262:束の間の平穏
光の奔流は、あれから三日三晩続いた。
光が収まったとき、あの2人の遺体はもう何処にも無かった。
ただ、灰が積もっていた、という話だ。
光の奔流が終わる頃、カスミちゃんも意識を取り戻したらしいが、俺達は流石に会わせては貰えなかった。
何でも、体調が戻ったら面会するらしい。
今回の件はへーラーが全ての元凶とされ、へーラーが死亡したことによりアレス皇子の反乱も収まったらしい。
アレス皇子とカスミちゃんの共同声明として、これからは今までのような体勢ではなく“男女を平等に扱う”国家へとかえていくと、公式に発表したそうだ。
当然それに伴う反発も大きいだろう。
だが、それも巻いた種だ。
カスミちゃん自身に頑張って貰うしかない。
ついでに言えば、フォスの町の先にある巨人族の国で、何か不穏な動きがあるらしい。
もしそれが、神話で言われるところの“巨人族との戦争”だとするならば、ゼウス、いやユーピテル無しのこの状態、カスミちゃんの戦いの日々は、まだまだ終わらなさそうだ。
俺の方は、カスミちゃんとの面会が出来るまでの時間を使い、へーラーの私室や、例の灰を取り込んでマキーナに解析して貰うなどアレコレやっていたが、結論から言えば成果はゼロだった。
あの女、日記にはその場所については書いていないし、本当に記憶から消去していたらしく、マキーナからも情報の復元は不可能と結論づけられていた。
ただ、その日記からは今回の経緯に該当するモノは発見できた。
当初はゼウスへの報復と男性への嫌悪感だけで行動していたらしいが、世界を渡ってきた異邦人、オンリ・ハジメという人間から色々聞き出したことで、“原初の混沌”がまだ健在であると知ったらしい。
しかも自分達がいる世界がオリジナルでは無く、“原初の混沌”によって複製された世界であると気付いていたらしい。
いつでも“原初の混沌”によって消去される可能性のあるこの世界を脱し、オリジナルの世界にまた神として復活することを思い付いた時から、今までの思いつきの行動から、今回の計画に繫がっていた。
世界中から魔素を集約し、人類を争わせて人減らしを行って更にエネルギーを蓄える。
来たるべき時にカスミちゃんを殺して、世界の対価という強制力を使ってエネルギーを増幅させ、“原初の混沌”に到達する、そんなとてつもない計画だった。
その為に、オンリ・ハジメの持っていた能力を模倣し、カスミちゃんやアレス皇子の思考を誘導し、更にはアレス皇子には側近のあの男も思考誘導して付けていて、出来るだけ泥沼のような戦いになるように仕向けていたようだ。
「やれやれ、思いつきからの計画とは、何ともたまらねぇな。」
<今後は、そう言う思考を持つ世界、または人物が出る可能性もあるという事でしょうか。
認識をアップデートしておきます。>
俺がへーラーの部屋で日記を読み返していると、ヘーファイトスが開いている扉の前に現れ、そしてこちらを見ながらノックする。
「やっぱりここに居たのねセーダイちゃん。
アストライアちゃんが寂しがっていたわよ?」
俺は微妙な表情でヘーファイトスを睨む。
地下での戦い以来、アストライア嬢からは避けられていた。
当然、あの乱射による殺しすぎが原因だ。
頭に一発撃ち込めば良いモノを、全身がズタズタになるまで撃ち込んだのだ。
それに恐怖するのは当然のことだ。
人間、“強そう”や“逞しい”には親愛の情を感じたりする。
だが、純然たる“暴力”には、嫌悪を示すものだ。
俺自身、あれはやり過ぎだとは思う。
だが、縁を切るならここだろうと判断し、その上で行ったのだ。
アストライア嬢を攻める気は無い。
「俺の気を引くなら、もうちょいマシな嘘をつけよ。
んで、どうした?そんなに着飾っちゃって?」
俺の返事に、ヘーファイトスは肩をすくめる。
「アラヤダ、嘘じゃないわよ?
まぁ、それでも良いわ。
それよりも、急なんだけどカスミ陛下がお会いになりたいんですって。
急いで着飾って頂戴な。」
“そりゃ急だ”と、相づちを打ちながら、俺は立ち上がる。
漸く心の整理がついたのだろう。
俺としても、これ以上この世界でノンビリしたいわけでも無い。
自室に戻ると、マキーナに収納しておいた背広を取り出して着替える。
どうせ終われば転送される。
なら、この格好が一番良い。
「待たせたなヘーファイト……ス。」
扉を開けると、そこには銀甲冑のアストライア嬢が立っていた。
普段の実戦装備ではない、式典用のマントも着けている。
だがその神妙な、今にも泣き出しそうな顔を見て、少し懐かしい、穏やかな気持ちになる。
「どうした?またおねしょでもしたのか?」
「ばっ!? お前という奴は!!」
顔を真っ赤にして怒るアストライア嬢とのやり取りが、何だか懐かしい。
アストライア嬢もそう思ったのか、久方ぶりの優しい笑顔になる。
「その、だな。
あの時のお前の決着の付け方に、私は少し驚いていたんだ。
だが、あれから私なりに色々考えた。
その結論を、お前に聞いて貰いたいと思って……。」
「ややや、こちらにいらっしゃいましたか、騎士アストライア!英雄タゾノ!
カスミ陛下がお待ちでございます!
お急ぎ下され!!」
アストライア嬢は汗をかきながら駆け込んでくる男によって、言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。
本当に急にカスミちゃんが俺達を呼び出したらしい。
俺達を迎えに来たこの人も、大臣クラスの人だったはずだ。
名前は……確か聞いたときに“あぁ、プロメテウス的な立場の人なんやな”と思っていたのだが、もう忘れてしまっていた。
余談ではあるが、あのへーラー達から放たれた光は世界全土に及び、その時に多くの人は記憶を取り戻していた。
その為、元々その職に就いていた男性達も、こうして元通り復職?しているらしい。
目の前のこのオッサンも、たまたま会話したときに“記憶を失っていた間の案件が殆ど進んでいない”と青い顔をしていたことだけは覚えている。
「むぅ、仕方が無い、取りあえず急ぐぞセーダイ!
この話は、陛下とのお話が終わってからだ。」
俺達は大臣に急かされて、慌てて玉座の間に駆け出す。
カスミちゃんと初めて会ったのが玉座の間なら、戦ったのもそこだ。
やれやれ、何ともこの世界では玉座の間に縁があるなと思いながら、俺もアストライア嬢の後を追う。
さぁ、後はあの存在との接続を切って、こんな世界とはおさらばだ。




