251:合流
目の前に陽気なオカマ、ヘーファイトスが現れたことで、一瞬警戒で身を固くする。
「オゥ、待ってセーダイちゃん。
今のアタシは敵では無いわよ?
どちらかというと、味方寄り?的な?」
そんな俺の心を見透かしてか、ヘーファイトスは陽気に腰をグラインドさせつつ、喋る度にセクシーポーズを決める。
端的に言ってキモい。
だが、“俺から毒気を抜く”という効果はあったようだ。
「……わかった、わかった!
色々言いたいことはあるが、まずはそこの重傷の少年だ。」
俺は観念すると体から力を抜く。
アストライア嬢も抱き止めるのを止め、木のベッドに拘束されている少年に向かう。
「その、セーダイ、下半身のソレを、外してやってくれないか。
私では、どうしていいか解らんのだ。」
羞恥の面ではなく、構造上の面で知識が無いからな、まぁ仕方ないか。
俺は余計なことを考えないようにしながら、慎重に針金を外していく。
何かを考えてしまうと、自分のナニにも痛みがあるような幻覚を感じてしまう。
「……スマン、痛いかも知れないが我慢してくれ。」
ここの奴等、ご丁寧に針金を皮に何度か突き刺して巻いてやがる。
刺されたときは地獄の痛みだったろうが、このままでは抜き取るときにも地獄の痛みを与えることになる。
「セーダイちゃん、アタシのニッパー使う?」
ヘーファイトスが、腰に巻いているツールを収納しているベルトから、ニッパーを取り出し俺に渡す。
大切な仕事道具ではあっても、こういう緊急時に素早く渡せるこのオカマに、少し感心してしまう。
<サポートします。>
俺は覚悟を決めると、慎重にニッパーで針金を切り落とし、最小限の部分だけを皮から抜きとる。
「……ぅうぅ!! あ゛あ゛!!」
心の中で謝りながら、それでも極力手早く慎重に抜きとっていく。
全てを取り除き、尻に刺さっている張り子を抜きとるときには、全身が汗だくになっていた。
「お嬢、後は頼む。」
「あぁ、わかった。
“彼の者を癒せ”。
……これで、肉体の傷は癒えた筈だ。」
そうだ、これで治せるのは肉体の傷だけだ。
心の疵は、こんな事では治せない。
固有能力“清潔”なら、記憶の書き換えで擬似的に救うことは出来るだろうが、当然俺には使えない。
カスミちゃんをふん縛って、こう言う心に疵を負った連中を癒す、贖罪の旅に出させるのも良いかもしれん。
ただ、今そんな事を思っていても仕方が無い。
それはカスミちゃんを打ちのめした後に考えるべきだろう。
「さて、ヘーファイトスさんよ、そろそろアンタがここに居る意味を聞いても良いかね?。」
「今でも良いけど、良ければもう少し後にしない?
そろそろ皆が来る頃なのよ。」
地下室から少年達を助け出し、地上へと戻ると、プロー領側から多数の騎馬隊の姿が見て取れた。
先頭の馬には見知った顔、アレス皇子の姿があった。
「……察するに、今アンタは男側についてる、って所か?」
「流石セーダイちゃんね、話が早くて助かるわ。」
オレが睨んでも、このオカマは何処吹く風とウインクしてみせる。
このオカマ、どうにもやりづらく苦手な部類だ。
俺は、胸の内に詰まった黒いモノを抑えながら、アレス皇子達と合流するのだった。
「セーダイ、生きていたか。
いや、あの時はすまなかった。」
砦の個室、隊長の部屋と思われるところで俺達は改めて会談の場を設けられる。
第一声は、アレス皇子が笑顔と共にそう切り出してきた。
この野郎、いけしゃあしゃあと言いやがって。
1発そのツラ引っ叩いてやろうかとも思ったが、側にいるあの凄腕の男が、こちらに目線を合わせなくとも静かに殺意を放ってくる。
「おかげさんでな。
いやぁ、まぁそんなに余裕はなかったがね。
でもまぁ、誰かさんが尻尾巻いて逃げ出す時間くらいは稼げたようで何よりだよ。」
俺の煽りに、アレス皇子は口をへの字にすると肩をすくめる。
「あの時はヒヤヒヤしたよ、そこのアストライアが自爆して、周囲一帯が吹き飛んでしまうのではないか、とね。」
「ハイハイ、2人とも、今はそうやってお互いに当て擦ってる時間は無いでしょう?」
俺達の牽制し合いに、手を叩いて打ちきるようにヘーファイトスが割り込む。
俺としてはヘーファイトスも巻き込みたかったが、確かにこのままでは話は進まない。
俺は大きく椅子の背もたれに寄りかかると、深くため息をつく。
いかん、冷静さを欠いている。
先程の地下で見た少年達の姿が、俺の脳裏に焼き付き過ぎている。
……ただ。
あのまま、怒りに任せて女兵士達を殺さなくて、結果として良かったかも知れない。
感情に任せて人を殺したところで、それに意味はない。
強いて上げれば、俺の気が晴れる位だろうか。
やられたあの子達が望んでもいなければ、そう依頼されたわけでも無い。
ただの私怨、ただの憂さ晴らしで人を殺すところだった。
気の赴くままに人殺しをしては、それはもう獣と変わらない。
いや、喰わない分獣以下だろう。
いかんな、殺しに慣れすぎると、最終的な解決手段として、安易にその解決法が出て来てしまう。
止めてくれたアストライア嬢とヘーファイトスには、感謝しなければならないな。
ただ、気を抜くわけにも行かない。
椅子の上だが、それとなく半跏趺坐になるように片足を組みつつ、手でヘーファイトスに発言を促す。
「セーダイちゃんとアストライアちゃんがいなくなったあの時から、カスミ陛下は姿を見せなくなったわ。
今、王都で政を担っているのはへーラーよ。」
俺達が飛び出したあの後、カスミちゃんは人前に姿を現さなくなったらしい。
唯一通すのは妻でもあり腹心でもあるへーラーのみ。
全て、腹心であるへーラーを通して指示が成されていたそうだ。
「抜けた男性達の穴を埋めるように、“完全に女性だけで運営する都市”と言うのを宣言したのだけれど、肝心の女性達からはキツかったり汚かったりする仕事はなり手が無くてね。
あっという間に華の王都は巨大なゴミ貯め場に早変わり。
そして運悪くペストが大流行しちゃってね。
そしたらすぐに方針転換して、“男を捕まえた者には、その所有権を王族が認める”って言う法律が出来てね。
捕まえた男に対してかかった経費は免税措置とかやり出しちゃったからもう大変、王都内だけでなく、周辺を巻き込んでの“男狩り”にまで発展しちゃった、ってワケ。
ハッテン場なら大歓迎だけど、そう言うのはお断りよねぇ?」
いや同意を求められても困るが。
ともあれ、何となく状況は理解した。
カスミちゃんは雲隠れし、へーラーが実権を握っているらしい。
いや、雲隠れではなく、それはもしかしたら、と言う所か。
ついでに聞けば、ヘーファイトスのような“名誉女性”という地位も既に剥奪されているらしく、ヘーファイトスはそれが発令される直前に情報を察知して逃げたらしい。
「アレス皇子に頼み込んでお近付きになってみれば、この1年で王都奪還のための戦力を整えていらしたとかでね。
足りない資金を提供する代わりに、アタシもこちらに入れて貰った、ってワケ。
だから、今はセーダイちゃんとは味方同士って事になるかしら。」
どうだかねぇ?と言う気持ちになりながら、俺はアストライア嬢を見る。
彼女は既に、覚悟をした顔をしていた。




