258:真打ち
カスミちゃんは朦朧とする意識の中、俺に嵌められたことに気付き魔法を解除しようと口を開く。
<ブーストモード、セカンド>
俺の身に纏う全身スーツの表面が、黒から赤い光に変わる。
思考が高速化し、加速が始まる。
この姿になれば、俺は俺という物体の形をした粒子の集まりに変わる。
空気の抵抗を受けること無く、カスミちゃんの元に辿り着く。
ゆっくり歩いたとは言え、それは高速化された世界。
端から見れば、一瞬でカスミちゃんの正面まで移動したと見えるだろう。
「か、コヒュ、解……除……。」
ゆっくりと、カスミちゃんを覆う透明な膜が開いていく。
<ブーストモード、セカンド、解除。>
粒子化が終わり、赤い光の全身が元の黒い全身スーツに戻る。
瞬間移動したように見えたのだろう。
カスミちゃんは、驚愕の表情を浮かべ、目を大きく見開いていた。
『ヌン!』
狙いは頭部側面、こめかみに拳を掠らせるようにヒットをずらす。
一応、ヘーファイトスとの約束もある。
全力で頭を吹き飛ばしてもマズいからな。
力加減をコントロールして、こめかみに拳を掠らせるようにして脳を揺らす。
幸いカスミちゃんは驚愕の表情のまま、プルプルと頭を揺らすと白目を剥いて気絶してくれた。
「よくやってくれたセーダイ殿!
トドメはこのわた……プギャッ!!」
駆け寄ってきたアレス皇子を、こちらは普通にぶん殴る。
吹き飛んだアレス皇子は壁にぶつかり床に落ちると、そのままグッタリと動かなくなる。
まぁ、多分殺してはいないはずだ。
「せ、セーダイ?
流石にやり過ぎじゃ……。」
『良いんだよ、
何の役にも立たねぇし、あの調子ならいても邪魔なだけだ。
それよりもお嬢、いや、アストライア。
やって欲しいことがある。』
仮面越しとは言え、俺の空気がアストライア嬢にも伝わったようだ。
彼女は真剣な顔つきになると、力強く頷く。
『ありがとう、アストライア。
アレス皇子達の手下も遅かれ速かれここに到着することを考えると、ここにカスミちゃんを置いておくわけには行かない。
ただ、このまま担いで連れて行っても、いざ決戦の場で色々と何かが起きるかも知れない。
だから、お前の中に眠る女神の力で、俺達を助けて貰いたい。』
俺は、思い付く限りのことをアストライアに告げる。
最初は驚いていた彼女も、話を聞く内に覚悟が決まったようだ。
「任せてくれ、セーダイ。
……ただ、あのぅ、その、だな。」
アストライアが何かを言い淀む。
懸念点は今のうちに潰しておきたい。
先を促す。
「そ、その!
上手く行ったら褒めてくれるか!!」
西方の漫才劇場のように派手にコケたが、どうか許して欲しい。
顔を真っ赤にしながらそういうアストライアに、俺もどうしていいかわからなかったのだ。
『ば、バカ!今そんな事言っている場合か!!』
「バカとはなんだ!
それぐらいのご褒美があっても良いではないか!」
何とも締まらない。
こんな状況だが、笑いがこみ上げてくる。
『わかった、善処しよう。』
「ほ、ホントだな!?絶対だぞ!!」
可愛い女の子の上目遣いに勝てるオッサンはいない。
とは言え、いよいよラスボスとのご対面だ。
緩んだ空気を切り替えると、カスミちゃんの手足を縛りながらアストライア嬢の方を向く。
『それじゃあお嬢、悪いんだが、“アストレア”の力を使ってくれ。』
「なっ!?
あの力は、私では制御できないぞ!
