259:狂女神
潰されそうな程の重圧を感じながらも、何とか頭を上げて笑う。
「へっ、へへっ。
……か、“神”とは、また大きく出たな、おい。」
俺の言葉を不快に思ったのか、更に重圧を上げる。
「誰が口をきいて良いと言った?
貴様等下等生物は、我が望むときに望む言葉を吐き出せば良い。
さて、人間よ、その転生者をこちらに寄越せ。
ソレは彼奴の領域まで向かうための、重要な素材であるからの。」
俺であれば操れただろう。
だが、そういう流れになるだろう事は、こちらも予測済みだ。
「「愚かなりしへーラーよ。
貴様の野心、このアストレア・アストライアが裁定を下す。」」
光の羽根が広がり、俺とヘーファイトスへの重圧が消える。
へーラーの前に光り輝く天秤が現れ、光の縄がへーラーを捕縛する。
「「貴様の野心を左の秤に、正義を右の秤に乗せよ。
釣り合うならば、我が剣は光を失うであろう。
釣り合わぬならば、其方の命の輝きが失われるであろう。
アストレア・アストライアの名においてへーラーに問う。
汝、正義に恥じぬか?」」
その言葉を聞いたへーラーはニヤリと笑うと、その細身の体の何処にそんな力があったのか、と思う力強さで、光の縄を引き千切る。
「愚かな!
最後まで愚鈍な人類に正義を説き続け、そして力尽きた愚かな女神アストレアよ!
貴様はそうして“人々に正義を説く”と抜かし、最後まで女神の力を手放さなんだが、所詮貴様の正義など我が正義の前には無力!
無力なりぃぃぃ!!」
へーラーは両刃の片手剣を実体化させると、恐ろしいほどの速度でアストライア嬢に向かい、振り下ろす。
盾で受けたアストライア嬢の足元の床が、鈍い音と共にヒビ割れる。
俺がまともに受けたら、一撃でペシャンコになりそうだ。
それでも、アストレア・アストライアは涼しい顔だ。
「「宜しい。ならば秤にかけよう。
我が正義と、汝の正義を。」」
盾でへーラーの剣を押し込み、光の剣を軽く振るう。
それだけで、回避したへーラーの後ろ、斬撃が通った後を示すようにシリンダーが2つに割れる。
「ちょっとちょっと、セーダイちゃん、これアタシ達もヤバいんじゃないの?」
動けるようになったヘーファイトスが、へーラーとアストレア・アストライアの応酬から逃げるように俺の元に滑り込んでくる。
「いや、これほどとは想像つかなかったわ。」
そんな話をしている間にも、俺達の間を通り抜けるように斬撃の余波が襲う。
いやこれ、見ているだけで粉々になりそうだ。
「ただ、この状況見てると、何となくあの2人、ほぼ互角か、へーラーの方に分がある気がするんだよな?
それにこのままじゃ、周囲への被害が増える一方だぜ。」
俺の言葉に、ヘーファイトスは2人の戦いを見ながら少し遠い目をする。
俺に語りかけているのか、それとも独り言なのか、ポツポツと語り出す。
「さっきね、アストライアちゃんが私達を護ってくれたでしょ?
あの時に、アタシも記憶を少し取り戻したみたいなのよ……。」
かつて、神々で諍いがあった。
ゼウスとガイアによる、この世界の統治者を決める争いだ。
ユーピテル、当時の名で言うならゼウスの能力は強大で、ガイアの率いる巨人族をその雷で薙ぎ払った。
その破壊の力は凄まじく、高次元の空間、“原初の混沌”すらも焼き尽くす力であったという。
その力により、ゼウスはこの世界の統治者となったが、代償は大きかったらしい。
神達は殆どがその能力を失い、その能力を回復させるために封印を施した結果、人間同然の能力まで落ちてしまう。
だが、そこに目を付けた者がいる。
“原初の混沌”だ。
“原初の混沌”の一部、この世界との接続部分は焼けたが、全ては焼き尽くされてはいなかった。
“原初の混沌”はその報復に、焼け落ちて接続が切れる間際、悪魔族を生み出し、この地に放ったのだ。
こうして神々は悪魔族と相打ち合い、全滅するかに思えたが、ここで登場するのが転生者のカスミちゃんだ。
神々は残された力を集結して英雄を召喚し、そして呼び出されたのがカスミちゃんと言うわけだ。
神々は残された力をカスミちゃんに集め、苦しい戦いの末に悪魔族の退治を行った。
後は、この世界に来てから俺が聞いた話に繫がる。
「へーラーはずっと怒っていたのよ。
兄弟とも言えるガイアと仲違いをし、勝手に戦争を始めたゼウスにね。
後ついでに、戦争にかこつけて色んな女にちょっかいかけるゼウスにね。」
いや、結構ついでの部分の方がウエイト大きくない?
