがそう甘いことばかりも言っていられないかも知れない。
ずっと攻撃を躱し続け、手甲も足甲もボロボロになっていた。
心の中で“一人殺れば隙が出来る、その隙に一旦引こう”と、獣が誘惑してくる。
それに従えば、交渉決裂からの破滅が待っている。
だが、躱し続けているとは言え、少なくないダメージは蓄積していく。
答えが出ないまま延々と打たれ、切られ、焼かれている内に、“殺せば解決する”と言うその声に、理不尽な現状から逃げ出したいという思いに、次第に抗えなくなりつつあった。
「クァハハハ!なにやら騒がしいと思えば、面白い余興を催しておるな!!
我は魔王軍四天王が一人、魔拳将エブニシエン!!
我等に禍をもたらす人の子を抹殺すべく、この地に降り立つ者なり!!」
突如として、夜の闇から更に暗い闇の渦が現れ、その渦から2メートル以上はありそうな大男が、黒い翼を広げながら出現した。
額には二対の角、赤い髪と緑の皮膚、真っ黒な瞳。
首から下は赤黒い全身金属の鎧を纏い、両拳にはいくつもの刃が仕込まれている。
そうか、物語は進行しているのか。
更に場を荒らすこの闖入者が、俺の心を苛立たせる。
「しまった!まさかこんな時に出てくるなんて!!」
「どうしよう!アタシもう魔力が殆ど無いよ!!」
あーあー、敵の目の前で思いっきり弱み晒しちゃってるな、この子。
「アタシも身体強化魔法が限界にゃ!!」
「わ、私もあと少ししか……。」
「クソッ!これも勢大の作戦なのか!?」
いや俺関係ないし。
ってか呼び捨てかよ。
「クァハハハ!貴様等ボロボロではないか。
ならば、我が相手をする必要もない。
我が軍勢、こやつ等の遊び相手が丁度良かろう。」
数十、いや百は超えるくらいはあるだろうか。
魔拳将とやらが出てきた時と同じ様な黒い渦が辺りに出現する。
無数の渦から、手やニヤついた顔が顕れ出す。
いい加減、我慢の限界に到達しつつあった。
もういい、もう十分だ。
これ以上話をややこしくされてたまるか。
『マキーナ、アーマー外せ。』
<“ブースト”モード>
手甲や足甲、胸当てが外れて落ち、地に着く前に光の粒子となる。
全身を包むダイバースーツの様な部分もより強く密着する。
ついでに、腰に吊していたメイスも外して投げ捨てる。
「ククク、武装を解除して命乞いか。
それも良かろう、お前を我が軍門に……。」
“パン”という乾いた音が辺りに響く。
最後まで言わせる気は無い。
渦から出てきた似たような角を持つ連中の頭を、渦から出現し終わる前に、全て同時に吹き飛ばさせてもらった。
立ってこの地に降りる奴は、一人もいない。
魔拳将ご自慢の軍勢とやらは、頭を失いボトボトと音を立てて地面に落下し、全員出現と同時にこの世からご退場頂いた。
風が草原を揺らす。
今夜は良い月明かりの夜だ。
魔拳将とやらの顔から、笑いが消えたのがよく見える。
「貴様……、今何をした?」
『小足見てから昇龍余裕でした。』
何を言っているかわからない顔をしている。
まぁ、そりゃそうか。
むしろ通じたら怖いわな。
『冗談だ。
魔拳将殿が現れる瞬間を見させてもらったからね。
同じように出てきたお仲間さんの頭を狙って、“空気を押した”だけだ。』
あの空間で冗談のように鍛えていた百歩神拳が、まさか役立つとは思わなかった。
長い人生、何が役に立つか本当にわからないものだ。
笑いの表情が消えた魔拳将が、地面に降り立つ。
空中では回避がし辛いと判断したのだろう。
「なるほどな……。
貴様が凄まじいまでの研鑽を積んできたことは理解できた。
なればこそもう一度問おう。
そこな我等に害なす者達と敵対するのならば、我が軍門に下らぬか?
貴様ならば新たな四天王の一人として迎えても構わん。
この世界で存分にその力を振るい、思うがままに振る舞いたいとは思わんか?」
勇者パーティが緊張しているのがわかる。
先程まで戦っていたからだろうか、強敵として認識されているのかも知れない。
だが、この言葉を聞いた俺の気持ちは、それどころでは無い。
『はは、ははは、……はぁ。』
こういう時、吹っ切れば大笑いできるんだろうか。
怒りが湧いてくるが、突き抜けた怒りが何というか、栓を抜けて漏れ出ている気分だ。
最後まで笑うことも出来ず、ため息しか出ない。
両手を腰に当て、足下の地面を、この世界を見る。
誰がこの世界にいたいなどと思うか。
『俺は……。』
「うん?なんだ、申すが良い。」
下に向けていた目線を、魔拳将エブニシエンの目に合わせる。
自分の思いを、怒りを、目の前の魔族にぶつける。
『俺は!!家に!!帰りたいんだよ!!』
魔拳将がまさしく“鳩が豆鉄砲を喰らった”様な顔をしていた。
それはそうだろう。
絶対に予期できない回答だろうから。
だが、一度言葉にしてしまうと、後から後から怒りが湧いてくる。
自分のクソッタレな状況に、この優しい地獄に。
『大体なんだ、この状況は!
人と魔族が戦争してる?馬鹿じゃねぇか!
戦争は最後の外交カードだ!
それ最初に切ったら後は恨み辛みしか残らなくて、どちらか絶滅するまで争って、結果最後に焦土しか残らねぇじゃねぇか!
そんなんで後々生きていける訳ねぇだろ!
何で魔族は後先考えねぇんだよ!』
怒りはアタル君にも向かう。
『オメェはいつまでゲーム気分なんだ!
村が全滅寸前になったら助けて奇跡のメダルを入手?
じゃあテメェ、それが起きるまで村放置して見殺しにすんのか?
親しい知人や家族が殺されて、そこのお嬢さんに心の傷をつけて何がしたいんだ!
“ゲームの世界が現実になった”のなら、そこに生きる人の思いや人生も、現実だろうが!!』
俺の声だけが周囲に響く。
頭の中の冷静な部分が、“見苦しいからもう止めとけ、これは只の八つ当たりだ”と囁くが、止められない。
『俺は!あのふざけた“自称神様”に使われる存在になり果ててるが、それでも転生者の世界を大事にしたいんだ!!
前世で何があった知らねぇが、今を愉しく生きたいんだろうが!!
なら、愉しい楽しいこの素敵な世界が崩壊しないように、俺に力を貸しやがれってんだ!!
それで俺も帰る為の力をちょこっと貰える、お前等も世界が崩壊しなくなって長くこの世界で遊べる、それでWIN=WINだろうが!!』
この世界の存在が知らないであろうことまで、全て話してしまった。
溜め込んでいた怒りを表に出したからか、かなりスッキリしてしまっていた。
そうすると、次に来るのは賢者モードだ。
“やべぇ、凄い色んな事を口走っちゃった”という焦りが生まれる。
仮面で顔が見えないことを良いことに、周りをそっと見る。
魔拳将は腕を組み、目を閉じて何かを考えていた。
勇者達は突然の話に、只オロオロするばかりだった。
ただ、空気が痛い。
色々痛い。




