252:王都に向けて
「……で、何で俺が奴隷扱いなのかねぇ。」
フォスの街近くの村にいたときにも見た奴隷運搬用の檻の馬車、その中に俺はいた。
「しょうがないじゃない、今の王都に入るのは、一筋縄じゃ行かないのよ。
アタシだってこんな格好、あんまりしたくないのよ?」
檻の中には俺以外、そう、ヘーファイトスも同じ様な格好で乗っていた。
ソレを運搬するのは、アストライアとかつての仲間達。
「それにしても、お姉様が御無事で何よりでしたわ。」
「あぁ、まさかユーリとフレアの2人もこちらに居るとは思わなかったぞ。」
アストライア嬢に嬉しそうに話しかけるのは、あの迷宮で、1年前に共に戦ったあの女騎士達だった。
赤毛の女騎士、フレアって名前だったんだ……。
あ、いや、そんな事はどうでもいいのだが、彼女達から話を聞くと、アストライア嬢はあの戦いにおいてへーラーからカスミちゃんを殺そうとした犯罪人扱いされており、“名誉男性”という謎の称号を受けているらしい。
そのため、アストライア嬢直属の部隊である彼女達も、“戦犯部隊”と言われ、酷い扱いを受けていたとの事だ。
ただ、完全に騎士の称号を剥奪されたわけではないらしく、今回プロー領への偵察、男狩りの使命を受けて出陣していたらしい。
だが、アストライア嬢と近しかった彼女達は、流石に今の体勢に疑問を持っていたらしく、内々でアレス皇子と接触していたとのことだ。
「アタイ達はまだ王国で騎士身分だからな。
王国に戻り、アレス皇子達の部隊を呼び込むまでだ、勘弁してくれよな、セーダイさん。」
赤毛の女騎士が、併走している馬上でニシシと笑う。
「どうだかねぇ、いざ王国に入って俺を突き出して良い報酬が入ったら、また裏切るんじゃねぇか?」
檻の中から、自分でも憎まれ口と解りながらぼやく。
だが、赤毛の女騎士は、その言葉に真剣な顔を返す。
「今更こう言っても信じちゃくれないだろうがな、アタイはアンタとアストライア様の関係を羨ましく見ていた。
男が、とか、女が、とかでない、対等な関係。
それが凄く羨ましかった。
今の王国は、何というか歪だ。
無理に男を貶めて、それで満足しているようにも見える。
……この方法が正しいかは解らない。
でも、我等の団長が信じる正義を、アタイも信じたくなったのさ。」
赤毛の女騎士はそう言うと、少し照れたように鼻をかく。
「それに、“騎士は弱者の盾”だろう?
王国が弱者を踏みにじるなら、それから身を挺して護るのも、騎士の役目なんだろうからな。」
「……そうか、悪かったよ。」
俺はため息をつくと、左腕の義手に仕込んである棒手裏剣の本数を確かめる。
義手はヘーファイトスに直してもらった。
オマケの機能で、リボルバーの弾倉も仕込んである。
人差し指を伸ばせば、銃としての機能も使える。
多分、今のままでこれを使うことはないだろう。
だが、“通常モード”になればかなり有効な武器になるはずだった。
「あぁ、そう言えばお嬢、あの砦で見つけた武器、ちゃんと積み込んであるんだろうな?」
「あ、あぁ、それは積み込んであるぞ。
しかし、お前あれを使うのか?
やはり、あまり想像出来んが……。」
砦での会談、それは結局の所、アストライア嬢の発言が決め手だった。
「私は、あの時地下でユーピテル殿が“装置”として使われているのを見た。
あれは、魔法を使う人間の禁忌に触れる所業だ。
私は、アレを止めたい。
その為に王国に反旗を翻す事になっても、私はアレを止めたいと思っている。
私は、私の正義を信じたい。」
「ならば、我々と行動を共にして貰えないだろうか?
我等も、カスミ王の圧政をこれ以上見過ごせない。
私も王国の皇子として、このまま国が腐り落ちていくのを、ただ黙ってみていることは出来ない。」
会談が終わり、アレス皇子の引き連れる部隊と改めて合流した際、アストライア嬢の部下だった2人とも会うことが出来たようだ。
再会を喜ぶ彼女等を見つつ、俺は武器庫へと向かう。
王都に殴り込みをかけるなら、多少は使えそうな装備を手に入れておきたいと思ったのだ。
(……あんまり、良い鋼を使った武器は無さそうだなぁ。)
武器庫に入り、幾つかの武器を見ているときに来客が現れる。
「あら、やっぱりここに居た。
セーダイちゃん、左手の調子はどう?
良ければ直してあげちゃうわよ。」
ヘーファイトスに左手の義手を外して渡すと、何でもプロー領で新しい技術を得たらしく、手の甲にリボルバーの弾倉を組み込めそうだという。
「もうスッゴいの、プロー伯爵、金属の筒で火薬と弾を込める方法を開発しててね、ソレを使えば、簡単に弾薬が持ち運びできたり、事前に作り置きが出来たりするのよ。
その技術と、アレス皇子の持っていた破魔の腕輪の効果を解析してね。
“弱い魔法防御なら貫通出来る”弾丸が作れたのよ。」
この世界に、薬莢の概念がとうとう出て来てしまった。
しかも、魔法防御を貫通する弾丸とは。
これは、後々まで尾を引く厄介事になりそうだ。
ともあれ、今は素直にその技術革新を喜ぶべきか。
俺は左手の改造を任せると、引き続き武器漁りを始める。
「あ、これ良いな。」
見つけたのは革製の鞭。
伸ばしきると俺の身長の2倍以上ある。
全長が3m以上はある鞭を見つけることが出来た。
「アラヤダ、セーダイちゃんって、そう言う趣味があったの?」
おいこらオカマ。
人をアブノーマルな趣味持ちみたいに言うんじゃ無い。
ちゃんと冒険家の考古学教授も愛用している、れっきとした武器なんだぞ。
「んな趣味はねぇよ。
こう見えて、人間相手にゃ想像を絶する武器になるんだよ。」
時代劇モノで目にする鞭打ちの刑、という拷問がある。
アレも10回だの20回だのと、意外に少ない回数に思えるかも知れないが、実際はそれでも十分絶命しうる回数だ。
それは、どんなに肉体を鍛え上げた人間でも同じ事。
人間の体というモノは、“強烈な痛み”に耐えられるようには出来ていない。
強烈な痛みを受けるとショックで死んでしまうくらい、人間というのは実は脆いのだ。
武器庫を出て、砦の柵に攻撃を当てる練習をする。
力の加減、鞭の軌道。
マキーナ先生の軌道予測というズルはあるものの、俺はすぐに体感的に鞭の振り方を覚えることは出来た。
想像なら、恐らくカスミちゃんとまた対峙することがあると思う。
その時、これはきっと役に立ってくれるだろう。
「まぁ、見てなってお嬢。
上手く行ったらめっけモン、位に思ってくれてて良いからよ。」
檻の中で寝転びながら、アストライア嬢に声をかける。
アストライア嬢は、真剣な顔で何かを呟いていた。
「いや……しかし……、セーダイがそう言う趣味なら私も受け入れた方が良いのか……?」
そろそろ本気でしばくぞお前等。




