257:世界の意思
(チッ、意外に難しいな。)
加速した世界、重たい体、一瞬の空気穴。
左腕に仕込まれた銃を撃ち込もうにも、照準を合わせる間に空気穴は閉じる。
エネルギー残量を気にする必要は無いとは言え、集中力は徐々に落ちていく。
カスミちゃんの魔法は尽きることなく、細々とした魔法が絶え間なく降り注ぎ続けている。
<セーダイ、このまま続けていても、先にこちらのエネルギーが尽きる事が予測されます。>
煮詰まりかけた状況に、マキーナの警告。
それを聞いて、ふと思い付く。
(マキーナ、お前、俺の左腕をコントロール出来るか?)
<可能です。>
次の瞬間、鞭を振るいながらもやりたいことのイメージを思い浮かべる。
マキーナは即座に了承し、左腕の先の感覚が無くなる。
<今までの行動パターンから、予測を開始します。>
次の瞬間、発砲音と共に左の人差し指から銃弾が飛び出す。
鞭が当たり、俺がそれを引く瞬間、空気穴が開く。
だが、先読みで放たれていた銃弾は周囲の壁に跳弾し、その空気穴から内部に飛び込む。
飛び込んだ銃弾は、カスミちゃんの頬を掠める。
「……何?」
掠めた頬から滲む一筋の血を手の甲で拭いながら、カスミちゃんは信じられないモノを見る目でこちらを睨む。
<予測します、今。>
『驚いたか?
お前のその技、やっぱり弱点があるって事だ。』
その会話を続けながらも、マキーナの予測射撃が撃ち込まれる。
今度は背面の足元に開いた空気穴だったが、やはり跳弾で下から上に向かい飛び跳ね、カスミちゃんの背中を掠める。
「うぐっ!?」
『ハハッ、良いのか?
段々致命傷に近付いているぞ?』
3発、4発と撃ち込まれると、流石にカスミちゃんも焦り出す。
<予測します、今。>
「舐めるな、こんな弱点、始めから気付いていた!
対策として、更なる完全な防御にすれば良いだけのこと。
“壁よ、完全に我を包め”
……フフフ、どうだ、これでお前の攻撃が通る可能性は0だ。」
マキーナの弾丸は、発生しかけた空気穴に届き、そして穴を覆う膜に弾かれる。
よし勝った。
俺は加速を止め、鞭を振るうのも止める。
手元に引き寄せた鞭は、もうボロボロになっていた。
マキーナが強化してくれたとは言え、基本はこの世界の素材を使っている。逆に、よく保ったモンだと心の中で鞭を褒めてやる。
『お前の言葉は、あの神を自称する存在から与えられた不正能力で、それはつまり力ある言葉だ。
ならばそれは、本当なんだろうな。』
両手を広げ、肩をすくめる。
その姿を隙だらけだとでも思ったのか、相変わらず魔法を連射してくる。
だが別に俺とて隙を見せたわけじゃ無い。
それらを全て叩き落とし、電撃魔法は内受けからの払い受けで正面に真空の空間を作り、周囲に拡散させる。
俺が防御に回ったことに気を良くしたのか、カスミちゃんも魔法を打つ手を止めて、腰に手を当てる。
「フン、貴様もようやく私に勝てないと理解したか。
これから、お母様による宇宙開闢が始まるのだ。
無駄なことはせず、大人しくしていることだな。」
『宇宙開闢?
へーラーは何考えてやがるんだ?』
自らの絶対優位を悟ったからか、非常にありがたい事にカスミちゃんは饒舌になる。
俺も、内心を隠しながら焦ったようなフリをしつつ、話を促す。
「フフフ、知れたこと。
お母様は創造神に反逆するのだ。
お母様は俺の元の世界の話や、転生させて貰った時に創造神に会った話をよく聞いてくれた。
俺の想いや悩みもな。
だからこそ、お母様が全てを手配してくれたのだ。
この世界の力を全て束ね、お母様は創造神の元に向かわれる。
そうして、アイツに成り代わり、全ての世界を支配する、絶対なる唯一神となられるのだ。」
こりゃまたすげぇ。
そんな規模のデカい計画を考えてやがったのか。
『ん?ちょっと待てよ。
へーラーが神の元に向かうって、お前はどうなるんだ?』
「俺は、ただ幸せな恋愛をしたいだけだ!
お母様は、それを約束してくれた!
ユーピテルで束ねたエネルギーを、俺という器に入れてお母様が取り込む!
それでお母様は創造神の元に辿り着くのだ!」
いやいやいや、お前取り込まれとるやん。
思考がコントロールされてるのか?
自身がどうなるか、正常な判断が出来ていないな、コレは。
しかし、コイツは驚いた。
今までも、転生者が神への反逆を考えたことはあった。
俺が飛ばされる世界は、基本的にはそう言う世界だ。
あの神を自称する存在は、言葉では“死にたくても死にきれない転生者の救出”と謳っていたが、実際はアレに盾突いた、またはその前兆がある世界に俺を送り込み、メチャクチャにしたかったのだろう。
しかしこの世界では、“世界そのものが反逆を企てている”と言うことだ。
ギリシャ神話モチーフと言う、神の存在が身近な世界観だからか。
まぁ、ギリシャの神様とか、結構自由奔放だからなぁ。
「カスミ陛下、お覚悟……って、セーダイ?
もう着いていたのか!?」
センサーの反応を見れば、アストライア嬢とアレス皇子が到着してしまったようだ。
本当は彼等が来る前にケリを付けておきたかったが、とは言えどうしようも無い。
『手出し無用!』
俺は振り返ることなく、2人に伝える。
ただ、これは見方を変えればラッキーとも言えなくも無い。
カスミちゃんは、少しだけ警戒を強めてくれる。
恐らく、あの“アストレア”の力を警戒しているのだろう。
「フフフ、コヒュ、あの時の3人がこうして、コヒュ、俺の前に揃ってくれるとはな。
コヒュ、あの時の雪辱、ここで果たしてやろうか。」
カスミちゃんは随分と息苦しそうにしている。
言葉を発しながら、何度も呼吸を繰り返し、そしてその息苦しさを解消できずにいる。
『……なぁ、カスミちゃんはさ、英語で“母”ってタイトルのテレビゲーム、やったことあるかい?』
「な、コヒュ、何の事だ?
そんなモン知らん!コヒュ……。」
まぁ、あれも俺が小学生くらいに流行ったゲームだからなぁ。
流石に知らんよなぁ。
『まぁ、そのゲームにさ、子豚的な名前の敵が出て来るんだ。
そいつは悪いんだけど、どこか憎めなくて良いキャラなんだよ。』
「そ、コヒュ、それが、どうした!!」
カスミちゃんの視線が揺れる。
そろそろ限界か。
『そのゲームの、2作目だったか、3作目だったか。
遂にその子豚は敵になるんだけどさ、戦闘中に“絶対無敵カプセル”みたいなモノに入っちゃうんだわ。
だけどそのカプセル、欠陥があってさ、“1度入ったら外からも内からも開けることが出来ない”んだよ。』
「……俺が、それだとでも……。」
最早息も絶え絶えだが、中々に勘は鋭いらしい。
俺が言いたいことに、すぐに気付いた様だ。
『その“絶対無敵カプセル”さ、俺思うんだよね。
“どうやって空気を取り入れているんだろう”って。
どんなに防御力があっても、完全密閉されてりゃ、いつか酸素がなくなって死んじまうよな?』
カスミちゃんの目が、驚愕で見開かれる。
自分の身に何が起きているのか、やっと理解した様だ。