ともかく、ゼウスに怒り心頭のへーラーは、怒りで自らを失い、ゼウスの名を取り上げるだけではなく、“男こそが女によって管理されるべき”と言う思想に行き着いた。
その理想を実現し、尚且つあまねく世界の全てをその思想で満たそうとした結果、今回の計画に行き着いたらしい。
だが神の力はカスミちゃんに集約しているし、それだけでは足りない。
そこで神々から“その記憶さえも奪うほど”の強烈な搾り取りと、尚且つ世界のエネルギーも集約して、エネルギーを捻出しようと企んでいた。
早い話が、神々による壮大な夫婦喧嘩に、ちっぽけな人類が巻き込まれたようなもんだ。
「何とまぁ、迷惑な話だな。」
「でしょうね、でも、例え怒りで既に狂っていたとしても、へーラーのやろうとした事だけは本物よ。
アイツは、ゼウス、いえ、今やユーピテルに束ねたエネルギーをカスミ陛下で増幅して、発生したエネルギーで“原初の混沌”に辿り着くでしょうね。
辿り着きさえすれば、そのエネルギーを寝食・吸収して、“最も力あるモノ”に変質出来るでしょうから。」
その言葉を聞いた時、頭に一人の人物が浮かぶ。
忘れられない、俺が一番最初に殺した転生者。
ランス・プロー、本町君。
彼は、“何度かアイツの元に辿り着こうとした”と言っていた。
これだ。
ランスは“原初の混沌”に辿り着こうとしていたのだ。
だが、彼はその場所を知らなかった。
だから、向こうから見つけて引っ張り上げて貰えない限り、何度やっても辿り着けなかったのだ。
何度も繰り返したことにより、彼の世界は、彼自身が増幅したとして、既に手遅れなほど崩壊していった。
それに対して、へーラーはその座標を知っている。
彼の場合とは逆に、世界を渡るエネルギーが無いのだ。
へーラーから、その位置を聞き出さねば。
俺は立ち上がり、今だ一進一退の攻防を繰り返すアストライアとへーラーの戦いを見据える。
ただ、とてもじゃないが暴風のように暴れ回る2人に割って入るなど、不可能だ。
「おいオカマ、何か使えるモンはねぇのかよ?」
「ちょ、セーダイちゃん段々、アタシの呼び方雑になってない?
……でもそうねぇ、アタシのバトルユニットもボロボロだし……。」
そう言いながらも、ヘーファイトスはゴソゴソと持ち物を探り出す。
暫くボロボロのユニットの内側やらポケットやらを探っていたが、ハッと思い付いたように、股間に手を突っ込む。
「一応の予備と思って隠し持っていたのよ、コレなら良いんじゃない?」
そう言ってヘーファイトスが股間から取り出したのは、リボルバー用の銃弾。
それも、トランクケース位の箱にギッシリ入っている。
明らかに股間辺りに収納出来るサイズを越えている。
このオカマ、最早何でもありだ。
「……しまっていた場所は気になるが、だが、今一番ありがたいかも知れんな。
なぁ、俺の義手なんだがな、こういう改造は出来ないかな?」
戦いの最中での悪巧み。
飛び交う斬撃の衝撃波を避けながら、ヘーファイトスは俺の提案に目を輝かせるのだった。




