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異世界殺し  作者: Tetsuさん
勇気と絆の光
275/832

274:田園さんの日常業務

-ここに辿り着いた君へ-



前任のフォルダを漁っている時に、1つのテキストデータを見つけた。


個人フォルダの作業用、しかも“作業後削除用”フォルダの中にあり、更に言うなら非表示化されていた。


見つけたのは本当に偶然だった。

何となく、“格納されているファイルと、プロパティデータが違う気がするなぁ?”と何気なく思い、“何か非表示データでも入ってるのかな?”と作業したら出て来たのだ。


“引き継ぎ.txt”と表示されたそれを見て、“あぁ、前任は几帳面だなぁ”と思いつつも、“何故隠すように置いてあるんだろう”と、興味を持ち、今はちょうどお昼になり、カニ田さんが社食に行っている隙に開いてみたところ、先の文章が目に飛び込んで来たのだ。


俺はコンビニのおにぎりを囓りながら、続きをスクロールする。


-これを読むあなたは、今入社してどれくらいだろうか?

一応、入ってきたばかりの人と想定して話を進める。

まず、既に体験したかも知れないが、ここは社員教育の概念が無い。

“やって覚えろ”という、昔ながらの体質だ。

それだけならまだしも、やらせた上で間違えると叱るという、良くない文化が当たり前としてある。

また、怪人制作からも解るように、“現状維持”が基本精神で有り、新しいことにはリスクだ何だと袋だたきにされるので、入力の外注化を言い出すのはオススメしない。

現に、俺が提出した入力外注案もOCR案も“リスクが想定しきれない”だの“前例がない”だのと言った理由で一蹴された。-


危ねぇ、とちょっと思った。

俺も同じ様なことを考えていたからだ。


前世の知識で異世界無双!みたいな話ではないが、元の世界にいたとき、単純な集計や入力作業は外注に出していた。

イベント会場での来場者の属性、業種、現地でのアンケート調査結果等々、そんな事を社員がイチイチ入力していては本業が進まない。

元の会社で使っていた入力会社は無くとも、同じ様なことをしている会社は五万といる。

その話をその内カニ田さんにしようと資料を集めていたが、俺はソレをそっと袖机の引き出しの中に仕舞う。


ここでの仕事を数日こなし、解ったことがある。

こう言った入力作業が、あまりに人力頼み過ぎるのだ。

朝出社し、朝から入力作業をし、合間に会議があり、そして入力作業が終わると、怪人製造局への交渉が待っている。

製造局からダメ出しを貰い、また入力作業に明け暮れて製造局に納品、その後リーダー審査が有り、承認されたモノは四天王承認にかけられ、そこで承認が下りると正式に製造される流れだ。


この他にもいわゆる雑魚モブ、黒タイツの彼等の製造等もあり、基本的に俺の仕事は一日入力作業で埋没している。


この入力作業、本当に無駄だ。

カニ田さんから“慣れてくると、部分的にアドリブを入れることで予想外の怪人を作ることが出来る”と言われたが、それとて全て入力してからやればいい話だ。

入力作業を一手に引き受ける必要は無い。


“無駄の極みみたいな作業だな”とは思うが、異世界の主人公のように

“こうした方が効率が上がります!”

“おぉ、凄い!”

みたいなバカな登場人物はいない。


リスク回避とリターンを詰めないと、人や企業は動かない。

そして、ソレを詰めるには、圧倒的に時間が足りない。


何ともやり切れない気持ちと共に、俺はおにぎりの次にパンを囓りながら続きを読む。


-怪人入力作業の後のパラメータ設定も、ここには独自のルール、と言うか美学がある。

100しか振り分けられないパラメータだが、必ず“自爆”には最低でも20は振ってくれ。

酷く馬鹿馬鹿しいが、こうしなければ君は叱られる事になるだろう。

ここの奴等は、それを当然と思っている。-


読みながら、“これ、先に見てればなぁ”と思う。

どうやら、前任とは気が合いそうだ。


この怪人課、何故か“やられたときは大爆発しないと”という暗黙のルールがある。


パラメータ設定は“筋力・知力・耐久力・精神力・必殺技・自爆”の6項目がある。

最初見たとき、“何だ?この自爆って。”と思い、“こんなモン必要ねぇだろ”と思い0に設定、カニ田さんに提出したところ、


「ンフッフッフ、田園さん、下手っぴですねぇ。」


と、何処かの班長のように笑われた。

その上で、ここに書いてあるような事を力説されたのだ。


-後々調べたところ、人類側の、いわゆるヒーローと呼ばれる奴等は安全装置の兼ね合いで、このパラメータ設定を90までしか使えないようだ。

その為、怪人側はここにパラメータを割いている、いや、“割くことが当然”と思っている。-


何か、不思議な話が出て来た。

この話が本当だとするなら、自爆にパラメータを割り振らなければ、怪人側は“ヒーローに勝つことが出来る”怪人を生み出すことが出来る。

じゃあ、何故そうしないんだ?


-ここからは俺が調べた話で、真偽を確かめようも無い話も含めて記載しておく。

このワルアークと、いや、本社のアークと人類側は通じているフシがある。

ヒーロー側が使うシステムとワルアーク側が使うシステムが似通いすぎている。

また、このワルアークの資金はアークから流れてきているが、そのアークが関与していると思われる地球の企業があちこちに点在しているのだ。

これは少し調べれば解ることだが、君が調べ回るのはオススメしない。

もしかしたら、俺のようになる可能性もあるからだ。

詳細は、別のファイルに残しておく。

こんな、前任のIDとPWでログインするようなコンプライアンスの欠片もない会社だ。

君なら探せると思う。

最後に、カニ田には気を付けろ。

アイツは君の手柄を平気で横取りするぞ。-


「田園さん、何見てるんです?」


カニ田さんが食事を終えて戻ってきたとき、俺は即座に画面を切り替える。

こんな事もあろうと、先にネットでアウトドアグッズのページを開いていたのだ。


「あ、あぁ、カニ田さん。

いや、給料入ったらソロキャンプでも行きたいな、とか思ってましてね。

ちょっと食事しながら見てたんですよ。」


心の中で冷や汗をかきながら、用意していた言い訳をポーカーフェイスで伝える。

カニ田さんは横歩きがやたらと早いので、切り替える瞬間を見られていたかも知れないが、特に気にした様子は無さそうだ。


“エッチなサイトは見ないで下さいよ?

ウチのチームにはサザエ原さんがいるんですから。”


と、人の良さそうなことを言いながらカニ田さんはデスクに座る。

サザエ原さんから“田園さんはカニ田さんじゃないんですから!バカなこと言ってないで仕事して下さい!”と怒られ、いつもの午後の仕事風景に戻る。


「カニ田君、ちょっといいかな?」


イカ怪人スクイード氏が、カニ田さんを呼ぶ。

いそいそとスクイード氏の元へ向かうカニ田さんの後ろ姿を見たとき、何となく不穏なモノを感じずにはいられなかった。

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