表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺し  作者: Tetsuさん
旅の途中⑤
271/835

270:優しき召喚魔獣

「田中さん!俺も参戦させて下さい!」


「なんのなんの、田園さんの出番はまだ先ですよ。」


ボロボロになりながら、それでも余裕そうにそう呟くと、田中さんは立ち上がる。

血塗れで、バーコード頭にも汗が流れ落ちている。

それでも、その背に召喚術士の彼をいただき、田中さんは一歩も下がらない。

田中さんが吹き飛ばされる度に、会場のあちこちから笑い声が上がる。


彼は意地になりすぎている。

相手は所詮、学園が用意したダミーモンスターなのだ。

“低レベル召喚魔獣でも勝てるように用意されて”いる。

俺に変わればこんな雑魚、一瞬で片付けてやるのに。


「マキーナ!通常モードだ!」


<田中氏からの緊急要請がありません。

現状、不要と判断します。>


また田中さんが吹き飛ばされるのを見ながら、俺はひたすらに焦っていた。

マキーナさえも俺の指示を拒否する。

何故だ?

もうこんな不毛な戦いは不要だろう。


「田園さん、きっと今歯がゆい思いでしょう。

“俺に変われば、こんな雑魚一撃で倒してやる”とお思いでしょう。

でもね、それじゃダメなんです。

あの子にも、私にも。」


血を吐きながら、田中さんはまた立ち上がり、そう告げる。

身長は俺より低いはずなのに、その背中は俺の何倍も大きく見える。


「感情を揺らさず、しっかり相手を見据える……。」


田中さんが木の棒を両手に持ち、剣道で言う“正眼の構え”を取る。


「切っ先を相手の正中線へ、体重は足の親指のつけ根、踵は地に着けながらも浮かしているイメージ……。」


それは、俺が教えていた事だ。

田中さんは、一生懸命に教えを思い出しながら木の棒を構える。

だが、まだ教えきってはいない。

それは人型の相手に対してであって、今回の四つ足のトカゲのような相手であればまた違う方法が……。


田中さんはすり足で静かに間合いを詰める。

それに敏感に反応したダミーモンスターは、四つ足で素早く近付き、体を反転させると尻尾での殴打を繰り出す。


「危ないタナカ!

“魔力支援”!!」


召喚術士の少年からの魔力支援を受けて、成人男性の脚ほどある太さの尻尾の一撃を、何とか木の棒で受けて耐えようとする田中さん。

尻尾の力が強すぎたからか、左手を素早く離し、木の棒の中間辺りを押さえて攻撃に耐える。


でもダメだ、それは受けるのでは無く躱さないと!

木の棒じゃ折れちまう!


俺は最悪の未来を予測する。

だが次の瞬間、木の棒は光り輝き、光る日本刀のような形状へと進化する。


「せやぁぁ!!」


田中さんが気合いと伴に、光る刀の背を左手で押さえたまま、刀を横に押す。

ゾブリと音がして、尻尾は中の骨ごと真っ二つになる。


「いやぁぁあ!!」


そのまま刀を振り上げると、尻尾を切られ怒りで反転したダミーモンスターの頭を気合いと伴に真っ二つに叩き割る。


バーコードの様な髪が頭にふわりと戻ると、会場は静まりかえる。


「魔力支援、お見事でした。

貴方のお陰で、低レベル召喚魔獣の私でも、この様にモンスターを倒すことが出来ました。

……貴方は、もっと強くなる。

私は、この仕事に自信と誇りを持っています。

貴方ももっと、自分に自信を持ちなさい。」


少年は、泣きながら頷いていた。

もう、会場には笑い声は無い。

代わりに、教師達や一部生徒からの拍手が響いていた。


俺達を光が包む。

仕事は終了したようだ。


<ブーストサポート、終了します。>


転送される直前、マキーナの発言でコイツが何をやっていたのかを理解した。

この野郎、俺には変身させなかった癖に、自分は然り気無くサポートしてやがったのか。


転送後、田中さんからお詫びをされる。

だが、そのお詫びを俺は途中で断った。

あれだけの覚悟を見せられて、更に詫びを入れさせるほど、俺も腐ってはいない。




今日のことを肴に飲みながら談笑し、ここらでこの世界から失礼させて貰うかと、別れの挨拶をしているときに、またもや転送が発生し始める。

こうなりゃ乗りかかった船だと、最後の転送を一緒に受ける。


思い返してみたとき、この時の転送を一緒に受けておいて良かったと、しみじみ思う。


「我が声に応じ、ここに現れよ!タナカ!」


召喚術士の声に応じ、俺達は出現する。


「よし、タナカ!時間を稼げ!

