270:優しき召喚魔獣
「田中さん!俺も参戦させて下さい!」
「なんのなんの、田園さんの出番はまだ先ですよ。」
ボロボロになりながら、それでも余裕そうにそう呟くと、田中さんは立ち上がる。
血塗れで、バーコード頭にも汗が流れ落ちている。
それでも、その背に召喚術士の彼をいただき、田中さんは一歩も下がらない。
田中さんが吹き飛ばされる度に、会場のあちこちから笑い声が上がる。
彼は意地になりすぎている。
相手は所詮、学園が用意したダミーモンスターなのだ。
“低レベル召喚魔獣でも勝てるように用意されて”いる。
俺に変わればこんな雑魚、一瞬で片付けてやるのに。
「マキーナ!通常モードだ!」
<田中氏からの緊急要請がありません。
現状、不要と判断します。>
また田中さんが吹き飛ばされるのを見ながら、俺はひたすらに焦っていた。
マキーナさえも俺の指示を拒否する。
何故だ?
もうこんな不毛な戦いは不要だろう。
「田園さん、きっと今歯がゆい思いでしょう。
“俺に変われば、こんな雑魚一撃で倒してやる”とお思いでしょう。
でもね、それじゃダメなんです。
あの子にも、私にも。」
血を吐きながら、田中さんはまた立ち上がり、そう告げる。
身長は俺より低いはずなのに、その背中は俺の何倍も大きく見える。
「感情を揺らさず、しっかり相手を見据える……。」
田中さんが木の棒を両手に持ち、剣道で言う“正眼の構え”を取る。
「切っ先を相手の正中線へ、体重は足の親指のつけ根、踵は地に着けながらも浮かしているイメージ……。」
それは、俺が教えていた事だ。
田中さんは、一生懸命に教えを思い出しながら木の棒を構える。
だが、まだ教えきってはいない。
それは人型の相手に対してであって、今回の四つ足のトカゲのような相手であればまた違う方法が……。
田中さんはすり足で静かに間合いを詰める。
それに敏感に反応したダミーモンスターは、四つ足で素早く近付き、体を反転させると尻尾での殴打を繰り出す。
「危ないタナカ!
“魔力支援”!!」
召喚術士の少年からの魔力支援を受けて、成人男性の脚ほどある太さの尻尾の一撃を、何とか木の棒で受けて耐えようとする田中さん。
尻尾の力が強すぎたからか、左手を素早く離し、木の棒の中間辺りを押さえて攻撃に耐える。
でもダメだ、それは受けるのでは無く躱さないと!
木の棒じゃ折れちまう!
俺は最悪の未来を予測する。
だが次の瞬間、木の棒は光り輝き、光る日本刀のような形状へと進化する。
「せやぁぁ!!」
田中さんが気合いと伴に、光る刀の背を左手で押さえたまま、刀を横に押す。
ゾブリと音がして、尻尾は中の骨ごと真っ二つになる。
「いやぁぁあ!!」
そのまま刀を振り上げると、尻尾を切られ怒りで反転したダミーモンスターの頭を気合いと伴に真っ二つに叩き割る。
バーコードの様な髪が頭にふわりと戻ると、会場は静まりかえる。
「魔力支援、お見事でした。
貴方のお陰で、低レベル召喚魔獣の私でも、この様にモンスターを倒すことが出来ました。
……貴方は、もっと強くなる。
私は、この仕事に自信と誇りを持っています。
貴方ももっと、自分に自信を持ちなさい。」
少年は、泣きながら頷いていた。
もう、会場には笑い声は無い。
代わりに、教師達や一部生徒からの拍手が響いていた。
俺達を光が包む。
仕事は終了したようだ。
<ブーストサポート、終了します。>
転送される直前、マキーナの発言でコイツが何をやっていたのかを理解した。
この野郎、俺には変身させなかった癖に、自分は然り気無くサポートしてやがったのか。
転送後、田中さんからお詫びをされる。
だが、そのお詫びを俺は途中で断った。
あれだけの覚悟を見せられて、更に詫びを入れさせるほど、俺も腐ってはいない。
今日のことを肴に飲みながら談笑し、ここらでこの世界から失礼させて貰うかと、別れの挨拶をしているときに、またもや転送が発生し始める。
こうなりゃ乗りかかった船だと、最後の転送を一緒に受ける。
思い返してみたとき、この時の転送を一緒に受けておいて良かったと、しみじみ思う。
「我が声に応じ、ここに現れよ!タナカ!」
召喚術士の声に応じ、俺達は出現する。
「よし、タナカ!時間を稼げ!
