273:中途採用の新人、田園さん
「はい、じゃあ本日から怪人課の3チームに配属される、田園 勢大さんです。
皆さん、よろしくお願いしますね。
はい、田園さん一言お願いします。」
「あ、本日よりこちらでご厄介になります田園です。
解らなくて色々と伺うことも多いとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。」
望んだとは言え、何だか妙な流れになっていた。
秘密結社と聞いていたが、普通に雑居ビルを借りていて、事務所がある。
狭い事務所内、書類やパソコンが置いてあるデスクの中で、イカやらカエルやらカブトムシやらが人間になったような姿をした従業員が働いているのは、若干ギャグを超えてシュールな絵面になっている。
今は、朝の全体朝礼と言うことでサイ・ジャックからの挨拶の後、俺も自己紹介していた。
「じゃ、後は皆頼んだよ。」
サイ・ジャックはそう言うと、この事務所を後にする。
そうすると皆、若干空気が弛緩したようになるが、すぐに各チームのリーダーらしき怪人が、なにやらチーム毎の朝礼を始める。
「あ、田園さん、私が3チームのリーダーのイカ怪人スクイードです。
今からチーム朝礼なんで、そのまま紹介しますね。」
凄い!上司がイカだ!
一瞬現実逃避しかけたが、まぁ、外見以外は普通だから余計なことは考えまい。
イカ怪人スクイード氏は、人間でいう頭の部分がイカの形をしている。
口元と言うか、触手の中心から首が生えていて、後は人間と同じ形をしていて、しかもスーツを着ている。
よく出来たイカのかぶり物をしている会社員、と言う方が合っているだろう。
チームのメンバーは似たようなモノで、カニ、鯛、サザエの貝殻が皆頭の部分に鎮座している。
サザエの貝殻の人はスカートな所を見ると、多分女性なのだろう。
彼等はそれぞれ、カニ田、鯛瓦、サザエ原と名乗る。
「……と言うわけで、基本的な社の方針は私から伝えますが、実業務はカニ怪人のカニ田さんお願いしますね。」
名前気になる!
……いや、そうじゃない。
ともあれ、俺はこのチームで、いや多分世界征服の片棒とやらを担ぐ組織で、働き始めるのだった。
「……と言うわけで、弊社が存在しているわけです。
後は実務なんだけど、それはお昼を食べたらカニ田さんに聞いて進めて下さい。」
午前中のオリエンテーションとして、会社の概要が聞かされた。
この秘密結社ワルアーク、なんと驚くことに株式会社だった。
と言うか、グループ企業だった。
親会社として“アーク”と言う会社組織があり、そこから“ダイアーク”や“ワルアーク”と言った子会社がいるとのことだ。
数十年前に地球に降り立ったアーク、と言う外宇宙からきた組織が地球を侵攻し、序盤は優勢だったらしいが、その後アークの技術を鹵獲され、その力を吸収した地球の科学力の前に、瞬く間に敗北したらしい。
……いや負けとるんかい。
では何故今も生き残っているかと言えば、地球の有力者達から出資があり、そのため現在も存在を許されているらしい。
何でも、“各国同士の戦争よりも倫理的に小競り合いが起こせ、効率的に科学技術が進歩できるため”との事だ。
それが“果たしてその通りなのか”という所には疑問が残るが、それでも有力者達はそう判断した。
無論この話は公にはなっていないため、世界的には“外宇宙から侵略者が攻めてきた”と言う体になっている。
地球側にも、今やアークの技術を利用した“変身ヒーロー”がいるらしく、それとの戦闘はテレビ中継もされているらしく、かなりの高視聴率とのことだ。
「あ、田園さんパソコン出来るんですか?
いや、そりゃありがたいなぁ。」
昼休憩が終わり、割り当てられたデスクに座り業務の話をしている際に、PCが使えるかを聞かれた。
何をこのご時世にと思ったが、普通に元の世界では会社員だった事を伝える。
元の世界で企画営業で、よく提案資料なんかを作ってプレゼンまでやっていたと話すと、カニ田さんは嬉しそうに口から泡を吐いていた。
いや、そこの生態系は海産物のままなんかい。
「じゃあ早速なんですが、これの入力お願いしますね。」
どっさりとした紙資料を渡される。
紙には、“0”と“1”がビッシリと記載されている。
「それ、本部から送られてくる怪人のコードです。
これを手打ちで入力して、出来上がった怪人データをカスタマイズしたら上に申請して、承認されたら生産されて現場でヒーローと戦闘になります。
たまに、有力な怪人が生まれますので、その際はプレゼンを行い承認されると名前付き怪人としてヒーロー達と戦います。」
「……え?」
聞けば、アーク本部から送られてくるデータを受信し、それをプリントする。
そしてそれを、“怪人入力フォーマット”に手打ちして、怪人データを作成するというのだ。
「いや、それ本部からのデータをそのままフォーマットに流し込めば良いような気がするんですが?」
俺の問いに、カニ田さんの口元の泡が減少する。
「まぁ、そうなんだけどね。
本部のデータ出力機とこの世界の電子機器の相性があんまり良くないみたいでね。
まぁ、今開発中だから、数年後には言うような未来がくるんじゃないかな、ハハハ。」
若干、気が遠くなる。
凄い!
昭和の会社だ!
目の前の膨大な0と1が描かれた紙束を掴みながら、勢いで入社したことを後悔しながら入力を始める。
「あ、田園さんその段違いますよ。
四行目は0から始まっていないとおかしいので、入力し直しです。」
こんなん外注しろよ!
ようやっと入力を終えると、画面上に“怪人素体”という画面が現れる。
「田園さんセンス良いですね。
大抵、最初は皆入力を打ち間違えていて、ここにグニャグニャの怪人が表示されたりするんですがね。」
いや、言って?そういうの。
このカニ田さん、根は悪い人……いや怪人では無さそうだが、いかんせん仕事を教えるのが下手な様だ。
“碌々説明はしないがとりあえずやらせてみて、ダメなところを指摘する”という、昔ながらの職人スタイルの様だ。
画面に映る怪人のパラメータ設定を見ながら、これのマニュアルが無いかと探す。
見つからなさすぎてカニ田さんに聞いたところ、そもそもマニュアルが無いのだという。
「田園さんの前任が何か一生懸命作ろうとしてましたけどね。
僕等は無駄だと思ってたんで、その後何処にあるは解らないんですよね、ハハハ。」
このPCも、前任のIDとPWでログインしている。
画面上に映るのは、コンパクトに纏められたフォルダとツール類。
前任は随分と几帳面な性質だったようだ。
「まぁ、そんなマニュアル通りに行かないのが怪人制作ですからね。
最初はドーンとぶつかって見て下さいよ。」
カニ田さんの超不安な一言に愛想笑いを浮かべつつ、俺はこっそりとマニュアルを探すのだった。




