266:不思議な男
「……えぇと、それで、何とお呼びすれば?」
「田中、で、結構です。」
俺は言葉に詰まっていた。
「さぁってと、今度の世界はどんなとこですかね~。」
いつも通り転送が終わり、俺は一人言と共に周囲を見渡す。
石畳に煉瓦造りの家々に囲まれた、人気の無い路地裏。
大通りからの陽差しがこの日陰の路地裏に差し込み、何とも落ち着いた街並みだ。
(おや、ここまで発展している街か。)
転送位置は大抵、森の中である事が多い。
何となくの体感ではあるが、特殊な状況を除き、大体世界の同じ場所に転送されるようになっている。
特殊な状況とは、例えば転移場所が世界観によって固定されているような世界だ。
城の地下に特殊な召喚陣があり、“勇者召喚”という名目で異世界人を転生させているような世界のことだ。
前にそれで酷い目にあったが、今回はそうでは無さそうだ。
「マキーナ、周辺環境はどうだ?」
<環境、衛生、現状問題ありません。
以前のような、おかしな魔法、電波の類も検知されません。>
あぁ、洗脳魔法を広域で常時展開していた、あのエロゲ世界か。
あぁいう他人様の性事情とか行為は、見ている第三者にはキツいだけなんだよなぁ。
「ソイツは何よりだ。
んで?マキーナ先生的にはどう見るよ、この世界。」
<私は観測するだけです。全ての決断は貴方のモノ。
私はそれを認識し肯定し、貴方により良き選択を提案するだけです。>
判断はしない、と。
マキーナも何処の世界からか、俺の行動をあまり否定しなくなっていた。
まぁ、“これは冗談半分、或いはネタだ”と認識するときにはツッコミを入れたり否定したりするが、基本的には俺に賛成してくれる。
何となくそれに引っかかる気持ちはあるが、かと言ってマキーナに拒絶されても、俺が生きていけないだけだ。
まぁ、慎重に考えて行動しなければいけないのは今に始まったことじゃない。
俺は周囲を見渡し、路地裏に誰もいないことを確認すると大通りに出る。
明るい大通りに出て街並みを見回す。
何処までも続く石畳の地面に、やはり煉瓦の街並み。
道を歩く男女の服装は
皆古いヨーロッパ系の漫画に出て来そうな服装で、全身鎧の衛兵風の兵隊が屋台で食事を買っている。
露店のオッサンが威勢の良い声で呼び込みをしていて、腰に剣を履いて背中に丸盾を背負った若い男が、何やら果物を見ている。
恐らく冒険者ギルドらしき建物からは、ビキニ同然の鎧を着た女戦士が全身ローブ姿の男か女かもわからない存在と仲良さそうに歩いて出て来る。
その手に持つ羊皮紙を見ながら盛んに何かを語りかけているところを見ると、割の良い仕事でも見つけたのだろうか。
道行く人々の髪色は赤だの青だの緑だのがあるのは、ファンタジーならではと言ったところか。
同じくギルドの建物からは、職員と覚しき若い女性にお辞儀をし、帰り道なのかやや疲れた表情で歩き始めるバーコード頭で分厚い黒メガネ、くたびれた背広を着たオッサン。
なるほど、ここはそこまでおかしな事の無い、いわゆる剣と魔法のファンタジー系ヨーロッパって所か。
いやいやいや、待て待て待て。
何だあのオッサン?
背広に手提げ鞄?
俺と似たような、いや、ザ、ジャパニーズサラリーマンを地で行く格好のその人は、あからさまにこの世界観の中で浮いていた。
「あ、あの、すいません!」
思わず後を追い、声をかける。
声をかけられたことを驚いたように彼はこちらを振り返ると、驚いたように黒メガネを持ち上げる。
「あれ、貴方もこの世界に召喚された人なんですか?」
彼は昼飯がまだだったらしく、話を聞きたいと言ったらよく行く定食屋に案内された。
「転生されたばかりじゃ、持ち合わせも何も無いでしょう?
ここは私が奢りますから、安心して好きなものを頼んで下さい。
あ、と言っても、この世界の文字は読めないですよね?」
「あ、いえ、文字も読めますので。
良ければこの、“本日のオススメ定食”で。」
これ絶対謎肉定食だよな。
オッサンは“ははぁ、貴方は読み書きできる能力を貰った感じですかね?”と聞かれたので、“純粋に勉強の成果です”と答えておく。
様々な世界を渡り歩いてきたが、どの世界でも通貨単位や価値、それに文字は似たようなモノだ。
時々本当にそこまで違う、凝った世界観も無くは無かったが、出会う確率はかなり希だ。
この世界でも、充分読み書きすることは出来そうではある。
俺の回答に興味を持ったのか、オッサンから色々と聞かれた。
俺は自分の身に起きたことと、今までのあらましを大雑把に話すと、いたく感心していたようだった。
「そんな事が……。
いやはや、田園さんもお若いのに、色々と苦労されていらっしゃるんですなぁ。
それに比べたら私などまだまだ……。」
丁度良い機会だからと、彼の身の上話も聞かせて貰おうとしたところで頼んでいた定食がきた。
何ともタイミングが悪いなと思っていたが、彼が“ちょっと急いで食べますね”と言うので、何か予定があるのかと思いそれに付き合う。
スーツ姿のオッサン2人が、並んで黙々と食事を取るその姿は、何処か“昼休みに急いで食事を済ますサラリーマン”の姿を思い起こさせた。
ちなみに、定食は何かの焼肉定食だったので、運んできた女将さんに“何の肉か”を聞いたところ、やはり笑顔で返されるのみだった。
ホント、この肉何の肉なんだろう?
いや旨いんだけれども。
「さて、勢いでかっ込んじゃいましたけど、貴方のお話を……。」
「あ!ちょっとご免なさい!
呼ばれたんで行ってきますね!!
女将さん!お勘定ここね!
後この人にコーヒー!!」
二人分の勘定とコーヒー代をテーブルに置いた瞬間、オッサンは光に包まれて消える。
「あれ、あの人また喚ばれたんかね?
今日は忙しそうねぇ。」
女将さんはのんびりとそう言うと、テーブルの上の銅貨を回収し、俺にコーヒーを出してくれた。
「あ、あの、喚ばれたって?」
「さぁねぇ、アタシも詳しいことは解らないのよ。
その内戻ってくるだろうから、そしたら本人から聞いとくれ。」
女将さんも慣れてはいても知らないのか、そんな事を言いながら厨房へと引き返す。
俺もどうしていいかわからず、取りあえずコーヒーを飲みながら待つことにする。
幸い、昼時を過ぎているからか、店内はまばらに人が居るだけだ。
これなら多少長居をしても怒られることは無いだろう。
(マキーナ、今の現象、何だったんだ?)
手持ち無沙汰の俺は、マキーナの解析を確認すると、マキーナは意外な事を言った。
<今しがたの男性が光に包まれる直前、何かの転送陣の様な魔方陣が浮かび上がりました。
何処かに“召喚”されたものと推測されます。>
あのオッサンを召喚する意味がわからない。
或いは俺が気付かないだけで、彼は物凄く強い存在なのだろうか?
いや、そんなはずは無い。
例えば合気道の達人などに見るような、隠れた武威というか、そう言う気配のようなものも感じ取れなかった。
そんな風に悩んでいると、また目の前の椅子の辺りに光が収束し始める。
戻ってきた彼は、血塗れでボロボロだった。




