250:関門攻略戦
「止まれぃ! そこで止まれぃ!」
ズカズカと歩く俺達を、門番であろう槍を持った革鎧の女兵士が左手の平を前に突き出し、呼びかける。
当然、そんな言葉で止まる俺たちでは無い。
「止まれと言っておるだろうが!」
女兵士が槍を構えると、その不穏さを感じたのか、俺から見て門の左側にある建物から、更に追加で4人の女兵士が駆けつけ、抜刀する。
それを見ながら俺は左の義手を開き、棍棒を握らせる。
ヘーファイトスに整備して貰っていないからか大分ガタがきているが、それでもまだ棍棒程度を保持することは出来る。
「関所破りだ!王都に知ら……!?」
指示を飛ばす女兵士に向けて、落ちていた石を拾い上げつつ全力の投石。
見事側頭部に当たり、革の兜が弾け飛んで倒れる。
魔法で身体強化しているとは言え、雑兵程度なら十分な威力を発揮する。
「投石って、お前なぁ。」
「俺は魔法が使えないんだ、仕方あんめ。
それに人類最古の遠距離武器だかんな、馬鹿には出来ねぇぜ。」
左の義手に握らせていた棍棒を取り外すと、右肩に担ぐ。
アストライア嬢は呆れているが、魔法を使えない俺にとっては大事な兵器だ。
「お嬢、んじゃ正面は俺が……。」
「私が正面の連中を相手する!
セーダイは、後続で出て来る者がいたら、そちらの相手をしてくれ!」
俺が言い切るよりも早く、アストライア嬢はそう言うと飛び出していく。
誰よりも前へ、誰よりも困難な局面に。
「……やれやれ、お嬢がそう言う性格だったの、忘れてたぜ。」
苦笑いをしつつ、“まぁ、適材適所か”と呟きながら左手の建物へと急ぐ。
「あっ!?」
出会い頭、慌てて防具を着ながら出て来た女兵士の1人を一撃で昏倒させる。
「くっ!貴様!!
何の目的……!?」
後続だろうと思われる、装備を固めた女兵士がこちらに走りながら抜刀してきた。
だが、喋らせる間もなく棍棒の柄を鳩尾に叩き込む。
崩れ落ちる女兵士の脇をくぐり抜けて踏み込むと、その後ろにいた抜刀すら出来ていない女兵士に、低い姿勢から一気に跳ね上げるように肘を叩き込む。
「狭い屋内で、そんな長い剣なんか振り回せる訳無いだろうが。」
魔法で身体強化もかけていない兵士、しかも長物が振り回し辛い屋内の接近戦なら、圧倒的に俺に分がある。
取りあえず近場にあった手頃な縄で縛り上げると、すぐ近くにあった食料庫に放り込み、扉を閉めると外から閂代わりにモップの柄をドアノブに差し込む。
耳を澄ませば、外の戦闘音以外は聞こえない。
マキーナに確認させても、もう砦の中には誰もいなさそうだった。
そこまで確認して、改めて物色を始める。
急造感がある割には、建物としては広い。
2階建ての砦のような構造。
1階の部屋をくまなく調べる。
先程の食料庫に武器庫、水回りの設備が設置されている。
武器庫の奥にやたらと頑丈な扉があったが、こちら側から鍵がかかっているので一旦放置する。
2階に上がると、連中の居住区のようだ。
慎重に音を立てないように進み、各部屋を回るが、もう誰もいないようだ。
1つだけ個室の部屋があり、そこは位が高い人間の部屋なのか、この周辺の地図や何かしらの書類が机に散乱している。
(お、やっぱりか)
地図に書いてある文字を辿ると、やはりここから壁沿いに1~2時間行ったくらいの場所に、壁の切れ目が出来ているようだ。
その切れ目のすぐ近くには、“第2詰め所”の文字と丸い印。
やはり俺の読みは間違っていなかったようだ。
(他に何か役立つモノはっと。)
人員の配置図や巡回の時間が書かれた書類に、王都からの指示書。
(なるほどねぇ)
王都からの指示書には、男性不足による男狩りの指示と、逃げ出す男の生け捕りが指示されている。
また、こう言った関所で捕縛した男性は、痩せ細り傷だらけであることから、関所内で暴行を加えるのは程々にしろ、という指示もついていた。
(ん?関所での暴行?)
