268:召喚魔獣のルール
「……我が声に応じ、今ここに現れよ!え~と、タナカ!」
転送が終わり、光が消えるとそこは暗い地下迷宮の中だった。
召喚魔獣の特権なのか、暗くとも周りがよく見える。
ついでにこれも召喚魔獣としての装備なのか、手には粗末な木の棒を持っている。
「何だ、折角召喚したのにタナカかぁ……え!?
タナカが2体!?」
召喚術士らしき女の子が驚いている。
まぁ、1人召喚しようとしたら2人出てきたら、そりゃ驚くよな。
「あ、レア出現みたいなモノです。」
田中さんがそう答えると召喚術士の女の子は“レベルが上がったわけじゃ無いのか……”と残念そうにしていたが、気を取り直すとこちらを向く。
「ま、まぁ良いわ、運が良かったってだけね!
よし、タナカ達よ!目の前のゴブリンをやっつけろ!」
指示された手の方を向けば、緑色の皮膚に俺の腰くらいまでの身長、凶悪な表情と粗末な武器防具を着けた魔物、ゴブリンが10体前後、今にもこちらを襲おうと身構えている。
「やぁぁ~!」
田中さんが命令通り斬り込んでいく。
ゴブリン達と激しく打ち合い、一進一退の熱い攻防を……。
……いや、正直に言って、割と低レベルな戦いを繰り広げている。
田中さんはデタラメに木の棒を振り回してゴブリン達に襲いかかり、ゴブリン達もデタラメに銅の剣だろうか?
そう言ったモノを同じように振り回して、壁やら鎧やらを打ち据えている。
ゴブリン達は数がいる分、中には味方同士で剣がぶつかり合っているので、それはもう地獄絵図だ。
「何やってるのよもう1人のタナカ!!
早く味方を援護しなさいよ!!」
俺は木の棒を肩に担ぎ、ボンヤリと田中さんの戦いを分析していたら、召喚術士の女の子にはサボっていると見えてしまったようだ。
取りあえず、田中さんの戦いに加わらずに、こちらを襲おうと狙っているゴブリンに間合いを詰める。
肩に担いだ木の棒を首辺りに振り下ろし、一撃でゴブリンの首の骨を折る。
木の棒は折れてしまったが、そのままゴブリンの剣を奪い取り、次のゴブリンを薙ぎ払う。
田中さんの棒振り回しとゴブリンの剣振り回しに当たらないように回り込み、後ろから次々と奇襲してゴブリンの数を減らす。
正直、あまり手応えは無い。
「クッソ!この召喚魔獣が邪魔すぎて踏み込めねぇよ!」
「わ、私も、こう動き回られては、マジック・アローの狙いがつけられないですよ!」
ふと俺達を召喚したパーティを見てみると、新米なのだろうか?
タイミングを見計らっている戦士系の男の子が、田中さんの振り回す木の棒に辟易しているのが解る。
魔法使いの青年も、同じように魔法で支援するタイミングが解らないようだ。
……まぁ、あれだけ振り回されたら、確かに踏み込むタイミング読めないよなぁ。
仕方が無いので、残りのゴブリン達も片付ける。
(ゴブリンって、西洋人から見たアジア人とかって話もあるんだよなぁ。
なんか、倒してて複雑な気分になるんだよなぁ。)
本来ゴブリンとは、ノームの様な土の精霊的な存在だと聞く。
それが、先の世界大戦で神出鬼没に戦う小柄な日本兵や、ナムでゲリラ戦を繰り広げたアジア人に付けられた仇名、“小鬼”が元となり、今広まっているゴブリン像になったんじゃなかったっけか。
そう考えると、何ともやり切れない気持ちにはなる。
ただ、現時点で俺は召喚された魔獣扱いだし、目の前のゴブリンは召喚術士にとっての敵対存在な訳だから、やらざるを得ない。
俺は覚悟を決めると、静かに踏み込み、残りのゴブリン達を仕留めていった。
……最後に田中さんの振り回していた木の棒が俺に命中するというアクシデントはあったが、何とかゴブリン達を残さず退治する。
「お疲れさまでした。ありがとうございました。」
戦闘が終わり、召喚術士にそう声をかけられると、俺達は光に包まれる。
どうやら召喚魔獣は、戦闘が終わりとなれば消えるモノらしい。
この間少し待っていたら田中さんが帰ってきたのは、こう言うカラクリだったのか。
「……あの、田中さん大丈夫ッスか?」
無事に田中さんの部屋に戻ってこられたが、田中さんは完全に“ヤムチャしやがって……”の体制のまま、ピクリとも動かない。
まぁ、荒い息をしているのは激しく上下している肩で解るから、マジで喋れないくらい消耗しているだけだろう。
「……はぁ、はぁ、……た、田園さん、お強かったんですねぇ……。」
暫くして漸く回復したのか、田中さんがムクリと起き上がり、そして先程の戦闘評価を始める。
田中さん曰く、俺の戦い方はマズかったらしい。
「……何でです?
敵がいたなら、サッサと倒しちまえば簡単に終わるでしょう?」
「いや、まぁその通りなんですがね、低レベル召喚魔獣は、私もそうですが貴方のように鮮やかに敵を倒せない魔獣ばかりでして。
召喚術士が、“このレベルの召喚でも充分”と思われちゃうと、結構マズい事になりやすくてですね。」
言わんとしていることは解る。
これがもっと強い敵だったとしても、“この間の召喚魔獣なら簡単に倒したし”と、戦力を見誤る可能性が出てしまうだろう。
そうすると、必然的に全滅する可能性が上がってしまう訳だ。
「今回の召喚術士さんは“単なる偶然”と思ってくれたようなので大丈夫だと思いますが、申し訳ないですが次の戦いからは、大分戦闘力を抑えてくれると助かります。
……具体的には、僕と同じくらいまで。」
俺は思わず“はぁ……”と生返事をしてしまう。
今まで、“全力を出しても勝てるかどうか解らない”みたいな戦いをしてきて、常に全力で戦ってきた俺にとっては、結構難しい問題だ。
低レベル召喚魔獣と侮っていたが、意外な奥深さがある。
……いや、そうなのか?
「まぁ、田園さんには申し訳ないんですけどね。
多分田園さんくらいだと、本来は中位、いや、高位の召喚魔獣クラスだと思いますよ。」
召喚魔獣とは、割とランダム性が高い魔法らしい。
魔法を発動時に籠められた魔力と本人のレベルにより、出現ランクが決定される。
そして呪文を唱え、最後に“今ここに現れよ”と言うと、脳内に魔獣の名前が出て来るらしく、それを唱えると出現が確定するとのことだ。
各ランク帯の魔獣は複数体いて、呪文詠唱中にランダム選出が発生し、最後のセリフで確定すると、そう言うことだ。
先程の召喚術士の女の子が、自分で言っておきながら“何だタナカか”と言っていたのは、こう言うランダム性があるからだろう。
召喚術士自身も何を呼び出せるか解らない、割と不安定なクラスと言うことだ。
ただ、たまに低レベル召喚でも、数十回、数百回に1回、とんでもなく高次の存在を呼び出すこともあるらしい。
本来、そんな不安定な魔法は扱いづらいと思うのだが、こう言う不安定なところが何故かウケている面もあるらしく、出現率を計算し続けている同好会や、自身がSランク冒険者であるにも関わらず、未だに低レベル召喚を使っている冒険者もいるらしいとのことで、正直何がウケるか解らないモノだと感じていた。




