26:遭遇
沈黙の中で、草原に吹く風の音だけが響く。
月光は変わらず、優しく周囲を照らしている。
最初の一言は言った。
更に何かを被せて言いたくなるが、今までの人生経験から、ここは相手の発言を待つべきだと感じ、グッと堪えた。
「あんたも……。」
警戒はされ続けている。
何かを考えているのだろうが、睨み付けられたその表情からは、その考えまでは読めない。
「あんたも、俺と同じ転生者なのか?」
少しは聞く耳を持ってくれたのだろうか。
“さぁ、ここから交渉開始だ”と心で呟き、敵意は無いことを示すつもりで、俺はゆっくりとマキーナをジャケットの胸ポケットにしまう。
「少し違う。
恐らくこの世界に転生してきたのは君一人で、俺はどちらかと言えば、流れ着いた異邦人、だと思う。
そういえば話は変わるんだが、俺の名前は漢字で田んぼの田に公園の園、勢力の勢に大きいと書く。
君の漢字はどう書くんだ?」
“これから深刻な話をする前に、少し打ち解ける必要があるかも知れん”と感じ、親近感を感じさせる話題に変えるため、漢字で名前を聞く。
彼は東西南北の北に京都府の府、それに大中小の中で“北府 中”と書くらしい。
この世界に漢字は無い。
もう少しだけ、俺の存在を信じてくれたらしい。
彼は剣を下ろす。
だが周りの少女3人はこのやり取りがわからず、頭の上に?マークを浮かべたままだ。
「それで、勢大さん。
アンタは、この迷宮を守る魔拳将の一人になったのか?」
「魔拳将?なんだいそれ?」
彼からの突然の投げかけに、今度は俺の頭に?マークが浮かぶ。
俺の質問のどこが悪かったのかは不明だが、彼の警戒度が上がるのがわかる。
「“マーブの木物語”ってRPG知ってるか?
ここはアレの世界なんだろ。
俺はあのゲーム超やりこんだからね。
ストーリーも完璧に覚えてるんだよ。
んで、学院の地下迷宮で力を付ける前の魔導将、は既に倒してる。
アンタ実はここの迷宮に眠る、“選定の剣”を先に入手されたくないって事なんじゃ無いのか?」
……なんだろう、段々話が通じなくなってきた。
とりあえず知らない事を伝えつつ更に話を聞いてみたところ、何となくそのゲームの流れがわかってきた。
彼の言う「マーブの木物語」とは、彼の前世で流行っていた長大作RPGらしい。
言っては何だが俺自身、今でも結構なゲーマーのつもりだったが、あまりRPG関連は詳しくなかったので“そんなゲームあったかなぁ?”という気持ちだった。
まぁ、最近は仕事が忙しかったしあまり最新ゲーム関連も調べていなかったから、仕方がないかもしれない。
ともあれ、そのストーリーは王道の剣と魔法の世界であり、主人公は出自不明ながらも、ある晩夢のお告げで女神から“いつか勇者となる存在”として神託を受ける。
その神託に従い冒険者になるべく王都を目指す道中、山賊に襲われているエルフの王女様の一行と出くわす。
その戦闘は言ってみればチュートリアルのようなもので、そこで戦闘の基本と“スキル”の使い方、魔法攻撃の基本がわかり、レベル上昇のパラメータ振り分け方の注意点がわかったりするらしい。
そのイベント後、王都で勇者の洗礼を受ける。
洗礼後、山賊の残党に襲われ壊滅寸前の村を救助し、生き残りの娘で物語のヒロイン、村娘のケイを助け出す。
また、助ける際に一人村を守って瀕死になっていた旅の冒険者ブルータスから“奇跡のコイン”という物を譲り受ける。
その後、魔族の動きが活発になり、選定の剣の封印が魔族によって弱められ迷宮が出現する。
迷宮を攻略し、そこにいた四天王の一人を倒すと、次は魔道学院に隠されていた迷宮で“王の鎧”を狙った四天王の一人が迷宮暴走を企てる。
それを主人公が防ぐ頃、ドワーフ族からの救援要請が来る。
魔族の侵攻と四天王の一人を倒し、ドワーフ族に眠る秘宝“王の盾”を回収すると、エルフの王女から認められ、彼等の種族に伝わる秘術によって選定の剣と奇跡のコインを融合し、究極聖剣“エクスカリバー”にして貰えるとのこと。
それらの装備を持って魔族の大陸に渡り、最後の四天王を倒し人類の前線基地を設置、一丸となって魔王を倒すという壮大なストーリーらしい。
いやはや、早口で助かったが、如何せん長かった。
周りの女子達は何を言っているのかわからない様子だったが、まぁ、元の世界でも突然こんな事を語り出す奴がいたら、微妙な空気にはなるだろう。
多分この後の出来事とかで、“予言していたのですね!”的な感じに、彼に対する信頼度が増すのかもしれんが。
「こっちから出せる情報はだした。
次はアンタの番だ。
何でこの世界に来たんだ?
アンタも女神に認められたんじゃないのか?」
二度目だとしても、この質問には悩む。
適当に上手いこと言って彼に協力を仰ぐか、更に警戒されるかもしれんが今までの事を真摯に話すか。
少し悩んだが、結局嘘は付かず素直に話すことにした。
自分の身に起きた事、元の世界に戻るための方法、ただ、積極的にそれをしたい訳では無く、何か別の方法を考えるために協力して欲しいことを。
今までの人生で行ってきた交渉の経験上、多少飾り立てる位なら言葉は乱れない自信はある。
だが嘘をつけば、やっぱり言葉は乱れる。
乱れればそれは相手の心情に不信を呼ぶ。
アタル君だけと話していたなら、転生者という前提条件を持つなら、この話の流れは間違いではなかったと思う。
ただ、その時この話が聞こえている相手は、アタル君だけでは無いという事を失念していた。
情報不足からの思い込み、“殺す”という単語だけを聞き取り起きる早合点。
人が増えれば増えた分だけ、そういった思いを持つ人間が増える。
アタル君が何かを答えるよりも早く、猫耳娘が飛び出す。
地を蹴る音は聞こえていた。
俺は左斜め後ろに軽くステップで下がりながら、右手の甲で自分の体の外側へ細身の剣を払いながら受け流す。
「つまりお前は、アタルを殺そうとしてるにゃ!
それだけで、十分アタシ等の敵にゃ!」
「いや、そうならない為に話し合いをですね……。」
“痛ぇ”と思って手の甲を見ると、手の甲に血の線が出来ていた。
躱してこれか。
転生者だけでなく、物語の主役級を舐めてかかるとヤバいな。
「その身のこなし、やはり俺をだまし討ちしようとしたのか!
ありがとうジェネ!助かった!」
いやいや、何でそうなりますのん。
まぁでも、“お前を殺す”といきなり言われて“胸キュン……”なんて、普通はならねぇか。
アプローチ間違ったかなぁ。
しかし、悔やんでも仕方ない。
今はこの場を切り抜けなければ。
慌てて胸ポケットに右手をあわせ、マキーナを起動する。
上手くいかない落胆が、心にのしかかるのを感じながら。