また、またあぁなってしまったら、今度こそ私はお前を……。」
アストライア嬢が拳を握り締め、俯く。
カスミちゃんを縛り終えると、俺は完全に変身を解く。
左腕を見ると、何とか黒い固まりが傷口を覆ってくれている。
エネルギーが過剰に余っている今だからこそ出来る、強引な離れ技。
変身を解除しつつ、マキーナの回復機能の一部を俺の左腕に残留させる。
マキーナから“理論上は行ける”と聞いていて若干不安だったが、上手く行ったようだ。
変身のトリガーとなる金属板を、アストライア嬢に渡す。
「コイツでお前の力を制御する。
安心しろ、それは俺の頼れる相棒だ。」
<初めまして、アストライア。
私は勢大の1番の相棒、マキーナです。>
アストライア嬢は金属板が喋ったことに一瞬驚いたが、何故かすぐに暗い笑顔になる。
「ふ、フフフ、面白い魔道具だな。
お互い仲良くしようか。」
<こちらこそ、よろしくお願い致しますね、現地の方。>
アストライア嬢もすぐに打ち解けたようだ。
力強く握りしめると、マキーナとアストライア嬢は低音の笑い声を上げていた。
「レクリエーションはそこまでにしてくれ。
マキーナ、起動しろ。」
「ちょっと待っ……!」
<システム、起動します。
モード・正義の女神、顕現。>
マキーナから光の線がアストライア嬢の周囲を走り、フレームを形作る。
そのフレームから光が広がり、銀の鎧を纏ったアストライア嬢が姿を現す。
最後に、背面に光が集まると、大きな白い羽根が形作られる。
<システム、正常に起動しました。>
「「また会いましたね、世界の敵。」」
脳内に響く音と、言葉として発せられる音で二重に聞こえる。
言葉の内容からまた攻撃されるかと身構えたが、アストライア嬢は静かにそこに佇んでいるだけだ。
「俺が世界の異物だってのは認めるよ。
だが、取りあえず今は力を貸してはくれないかね?」
「「安心してくれ、セーダイ。
彼女の意思もあるが、私の意思もある。
だから、大丈夫だ。」」
<私の制御は完璧です。>
どうやら大丈夫そうだ。
冷や汗を拭うと、当初の予定通りアストライア嬢?にカスミちゃんを拘束して貰い、運んで貰う。
「さて、そろそろあのオカマも寂しがっている頃だろうからな。」
俺達は、逃げたへーラーを改めて追うべく、玉座の裏にある地下階段へと向かう。
地下階段を降り歴代国王の玄室に到着すると、ここからでもハッキリと解るくらい戦闘音と地響きを感じる。
「急ぐぞ!アストライア!」
ユーピテルの墓の蓋を開け、更に地下へ続く階段を駆け下りる。
以前ヘーファイトスと戦った近未来的な通路を抜け、例のシリンダーが並ぶ大広間へ辿り着く。
「うおっと!?」
広間の入口についてすぐ、横の壁に何かの物体が、弾丸のように飛んできてめり込む。
「あ、あ……ら……、セーダイちゃん。
……結構、速かったわ、ね……。」
壁にめり込んだ物体ヘーファイトスだった。
別れる前は黄金色に輝いていた鎧は、何処を見ても無事な部位が無いほどに破損し、血塗れで赤黒くくすんでいた。
彼はめり込んだ壁から何とか抜け出すと、フラフラと数歩歩いて膝から崩れる。
「ホホホ、もう終わりですかヘーファイトス。
お友達も来たようですし、そろそろ終わりに……。」
へーラーは、アストライア嬢に担がれているカスミちゃんを見ると、まるで口裂け女のように口角を上げ、ニマリと笑う。
「これはこれは、やはりカスミでは勝てませんか。
ホホホ、アハハハハハハ!!」
へーラーは狂ったように笑う。
「ぬぐっ!?」
狂ったように笑いながらこちらに右腕を突き出すと、突然見えない重りを巻き付けられたかのように、自分の体が何倍にもなったかのような重さを感じ、思わず膝をつく。
「神の御前である。
頭が高いぞ、愚かな虫共。」




