256:対峙の時
「ちょ!ちょちょちょ!!
セーダイちゃん!マジのガチでやる気なの!?」
ヘーファイトスの首根っこを掴んだまま高く跳び上がり、眼下に王城を捕らえる。
大体いつも王城の形は一緒、だとすれば、玉座の間はあの辺か……。
「ちょっとぉ!聞いてるのセーダイちゃん!!
あんまり無視すると、温厚なアタシも終いにゃブチ切れるぞゴラァ!!」
『ハハッ、もうキレてるじゃねぇか。』
上昇が終わり、一瞬の静止。
その後、ゆっくりと、しかし加速しながら降下を始める。
『覚悟決めろよオカマ!!
ぶち抜くぞ!!』
「こうなったら覚悟しちゃるわい!
オカマのド根性、舐めるんじゃないわよ!!」
見事なまでにキャラが崩壊しかけているヘーファイトスを引き連れて、足刀蹴りの姿勢で落下する。
「“風よ!我等に祝福を!”
どうせ防御魔法でガッチガチよ!
勢い付けてブッ貫きなさいな!!」
空中で体勢を立て直したヘーファイトスが、風魔法で更に加速を付けてくれた。
ご丁寧に、足先にも風のドリルのような物まで付けてくれる。
『応ともさ!行くぞ、マキーナァ!!』
魔法の支援を受けて、最大限加速して突っ込む。
ヘーファイトスの予想通り城の上部には防御魔法がかけられていたようだが、それらをお構いなしでぶち抜き、玉座の間に着弾する。
土煙が晴れ、玉座を見れば微動だにしていないカスミちゃんとへーラーの姿がそこにあった。
「アラアラ、ご覧なさいカスミ。
野蛮な男が、実に野蛮な方法で忍び込んできましたわ。」
「ええ、そうですねお母様。」
そのやりとりに、違和感を感じる。
カスミちゃんはもっと、俺様気質な感じではなかったか。
その表情を見れば、虚ろな目はこちらを見てはいるが、何も写してはいない顔付きをしていた。
「ハァイ、へーラー。
随分とカスミ陛下に高圧的じゃない?
アナタ、昔からカスミ陛下とそんな感じだったかしら?」
ヘーファイトスが、殺意を隠しもせずにへーラーを睨む。
睨まれている筈のへーラーは、余裕を崩さず被憎げに笑う。
「ご覧なさいカスミ、あのように“名誉女性”と呼ばれていても、一皮剥けば男などこの様な物です。
女を否定し、都合が悪くなれば暴力を振るうのです。」
「ア~ラ、アタシ程ピュアな乙女心を持つ人間も、そうはいないわよ?
少なくとも、自分の都合の良い様に、相手を操ろうとする年増のババァなんかより、よっぽどね。」
“減らず口を”とへーラーが忌々しげに呟くが、すぐにカスミちゃんに向けて親愛の表情を作る。
「カスミ、ママのためにあの迷惑な侵入者を倒しておくれ。
もうじき、全てが整うからね。」
「ハイ、お母様。」
ゆっくりとカスミちゃんが立ち上がる。
立ち上がっただけなのに、1年前よりも遙かにプレッシャーを感じる。
これではまるで、アストライア嬢が目覚めたときのような重圧だ。
「……ダメね、これは。
セーダイちゃん、アタシがここであの子を足止めするから、へーラーを捕まえてくれないかしら?」
『断る。』
俺の言葉に、ヘーファイトスは拍子抜けしたように不思議な顔をする。
「ちょ、ちょっとセーダイちゃん、ここは普通“わかった、死ぬなよ”とか言って先に行くシーンじゃない。」
カスミちゃんが右腕をこちらに向けて伸ばす。
何やら呟くと、掌から炎の弾が出現する。
『だからだ。
悪いな、俺はハッピーエンド厨なんだ。
死ぬ気の奴に、この場を任せたりしねぇ。』
「じゃあ、どうするのよ!?
このままへーラーを放置しても、ハッピーエンドにはならないと思うけど?」
俺は右手でヘーファイトスを指差す。
指差されたヘーファイトスは、思わず後ろを見たが何も無いことに首を傾げ、キツネにつままれた表情で俺を見返す。
『お前がへーラーの所に向かえ。
コイツは俺が相手してやる。
あぁ、代わりにへーラーを倒そうだなんて思うなよ?
