249:プロー領へ
「時に、セーダイ。」
「何だ、お嬢?」
俺たちは旅をしていた。
あれから住み家を引き払い、直接王都には行かず、まずはファステア方面、恐らくアレス皇子達が逃げ込んだという、プロー領に向かおうとしている。
村を出た当初は王都に直接向かおうとしていたのだが、立ち寄った村で王都の警備が厳重なこと、近寄る者は女であれば殺され、男であれば捕らえられ王都に連行されるらしい。
何やら一年前よりも悪化しているその状況に、あまりにも危険を感じるので一旦直接向かうのは諦め、まずは情報収集を、と、考えたのだ。
「いや、あの村でセーダイが使っていた偽名なのだが、ボブと言うのは何か意味があるのか?」
「あぁ、いや、大した意味は無い。
昔の、大切な友人の名前だよ。」
野営の中で、アストライア嬢が思い出したように偽名の由来を聞いてきた。
あの村で名前を聞かれたときに、咄嗟に出て来たのがアイツの名前だった。
幾つか前の世界、鉄と硝煙、血反吐の中を泳ぐような世界で、共に戦い、俺の代わりに死ぬことすらも受け入れて、最後まで俺を助けてくれた友人。
アイツの顔が、真っ先に浮かんだのだった。
「そ、そうか、大切な友人か。
では、アイリスと言うのも大切な友人だったのだろうな!」
アストライア嬢は1人、満足げに頷く。
あ、言えねぇ。
まさか同じ世界で、ボブと共に初めて戦った敵の機体名だ、なんて、口が裂けても言えねぇな、これ。
「あ~、うん、まぁなんだ、そんな感じだ。
ホレお嬢、それよりも野営だ、交代で寝るぞ。」
話をうやむやにし、先にお嬢を寝かせる。
「ふふ、そうか、大切な友人の名か……。」
アストライア嬢は上機嫌になると、そのまま眠りについた。
“言わぬが花”という言葉がある。
きっと、今のような時に使うべき言葉だろう。
人が生きていく上で、優しい嘘は時に必要なのだ。
そんな哲学的な事を無駄に考えながら、俺は焚き火に薪をくべるのだった。
プロー領へ向かう最中、焼け落とされた名も無き村を幾つか見た。
最初はただ略奪されたであろう惨状だったが、プロー領に近付くにつれて、村も武装していたらしい痕がチラホラと見えた。
(自衛の為に武装していたが、あんまり意味をなしていなかった、って所かな?)
消し炭を拾い上げながら、村に何か残ってないか調べる。
今辿り着いた村は、もうプロー領のすぐ手前。
まだ焼け跡も新しいそこは、抵抗の痕が残っている。
村の周囲を囲む様に設置された、丸太の杭。
焼け焦げた物見櫓。
まだ獣に喰われきっていない死体。
「……これを王国がやったとは、信じられん。
自国の民を狩り殺すことに、一体何の意味があるんだ。」
アストライア嬢は、この惨状に顔をしかめる。
全く同感だが、それはつまり“これをしなければならない”程に追い込まれている証拠でもあるだろう。
一年前のあの時、王国から殆どの男は逃げ出したという。
圧政の結末。
想像だが、今の王都は地獄のような風景になっているだろう。
「ここで俺たちに出来ることは何も無い。
プロー領へ急ごうか。」
厳しい顔のアストライア嬢を促し、この場を離れる。
アストライア嬢が見ていなければ食糧調達でも、と思ったが、流石にそれはマズい。
なので、状況を確認だけすると、俺はその場をサッサと離れることにした。
「しかし、カスミ陛下は本当に何を考えているのだ?
周辺の村で生産される麦で、王都は辛うじて回っていたのだ。
有事の際に、魔族軍に使われるくらいならばと、私も村を焼き払ったことはある。
だがそれとて、村人に家財道具を持たせ、匿う先を用意しての話だ。
こんな事をしていて、王都の食糧は一体どうやって確保していると言うんだ?」
<セーダイ、前方に建築物と複数の生命反応あり。>
「……お嬢、その話題はまた後でだ。」
山道を登る中、お嬢を静かにさせる。
“俺の後ろについてこい”とそっと伝えると、道を外れ茂みの中に身を潜めながら前進する。
隠れたまま、マキーナが示したポイントの近くまで進む。
あぁ、なるほど、やっぱりあったか。
「……セーダイ、アレは砦?か?」
アストライア嬢がそっと俺に耳打ちする。
「……のようなモノ、だろうな。
恐らくアレは関所代わりだ。
これ以上プロー領に逃がさないため、急ごしらえで作ったんだろうな。」
全体が積み上げた石と木で出来た、端から見ても粗末な作りの建物が道の真ん中にそびえ立っている。
そこから茂みに向かって壁が伸びているところを見ると、それなりの位置まで壁は続いているらしい。
「どうする?
迂回して、何処かに壁の切れ目でも無いか探るか?」
俺は考え込む。
ここで正面切って戦えば、突破は出来るかも知れないが、その後に更なる戦力増強もあり得るだろう。
なら、この壁沿いに移動すれば、何処かで防備の弱い部分もあるのでは無いか?
俺はため息をつくと、棍棒を抜き取り整備の状態を見る。
「お、おい、まさか、戦うつもりかセーダイ?」
「そうだ。
お嬢が帰ってきたことを大々的に知らせる、良い機会だ。
小細工抜き、真っ正面から押し通るのも、悪くないだろ?」
ニヤリと笑う俺に、呆れ顔のアストライア嬢。
「迂回した方が危険、と思うわけだな?」
「流石に察しが良いな。多分そうだろうと思うぜ?」
俺は砦を指さし、その指を横に伸びている壁へと動かす。
「……俺が奴等なら、あの砦は見せ餌に使うだろうな。
そして壁沿いはトラップだらけにして、“苦労した結果運良く見つける事が出来る抜け道”を、確実に逃亡者を仕留めるための罠、として用意しておくだろうからな。
だがそれなら、戦力はそっちの方に重点を置いているはずだ。
だから、お嬢がいる分、正面突破の方が成功率が高いと判断した、って所だな。」
「ヤレヤレ、敵にセーダイの様な、悪意ある罠を仕掛ける奴がいるとは思いたくないがな。」
アストライア嬢は肩をすくめると、俺へ嬉しい評価をしてくれる。
全くその通り、俺みたいなヤツは俺一人で十分だ。
「だが、コソコソ逃げ回る、なんてのよりはお嬢も心躍るだろう?」
お嬢は獰猛な笑みを浮かべると、静かに抜剣する。
「ホホホ、嫌ですわセーダイ。
淑女のワタクシが、こんな力押しで野蛮な戦術で“心躍る”だなんて。
はしたなくてよ。」
「お嬢サマにもお気に召して頂いたようで、光栄の至りですよ。
……さて、行くか。」
棍棒も問題なし。
棒手裏剣の残りが心許ないが、それは腰裏のリボルバーで代用かな。
俺とアストライア嬢は獲物を右手にさげたまま道に戻り、砦へと歩を進め始めるのだった。