アイツを引きつけろ!
“目標指定”」
迷宮内に出現した瞬間、召喚術士の男が雑にそう命令すると、仲間達と背を向けて走り出す。
「ん?何だこれ?どう言う状況だ?」
「しまった!田園さん、すぐに逃げて!」
田中さんの方を見れば、頭上に照準のようなモノが浮かんでいる。
その奥に、腕が複数ある、石で出来た巨人がこちらにゆっくりと歩いてきていた。
確実に田中さんを狙って近寄ってきている。
「前に話した“捨て置き”です!
やられました、こうなると死ぬまで逃げられません!
でも幸い、狙われてるのは私だけですから!
田園さんは今のうちに逃げて!」
話には聞いていた。
迷宮に潜っていると、どうしても勝てないモンスターというモノも出て来る。
また、そう言う対象から逃げるのも難しいエリアがある。
そう言うときに使える召喚術士の裏技の1つ、それが“捨て置き”と言われる行動だ。
周囲を見渡せば、迷宮の中にしては広い空間だ。
多分俺達が召喚されたここは、いわゆる“戦闘終了まで開かないボス部屋”だと思われる。
こう言う場所は、基本脱出不能だ。
脱出出来るとしたら、後から別のパーティが入ってきたときのみ。
その際、前に入っていたパーティは脱出権を得る。
迷宮の盲点、構造のバグ。
なんと召喚魔獣を呼び出すことで、それを擬似的に再現することが出来てしまうのだ。
案の定、俺達を呼び出したパーティは脱出してしまっている。こうなると召喚魔獣は制約を失い自由になるのだが、ご丁寧に脱出前に目標指定までかけていっている。
これにより、ボスの対象が冒険者から魔獣にすり替わってしまっているのだ。
“召喚の制約”が無くなっていると言うことは、つまり死んで戦闘終了しても、帰還出来ないと言うことだ。
ギルドに報告しようにも、死んでしまえばそれはもう出来ない。
「……そうだよな、人間って奴は、こうでなくっちゃ。
おいマキーナ、通常モードだ。」
田中さんと言い、あの召喚術士と言い、少し良いことがあって優しい気持ちになれたらこれだ。
変身が終わり、髑髏の意匠のスーツに姿を変える。
この世界での締めだ。
思う存分、打ちのめさせて貰おうか。
「……これが、貴方の本当の力なんですね。」
唯の石ころになった巨人の残骸を恐る恐る眺めながら、田中さんが俺に話しかける。
『……隠していたわけでは無いですよ。
使う機会が無かった、唯それだけです。』
こんな力、無くても田中さんは立派だった。
つくづく、世を渡るには力ではないことを思い知らされる。
『じゃあ、俺達も脱出しましょう。』
いつもと違い、転送では帰れない。
田中さんを振り返ったとき、田中さんが淡い光りに包まれているのに気付いた。
「何だか、さっきからずっと“レベルアップしました”って言う声が頭に響いてるんですよね……。」
マキーナを経由して、田中さんのステータスを見る。
レベルは530レベルになっている。
最早ちょっとした亜神クラスだ。
<解析完了しました。
これまでの経験から、先程の迷宮ボスを倒した経験値が入ったことで、堰き止められていたレベルアップが解除されたようです。>
なるほど、あの神を自称する存在、またイヤらしいことをしてやがる。
召喚魔獣の時に戦っても、経験値は入ってもレベルアップはしないようにしていたのか。
田中さん自身が職務を放棄して冒険すると、その時にレベルアップ出来るようになっていた訳か。
真面目で正直者の仕事人間には気付けない、嫌な仕組みだ。
『それは田中さんの努力が、やっと花開いたってことですよ。』
それだけ告げて、俺は世界を後にする。
田中さんは、いつもの苦笑いのような笑顔を浮かべながら、俺を送ってくれた。
「ありがとう、優しい嘘つきさん。
君が良き未来へ辿り着くことを、僕も祈っているよ。」




