278:戦闘前の仕込み
「カニ田君!やったね、採用だよ!」
チームリーダーのスクイード氏が、何やら興奮気味にオフィスにやって来る。
それを聞いたカニ田さんは、何処か自慢気に口から泡を出している。
「それじゃあ3チームの皆、改めてだけど、この度カニ田君の怪人が役員会で承認されました!
次のヒーロー達との対決は、カニ田君の怪人が戦うことになります!
はい拍手!」
何だかよく状況が飲み込めないまま、皆に釣られて俺も何となく拍手する。
鯛瓦さんなど、まさしく死んだ魚の目をしながら適当に拍手している。
「それじゃ、カニ田君、一言どうぞ。」
「久々に案件に携われて、非常に嬉しく思います!
しかしこれも、普段からチーム皆で頑張った結果だと思っていますので、この成果は皆で分かち合うモノだと思います。」
“流石カニ田君だ、案件が取れても油断しないその姿は頼れるね”とスクイード氏はベタ褒めだが、チーム内の空気は微妙だ。
サザエ原さんなど、哀れむ目で俺を見てくる。
カニ田さんとスクイード氏は、そのまま打合せのために席を外すと、いの一番に鯛瓦さんが俺の所に来た。
「田園さん、先日はすいません。
カニ田に向での体験を聞かれて、大体1回試験すると僕は倒れる話をしたんですが、何かアイツそれをスクイードリーダーに変な伝え方したみたいで……。」
何だ、その事か。
俺は別に気にしてない旨を伝えると、ホッとしたような雰囲気で鯛瓦さんが席に戻る。
意外に気にしていたようだ。
そして鯛瓦さんが席に戻ると、サザエ原さんがこっそり俺に耳打ちする。
「カニ田のアレ、この間の田園さんが見つけた怪人データを横取りした奴よ。
酷い話よね、この間もいないときに“遊んでいる田園を呼び戻せ”って、鯛瓦君に五月蝿かったのよ?」
うわスッゴいギスギスじゃん。
何だろう、ダークキング☆ライオン氏……いやライオン様の所が天国に見える。
サザエ原さんに適当な相槌を打ちながら、どうしたもんかと考えているとスクイード氏とカニ田さんが戻ってきた。
「あ、田園さん、次の戦いなんですが今後のために良ければ参加されませんか?」
カニ田さんが上機嫌に口から泡を吐きながらそう提案してくると、スクイード氏もそれに賛同する。
「おぉ、それは良い。
カニ田君の怪人の活躍や、ウチの意義を理解して貰うには、やっぱり現場が一番だからな!
よろしく頼むよ、田園君。」
何か凄い出来レース感があるけど、俺としても久々に暴れられる分にはやぶさかでは無い。
早速承諾すると、何故か周囲から可哀想な視線が突き刺さるのだが、実際の現場でそれの意味を知ることになった。
「田園さん!右列の爆薬早くセットして!」
「右3個ですよね?今すぐ!」
後1時間でヒーロー達に通達すると言われて、俺達は大わらわだ。
ここは人通りのない埠頭の、それも更に端っこ。
コンテナが建ち並ぶ中で、その辺のゴミや持ってきた廃車などに然り気無く爆薬をセットしていく。
「ハイ、今回の怪人さん入ります!」
ワゴン車が急スピードで接近し、急ブレーキで止まる。
「イルカ怪人搬送してきたぞ!
これ発注してきた奴、ここにいるのか!?」
運転席の作業着姿の男が怒鳴る。
恐らく、あれが生産課の人だろう。
出来たてをそのまま輸送してきたようだ。
「遅いですよ!
次はもっと早くにお願いしますよ!」
カニ田さんがネクタイを締め直しながら、優雅に生産課の人に歩み寄りつつ優雅に文句を言う。
ここでの威厳を見せつけたいようだ。
「あぁ?またテメェかカニ田!
テメェの仕事は、なんで毎回納期がギリギリなんだよ!!
もっと余裕のある生産スケジュール組めや!!
大体テメェは……。」
だが、この状況でその言葉は逆効果だ。
現場一筋で叩き上げの職人の様なオッサンが、胸倉を掴まんばかりの勢いで怒鳴っているのだ。
線の細いカニ田さんでは、迫力が違う。
「カニ田さん!
これ何処の起爆スイッチに繋げば良いですか!?」
仕方ないので、助け船を出してやる。
時間が無いのに、無駄な言い争いをしている暇は無い。
「やぁ、助かりましたよ田園さん。
全く、生産課の奴等は野蛮で困りますよね。」
俺は曖昧な表情を返す。
カニ田さんが生産課へデータを回すのを忘れ、3日ほど寝かしていたのを知っている。
そう言えば俺から横取りした怪人データ、生産に回してる感じがしないなと思い訪ねたところ、“良いんですよ、生産課なんて言われたとおりにモノ作るしか能の無い奴等なんだから、たまにはこうして危機感持たせてやらないと。”と嘯いていたのをよく覚えている。
「サイ・ジャック様入ります!」
俺が返答に困っていると、サイ・ジャック氏が現場入りする。
久々に見るサイ・ジャック氏は、会ったときと変わらない黒軍服姿で現れながら、“皆、頑張ってるね”等と呑気な声掛けをしていた。
カニ田さんは突然後の仕事を俺に任せると、サイ・ジャック氏の元へと駆け寄る。
「こ、これはこれはサイ・ジャック様!
今回の怪人を手がけさせて頂きましたカニ田でございます!
今回の採用、大変嬉しく思います!」
突然出て来たカニ田さんに、サイ・ジャック氏も少し戸惑っていたが、すぐにこの後の流れの確認をしていた。
「……と、言う感じでして、いつもの口上の後でイルカ怪人がドーンと行きますんで、後は流れでお願いします。」
「あ、あぁ、うん、そうね。
……ところでさ、今回の怪人、素体は良かったのに何でイルカ怪人にしちゃった感じ?
アレなら虫系怪人の方がパワー出せたんじゃない?」
ここに来てまさかのダメ出しに、思わず笑いそうになる。
カニ田さんは“時代は海洋生物で、やっぱり力より知性ですよ!”とか何か適当なことを力説していたが、サイ・ジャック氏の疑念は払拭できなかったようだ。
笑いを堪えつつ、セットの仕込みを終えて休憩しようとしている俺に、何やらご立腹のカニ田さんが近付いてくる。
「田園さん!何やってるんですか!
すぐに着替えて!」
俺の名を呼んだことで、サイ・ジャック氏がこちら見たのが解る。
その視線はカニ田さんも感じたのだろう。
少しだけ余裕を取り戻すと、周りに聞こえるような声で話し始める。
「さぁ、これが終わったら次は一般怪人に紛れてヒーロー達との戦闘ですよ!
アナタは私が指導しているんですから!
こんな所でサボられてはサブリーダーの私が困るんです!」
表情筋にグッと力を込め、ちょっと下を向き、笑いそうになるのを何とか堪える。
「ふ、ふぁい、……解りました。」
笑いそうで声が震えるが、素直に従う俺の反応に、カニ田さんは満足したようだ。
“サイ・ジャックが連れてきた人間を厳しく指導している”という風に周囲から、いやサイ・ジャック氏から見えていると感じているのだろう。
笑いを堪えきれなくなりそうだった俺は、他のスタッフから一般怪人の衣装を受け取ると、さっさと埠頭の事務所に駆け込むのだった。




