275:新人という名の便利屋
「……ところで、田園さんの業務状況はどうだい?」
会議室の扉は僅かに開いている。
トイレに行った帰り、会議室の前を通ると偶然俺の名前が聞こえた。
そっと足音を消し、会議室に近付く。
「えぇ、よく頑張ってくれているとは思いますがね、どうにも作る怪人は脳筋の傾向がありますし、自爆の美学もまだ理解できていないですからね。
サイ・ジャック様のご推薦かも知れませんがね、まだまだ、俺が付いてないと何も出来ない奴ですよ。」
カニ田さんの声だ。
先程席を外した2人は、ここで密談というわけだ。
「ウム、やはりそうだろうな。
ポッと出の胡散臭い新人なんかより、僕は君を信用しているからね。
やはり次の3Tを引っ張っていくのは、カニ田君みたいな叩き上げこそが相応しいと僕は思っているんだよ。」
「任せて下さいよ。
半人前の田園を引っ張って、僕こそがチームに貢献しているんだとサイ・ジャック様にもアピールしていかないと、と思ってますからね。
大体アイツ、……。」
俺はそっとその場を外れる。
カニ田さんも必死なのだろう。
一生懸命俺の欠点をあげつらい、自分がどれ程俺の面倒を見ているかを必死にアピールし、そしてスクイード氏の長所を褒め上げている。
元の世界なら、間違いなく腹を立てていただろう。
この世界で生き抜くつもりなら、間違いなく報復活動に移るところだろう。
だがまぁ、そうは言っても俺は異邦人だ。
この世界での転生者と出会い、あの存在との接続を切ったらおさらばする世界だ。
大抵のことは大目に見てやるか。
……いや、やっぱり何処かでやり返してやろう。
やられっぱなしは性に合わん。
そんな事を考えながら席に戻ると、そっとサザエ原さんが耳打ちしてくる。
「田園さん、カニ田の事、信用し過ぎちゃダメよ?
アイツ、スクイードリーダーの太鼓持ちなんだから。」
大丈夫、もう見てきました。
ただまぁ、サザエ原さんは噂好きらしく、その他のカニ田の悪行をそっと教えてくれた。
どうやらアイツ、下の方は緩いようだ。
風俗通いが趣味で、挙げ句に出張と称して現地妻みたいな存在もいるらしい。
あの顔でどうやって……と思うが、まぁ深くはツッコむまい。
「あ、田園さん、ちょっと良いかな?」
いつもの入力作業に没頭していると、スクイード氏から声がかかる。
「いやぁ、実はダークキング☆ライオン様の所の装備課から、定例の装備試験依頼が来てね。」
その単語を聞いた瞬間、鯛瓦さんがビクッと身を震わせる。
何となく、ウロコのピチピチ感もなくなって萎れだした感じだ。
「いつもは鯛瓦君に行ってもらってたんだけど、新人だし他部署の仕事を知るのに丁度良い機会だから、田園さん行って貰えますか?」
一見お願いのように見えるが、これは実際のところ業務命令だ。
しかも“新人が他部署の仕事を知る機会”という、逃げられない小賢しい理由までつけて。
視界の端のカニ田さんも、何だか嬉しそうに泡を吐いている。
鯛瓦さんの反応を見るに、随分キツい仕事なのだろう。
「あ、解りました。
装備課って、何階ですか?」
聞けば、装備課はこのビルにはいないらしく、社用車のナビに入っているので、それに従ってむかえばいいらしい。
いや社用車あるんかい。
そこでそう言えばと、この世界での免許がない事を思い出して伝えたのだが、“田園さん運転できる?なら大丈夫”とのことだった。
後々知ったことだが、この世界での車の免許は持っていなくとも、怪人登録証があれば大丈夫らしい。
怪人は、そう言った基本知識も所持して生まれてくるというのだ。
何でも、バイクを使うヒーローや車を使うヒーロー等がいるので、そう言った事態にも対処できる様にするため、あらかじめインプットされた基礎知識、と言うことらしい。
まぁ俺にはそんなインプットは無いが、元の世界でも車くらいなら運転してたしな。
ビルにある地下駐車場には、鯛瓦さんが案内してくれた。
鯛瓦さんは基本口数が少ないので、お互い無言のままビルの地下駐車場まで来ていた。
だが、社用車までたどり着いたとき、何かを我慢できなくなったのか鯛瓦さんがこちらを向く。
どうでも良いが鯛の頭でこちらを向くと、突然頭の形がスリムになったように見えて、何だか少しキモい。
「田園さん、すいません。
普段は僕が行くんですが、流石にそろそろ持ち回りにしてくれと、スクイードリーダーにずっとお願いしてたんですよ。
カニ田の奴は1回も行かないので、ホントはアイツを向かわせたかったんですが……。」
何だろう、秘密結社の怪人仲間なのに、その人間関係は凄いギスギスしとるな。
「……まぁ、大丈夫ッスよ。
こう見えて荒事は得意なんで。
心配してもらってすいませんね。」
笑顔を見せながら、鯛瓦さんから鍵を受け取る。
社用車は普通の軽自動車だったが、ボンネットと両側面の扉にデカデカと“秘密結社ワルアーク(株)”と印刷されている。
いや、秘密にしろよ。
そんなツッコミを心の中でしながら、エンジンを動かす。
ナビが起動し、履歴から装備課の位置情報を見つけ出す。
ワルアーク本社から大分離れた、郊外の何も無い所にポツンとある感じだ。
まぁ、ETCカードも受け取れたし、高速道路に乗れば1時間くらいで着くだろう。
久々の気晴らしだと、車を走らせる。
快晴の青空の下、社用車を走らせる。
入力作業が多い俺は、昼時もデスクのPC前で取ることが多いからか、久々の日の光に感じられる。
すっかり、この世界の会社員として馴染んでしまっていることに、少し笑う。
いかんな、このままだと世界に飲み込まれてしまいそうだ。
気分転換にラジオをつける。
こんなうららかな昼下がりに相応しい、カントリー調の曲が流れてきた。
-……を、お送りしました。
さて、ここでニュースをお送り致します。
……にて発生した怪人、ナットウキナーゼを我等がヒーロー、ピースフルカーブセブンの面々がまた退治してくれた様です。
彼等の勇士はまた明後日、日曜朝8時からの特番として放映されるようです。
“異世界から来た奇跡の7人”ピースフルカーブセブンの活躍が今週もまた見られると言うことで、非常に楽しみですね。
そう言えば、皆さんのイチオシのヒーローは誰ですか?
私のイチオシは、やっぱりピースピンク!
女性が頑張っている姿に、私も頑張らなきゃと元気を貰っています。
さて、私からも皆に元気をあげられるように、今度はこの曲を……。-
ラジオDJの言葉に、一瞬思考が止まりかける。
おるやん、転生者。
いやと言うかアレか、この世界に来たときにぶっ飛ばしたアイツら、転生者だったのか!?
“まいったな”という感情と、“セブンなのに4人しかいなかったような?”という疑問が混ざりつつ、俺は装備課へと向かうのだった。