俺か、少なくともアストライア嬢が合流してから倒すからな。
地味な嫌がらせで時間を稼げ。
得意だろ?そう言うの。』
「……アンタって、オカマ使いが荒いのねぇ。
……お願いよ、カスミ陛下を殺さないでね。」
カスミちゃんが炎の弾をこちらに撃ち込んでくる。
以前のような大きさのない、言ってみればテンプレートのような大きさと速さだ。
そんなモノはまるで怖くない。
右の裏拳打ちで、たいしたことの無い火力の炎の弾を撃ち落とす。
『任せろ、アイツにはやって貰いたいことがあるんだ。
それまで、おいそれとは殺せねぇ。』
俺の言葉にヘーファイトスは頷くと、カスミちゃんを大きく避けるように移動して、へーラーの後を追う。
そちらに反応しかけたカスミちゃんを、右手から伸ばした鞭を振るう。
今展開している障壁では防げないと感じたのか、ヒラリと身を躱すと、両手を広げてこちらに向ける。
『ホラよ、お前さんの相手は俺だ。』
「“不可視の障壁よ、我を包め”。
……これでお前の攻撃は、私には届かない。」
物は試しにと、2度3度鞭を振るう。
鋭く、柔らかく襲いかかる鞭は、正面だけでなく巻き付くように背面も襲うが、言葉の通り全身を球形の防御壁が包んでいるようだ。
1年前のあの時の再現。
あの時準備できなかったことを、今は準備してある。
鞭の感触を確かめるように数度振るうと、絶え間なくカスミちゃんを打ちつける。
『良いね、じゃあ、改めて始めよう。
お前は何分耐えられるかな?』
カスミちゃんに鞭が命中した瞬間に引き、また振るう。
鞭が空気を斬り裂く甲高い破裂音が、絶え間なく続き、やがてその音が1つに繫がったように響き渡る。
「調子に乗るなよ。」
カスミちゃんが大量の炎の弾、氷の槍、ほとぼしる雷を連続でこちらに放つ。
流石転生者、このプレッシャーもそうだが、まさしくこの世界における神の如き力を振るってきやがる。
<ブーストモード>
思考が極限まで加速し、視界が赤く染まる。
透明な粘土の中をかき分けるように動く。
空気抵抗を無効化する“ブーストモード・セカンド”では、こちらの鞭の攻撃まで無効化してしまう。
それでも極限まで加速された、“時間がほぼ停止した”世界では、雷ですらスローモーションの世界だ。
全ての魔法を躱しながら、水の中で振るっているように重たい鞭を振り回し、カスミちゃんを責め立てる。
(見えた!!)
空気すら物質化して見える加速状態では、カスミちゃんの“不可視の障壁”も可視化される。
鞭で打ち据えている間に、ぽっかりと穴が空いたと思えば、すぐにそれが元に戻る。
“空気穴”だ。
1年前のあの時、俺の拳で打ち据えていたときに、カスミちゃんにはダメージがなかったが、妙な疲労が出ていた。
俺自身は使えないから確かなことは言えないが、昔アストライア嬢の屋敷で聞いた話では、この世界の魔法とは精神力に強く影響を受けるものらしい。
何時ぞやの赤毛の女騎士、フレアだったか。
彼女が使った重機関銃のような魔法、あの後に意識を失って倒れた様に、限界を超えて無理に使えば意識を失うモノのようだ。
なら、あの時カスミちゃんが息を切らしていたのは別の事象だと思っていたのだ。
(大当たり、かな。
多分ありゃ、“周囲の空気すら遮断してる”って事だな。)
カスミちゃんの使う不可視の防御壁、それは“中の酸素が切れたら解除しなければならない”という、諸刃の剣でもあるわけだ。
まぁ、普通は全方位攻撃が出来る魔法は一瞬だし、その弱点が露呈することは無い。
ついでに言えば、あぁして時々空気穴を開けて外気を取り込めば、基本的には弱点はない。
(その隙、狙わせて貰う!)
俺は、左腕の仕込み銃の撃鉄を起こす。