アイツを引きつけろ!

目標指定(マーキング)”」


迷宮内に出現した瞬間、召喚術士の男が雑にそう命令すると、仲間達と背を向けて走り出す。


「ん?何だこれ?どう言う状況だ?」


「しまった!田園さん、すぐに逃げて!」


田中さんの方を見れば、頭上に照準のようなモノが浮かんでいる。


その奥に、腕が複数ある、石で出来た巨人がこちらにゆっくりと歩いてきていた。

確実に田中さんを狙って近寄ってきている。


「前に話した“捨て置き”です!

やられました、こうなると死ぬまで逃げられません!

でも幸い、狙われてるのは私だけですから!

田園さんは今のうちに逃げて!」


話には聞いていた。

迷宮に潜っていると、どうしても勝てないモンスターというモノも出て来る。

また、そう言う対象から逃げるのも難しいエリアがある。

そう言うときに使える召喚術士の裏技の1つ、それが“捨て置き”と言われる行動だ。


周囲を見渡せば、迷宮の中にしては広い空間だ。

多分俺達が召喚されたここは、いわゆる“戦闘終了まで開かないボス部屋”だと思われる。

こう言う場所は、基本脱出不能だ。

脱出出来るとしたら、後から別のパーティが入ってきたときのみ。

その際、前に入っていたパーティは脱出権を得る。

迷宮の盲点、構造のバグ。

なんと召喚魔獣を呼び出すことで、それを擬似的に再現することが出来てしまうのだ。


案の定、俺達を呼び出したパーティは脱出してしまっている。こうなると召喚魔獣は制約を失い自由になるのだが、ご丁寧に脱出前に目標指定(マーキング)までかけていっている。

これにより、ボスの対象が冒険者から魔獣にすり替わってしまっているのだ。


“召喚の制約”が無くなっていると言うことは、つまり死んで戦闘終了しても、帰還出来ないと言うことだ。

ギルドに報告しようにも、死んでしまえばそれはもう出来ない。


「……そうだよな、人間って奴は、こうでなくっちゃ。

おいマキーナ、通常モードだ。」


田中さんと言い、あの召喚術士と言い、少し良いことがあって優しい気持ちになれたらこれだ。

変身が終わり、髑髏の意匠のスーツに姿を変える。

この世界での締めだ。

思う存分、打ちのめさせて貰おうか。





「……これが、貴方の本当の力なんですね。」


唯の石ころになった巨人の残骸を恐る恐る眺めながら、田中さんが俺に話しかける。


『……隠していたわけでは無いですよ。

使う機会が無かった、唯それだけです。』


こんな力、無くても田中さんは立派だった。

つくづく、世を渡るには力ではないことを思い知らされる。


『じゃあ、俺達も脱出しましょう。』


いつもと違い、転送では帰れない。

田中さんを振り返ったとき、田中さんが淡い光りに包まれているのに気付いた。


「何だか、さっきからずっと“レベルアップしました”って言う声が頭に響いてるんですよね……。」


マキーナを経由して、田中さんのステータスを見る。

レベルは530レベルになっている。

最早ちょっとした亜神クラスだ。


<解析完了しました。

これまでの経験から、先程の迷宮ボスを倒した経験値が入ったことで、堰き止められていたレベルアップが解除されたようです。>


なるほど、あの神を自称する存在、またイヤらしいことをしてやがる。

召喚魔獣の時に戦っても、経験値は入ってもレベルアップはしないようにしていたのか。

田中さん自身が職務を放棄して冒険すると、その時にレベルアップ出来るようになっていた訳か。

真面目で正直者の仕事人間には気付けない、嫌な仕組みだ。


『それは田中さんの努力が、やっと花開いたってことですよ。』


それだけ告げて、俺は世界を後にする。


田中さんは、いつもの苦笑いのような笑顔を浮かべながら、俺を送ってくれた。




「ありがとう、優しい嘘つきさん。

君が良き未来へ辿り着くことを、僕も祈っているよ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