1階と2階はくまなく探した。
それらしい場所や痕跡は無かった。
(……あるとすれば、地下だろうなぁ。)
先程の、武器庫の先の扉。
アレが真っ先に思い付く。
(見たかねぇなぁ……。)
何があるかは想像がつくが、1階に戻り武器庫の奥へ。
扉は頑丈で、鍵までかかっている。
(こういう時はどうするんだったっけか。)
確か、鍵その物じゃなくて、蝶番を狙うんだったっけか。
棍棒の先端、尖ったスパイク状の1つを蝶番と扉に差し込む。
「よいせっと!」
蝶番をめくり上げるように棍棒を持ち上げると、バキリと小気味のいい音がして打ち付けてある釘が外れ、蝶番が取れる。
上下の蝶番を破壊すると、扉のそちら側を思い切り蹴り飛ばす。
衝撃音と共に扉が外れ、地下へと続く階段の下へと落ちていく。
(あぁ……やっぱりか。)
入口近くのテーブルにやたらとランタンが置いてあるので1つ失敬し、手持ちのライターで火を付ける。
扉を開けたときから、異臭は感じている。
排泄物の臭いと、すえた臭い。
ランタンを照らしながら降りると、そこにいた者達は眩しさと恐怖で顔を隠す。
降りてすぐ、木の板で出来たベッドに両手両足を縛られた存在が、呻き声をあげている。
体型から推測するに、多分10代くらいの少年だろうか。
ランタンをかざしてそれを見た瞬間、先程までの女兵士を殺さなかったことを、俺は後悔した。
「あぁ……、うぅ……。」
“多分”だの“存在”だのと言わざるを得ないのは、それが全て推測だったからだ。
改めて灯りをかざしてそれを見れば、手足を拘束された少年は顔が腫れ上がり、ボールのように丸い顔になっていた。
正直、何処が目で何処が口なのか解らないほどだ。
極めつけは針金か何かで男性器はガチガチに縛られており、更に尻に木で出来た男性器を模した張り子が突っ込まれている。
呻いて体を震わせるたび、そこから今も血が滴り落ちる。
別の方向に灯りをかざせば、痩せ細り、体中が傷だらけの似たような年齢の少年達。
「おい、セーダイ! ここに居たのか!
上は粗方片付いたぞ!
それと意外な……ウッ。」
外の戦いが終わったのか、アストライア嬢が地下に降りてくる。
だが、入口の辺りでこの惨状を目の当たりにし、言葉も歩みも止まる。
「……セーダ……イ? なんだよな?」
「当たりめぇだろ。
よーし、皆、もう大丈夫だからな。
……なぁお嬢、コイツらに回復魔法をかけてやってくれ。
俺は上にやり残したことがあるんだわ。」
極力明るく、周りに、アストライア嬢に、言葉を吐き出す。
今の俺の顔を見せないように、アストライア嬢の脇を抜けようとして、しかしアストライア嬢に阻まれる。
「ダメだ。
セーダイ、お前は私とここに居ろ。
私だけでは彼等も怯える。」
「いやいや、頼むよお嬢。大丈夫だって。」
尚も抜けようとする俺を、アストライアは抱き止めた。
「ダメだ! 今この手を離せば、お前がお前で無くなる気がするのだ!」
「離せ。」
お嬢を引き摺ったままでも、食料庫のあの扉に向かおうとした矢先、新たな影が階段の上に現れる。
「チャオ、セーダイちゃん。
ちょっと落ち着きなさいな。
アナタ今、悪魔みたいな顔をしてるわよ?」
ショートアフロで、股間を強調したピチピチのレザーパンツ。
ヘーファイトスが、ハンドサインと共に爽やかな笑顔を、俺に向けていた。




