24:見上げた空の色
手早く食事を済ませると、解体用のナイフで魔物化した野犬だったモノの首を切り、血抜きをする。
腹を裂き、心臓の上についている魔原石を取り出し、異常な内臓が無いかをチェックしながら、泥のプールだったところに捨てる。
3匹とも、取り出した魔原石は飴玉くらいの大きさだった。
(魔物化してまだ日が浅いのかな?)
そんなことを思いながら頭を取り除き、内蔵を捨てた泥プールを埋め、近くの小川まで行って肉に付着した血や泥汚れ等を洗いながら、水に沈める。
ついでに衣服もざっと水に通し洗う。
穏やかな気候とはいえ、やはり寒い。
(まぁ、食うか食わないかは村の人の判断だろうけどなぁ)
犬の肉を食することに抵抗を感じる文化もある。
第一に、俺自身これを食したいと思わない。
しかし刈り取った命であり、貴重なタンパク源だ。
せめて無駄にしない様に、村に渡しておこう。
3体分の作業を終えた頃、わずかに空が紫がかり澄んだ空気の匂いがした。
朝が近づく匂いだ。
“夜通しの作業になっちまったな”と思いながらも、夜が消えていく空を眺めていた。
昔、深夜勤のアルバイトをしていたころ、似た景色を眺めていた事を思い出す。
現実社会に馴染めない自分にも希望を感じられるような、自分の心にある闇が少しずつ薄らいでいくような、そんな気持ちになれるこの空が好きだった。
ぼんやりと空を眺めていた時に、“そうだ、あの犬たちかどこで魔物化したのか調べるんだったな”と思い出した。
魔素の吹き溜まりがあるなら、調べて村に警告しておいた方がいい。
仮に消去することが出来なくても、定期的に警戒する事で今後の被害が減少するはずだ。
完全に明るくなるには時間がまだあるが、それでも段々明るくなりだしているから、帰りは松明が無くても見えるだろう。
処理した肉も幅の広い葉で包み、テントを解体して更にその布でも包み、一旦荷物をまとめる。
たいまつとメイス、それと薬類の入った雑嚢だけを持ち、森へと侵入する。
迎撃用に用意していたトラップの残りを解除しつつ、あの犬達が走り抜けてきたであろう道をたどる。
森の中をかき分けて進んでいたが、予想を超えたものを見つけることになる。
唐突に苔むした石畳があらわれた。
“こんなところに昔の住居跡でもあるのかな?”と思い石畳の先を見やると、石で囲われた人為的な建築物が一軒、目に映った。
その中心には、暗闇で先が見通せない入口。
迷宮。
魔素溜まりに溜まった魔素は、規模が大きくなれば周囲の生物を魔物化するだけでなく、周辺の環境を作り変える。
まるでそれ自体が一つの生物のように、周囲の魔素をより吸収し、地中に巣を作り、宝を餌に人を呼び寄せ喰らい、より大きくなっていく悪意の無機物。
(まずはギルドに報告だな。)
さっさと来た道を戻りつつ、途中で太い木の枝を回収。
解体した魔犬をその枝にくくりつけ、荷物と共に肩に背負う。
かなりの重量だが歩けなくもない。
来た道を急ぎ戻り、村長に今回の件を報告する。
依頼達成の勘合符を貰い、ついでに魔犬の肉を銅貨4枚で買い取ってもらえた。
まぁこんなもんかと思いつつ、冒険者ギルドに報告するために戻る。
状況を説明すると、急遽ギルドの斥候隊が組まれ、俺の発見した迷宮らしき場所へ向かう。
ギルドの受付で待たされていた俺は、うつらうつらと椅子で眠りだした所を叩き起こされ、戻ってきた斥候隊により間違いなく迷宮だと確認された、という報告を受けた。
やはりあそこは新発見の迷宮だったらしい。
これ以降は上に上げ、後日また本格的な調査隊が組まれるらしい。
俺は銅板4枚に加え、新迷宮発見の報告報酬ということで、バリウ銀貨3枚を入手していた。
(これがバリウ銀貨か……。)
銀色で縁がギザギザになっており、元の世界の100円硬貨を思い出していた。
この硬貨は銀含有率が高く、縁が特徴的なことから削られにくく、貨幣価値が高いらしい。
大体日雇い労働で一日銅板2~3枚。
よく使われるディセン銀貨は地域によって違うが、銅板30枚前後で交換される。
しかしバリウ銀貨は大体どこでも銅板90枚前後と交換される位、価値が高い銀貨らしい。
銅板2枚で今の宿なら1泊1食付きだ。
ただ暮らすだけなら3か月近くは働かずに生きていける。
迷宮には危険な魔物がうようよいるが、良いところではいくつもの秘宝や財宝が眠っているらしく、金貨を稼ぐのも夢では無いという。
金貨1枚でバリウ銀貨100枚分だ。
冒険者が押し寄せる前に国やギルドで管理しないと、簡単に秩序が失われる。
それだけ発見の報告は重要視されるらしい。
なるほどなぁと思いながらも別段迷宮に興味の無い俺は、向かいで熱く語るキルッフの姿を、どこか他人事のように冷めた目で見ていた。
「んでよぉ、セーダイが見つけたあの迷宮、最初の調査隊として勇者アタルとその仲間が行くらしいぜ!」
思わず食事が止まり、キルッフの顔をマジマジと見る。
「お、やっぱりお前も気になるよな。
高慢ちきの勇者野郎だけど、実力は確かにありそうだからな、絶対攻略されちゃうよなぁ。
わかる!わかるぜぇ~!
自分で見つけた迷宮は、やっぱり自分で攻略したいもんなぁ!」
勝手に同情されて、まぁ飲めよ、と言われてエールを注がれるが、それどころでは無い。
「なぁキルッフさん、勇者がいつ調査に出るか知ってるかな?」
「おぉ、その辺は本当なら秘密なんだがな、オルウェンちゃんから聞けたぜ。
何でも明日にはあの村近くに前線基地を準備して、明後日には突入、っていう、随分急な話らしいぜ。
何でも勇者がご執心らしくてな。
か、カリビーンだか何だかってのがあるとか言って、この後のこーりゃく?とかに必要だから、すぐに調べに行きたいんだとさ。」
キルッフは“カリビーンってなんだ?カリカリのビーンズか?”とか言っていた気がするが、もう俺には聞こえてなかった。
ようやく良い賽の目が出たようだ。
後は彼が一人でいるところを上手く話しかけられれば、という感じか。
キルッフはまだ話し足りなさそうだったが、早々に食事を切り上げ、宿に戻る。
明日中に村に入り、狙いはその日の晩かな。
そう決めると、荷造りをし明日に備えて眠りについた。
穏便に済むと良いのだが。




