246:崩壊する日常
ふと、夜中に目が覚める。
何となく、村が騒がしい。
大猪は先週退治している。
また新たな魔獣でも出たのだろうか。
「……パパ?」
寝室の扉が開き、アイリスが入ってくる。
その顔に浮かぶのは不安。
こういう時、父親ならどう言う反応をするか。
「おぉ、アイリス、どうしたんだい?
また怖い夢でも見て、眠れないのかな?」
勤めて優しく話しかける。
この娘には様々なことがあった。
自分に起きた事、それを受け止めきれずに心を壊してしまって以来、俺は良き父親であり続けた。
もしかしたらそれは、俺の中の罪悪感なのかも知れない。
「ううん、違うの。
何だか町の方が明るいよ。
それに何だか皆騒いでいるみたい。
……今日は、お祭りの日?」
その言葉で、即座に寝室の窓から村の様子を見る。
深夜なのに、村が全体的に明るい。
村が燃えている。
微かに、逃げ惑う人々の叫び声がする。
俺は即座に、テーブルの上に広げていた防具を身に着け始める。
先週の大猪退治以来、防具の手入れをしている最中で良かった。
いや、良くなかったと言うべきか。
「アイリス、寝室に戻ってなさい。
それと、お父さんが帰ってくるまで、何があっても家の扉を開けちゃいけないよ。
いいね?」
狩りで使うマントまで被り、家を飛び出す。
村の端まで辿り着いたときに、甲冑の騎士に襲われかかっている、マリアおばさんの姿が見えた。
「せいっ!」
手に持っていた槍を甲冑に投げ付ける。
先端は石を削った石槍だから貫通力はそこまで無いが、相手も一般的な兵士だったらしく、兜に命中するとそのまま膝から崩れてくれた。
「おばさん! 大丈夫か!?」
「あ、あぁ、ありがとよ。
それよりもボブさん、アンタもすぐに逃げるんだよ!
“男狩り”の連中さね!
村の男を捕らえてる最中なんだ!
アンタも連れて行かれちまう!」
マリアおばさんを落ち着かせると、山の中腹にある小屋に逃げるように急がせる。
あそこは普段木こり達の休憩所だが、こういう時に村の住人が逃げ込む先としての機能も備えている。
「あ、アンタはどうするんだい!」
「……俺は、やることがあるから。
さぁ急いで!」
“村に危機が起きたときは、必ず助ける”
この村に住まわせて貰うときにした、村長との約束がある。
その約束を果たすのは、まさしく今だろう。
俺は村の大通りを駆ける。
道中で村人を襲っている奴を悉く薙ぎ倒しながら。
「男は生け捕りにしろ! 子供もだ!
多少は傷付けて構わん!
それと、老人と女は多少殺せ!
見せしめだ!」
馬に乗り、周囲に怒号を飛ばす全身鎧の騎士。
周囲には下卑た笑いを浮かべる兵士達。
俺は、そいつらの真正面に立ち塞がる。
「ボブさぁん!! 逃げて!!
男のアナタじゃ勝てない!!」
一行の後ろにある、荷馬車に積まれた大きな鉄の檻。
その中から、ケント青年が俺を見つけて叫ぶ。
「自ら出て来るとは感心だ。
……捕らえよ!」
先頭の全身鎧がそう指揮すると、革鎧を着た女兵士が3人、俺へと歩み寄る。
「へっへ、オッサン、何も殺そうって訳じゃねぇんだ。
ちょっと王都に出稼ぎにきて貰うだけだ。
アンタが良い子にしてりゃ、たまには気持ちいい思いも出来るかもしれねぇぜ?」
俺は少し呆れた表情になる。
「この世界に辿り着いて、最初に戦った兵士もお前と似たようなことを言っていたな。
……何だってお前等は、揃いも揃って品性下劣なんだ?」
人知を超えた最速の右拳突き。
大気を斬り裂くのでは無く、“押す”事で百歩先のロウソクの火をも吹き消す、人の身で起こす奇跡のような技。
“百歩神拳”
久々に使う奥義も、問題なく目の前の女兵士に突き刺さり、脳を揺さぶられて膝から昏倒する。
残りの2人は慌てて倒れた女兵士から離れると、俺を左右から囲もうとにじり寄る。
「えぇい、男のくせにおかしな魔術を使いおって!
全員でかかれ!」
全身鎧の女騎士が、苛立たしげに周りの兵士へ命令する。
周りの女兵士達もそれぞれ武器を抜き、最初の2人と俺を更に囲むように包囲する。
「彼女は、これを初めから“魔術では無い”と見抜いていたよ。」
聞こえないように、小さなため息。
同じ騎士でも、やはり出来は違うようだ。
ノーモーションで右にステップ。
女兵士に何かをさせる暇も与えず、側面から右拳突きで顎に一撃。
女兵士の頭がプルプルと左右に揺れ、そして膝から落ちる。
即座にステップで元の位置に戻り、左足の足刀で左側の女兵士の喉元に一撃。
女兵士は後ろに吹き飛び、吐瀉物を撒き散らしながら悶え苦しむ。
「次。」
一瞬の出来事に、周りを包囲していた女兵士達がたじろぐ。
「えぇい、女に手を上げるとは、男としてあるまじき奴め!」
業を煮やし、甲冑姿の女騎士が馬上から抜剣する。
その言葉に、俺は鼻で笑う。
「フン、“老人と女は見せしめに殺せ”だったか?
殺しに来たんだ、じゃあ殺されても文句は言えねぇよな?」
腰に装備した棍棒を抜き取り構える。
この時俺は怒りに身を任せていた。
だから、正確な戦力分析が出来ていなかったのかも知れない。
「“加護よ、我と愛馬を包め”。
良かろう、ならばお前はいらぬ。
この場で殺してやる。」
騎士が鞭を振るい、突進してくる。
馬自体も裸身ではなく、防具を装備している。
実際に、馬が突進してくると、その圧は凄まじい。
まずは騎士を引きずり下ろす為にも馬を狙いたいが、突進してくる馬を相手にすると、躱すしか出来ない。
更に、馬に攻撃しようとすると騎士からの斬撃が襲っている。
騎士の斬撃を防ごうとすると、馬の前足が襲いかかってくる。
しかも、何とかも苦労して馬に一撃当てても、魔法の装甲で大したダメージが入らない。
「ハハハハ、先程までの威勢はどうした!?
地べたを転げ回っているだけでは、私には一生勝てんぞ!!」
癪ではあるがその通りだ。
開扉のために転げ回りながら、何とか勝ち筋を探る。
転がりながらの棒手裏剣の投擲も、アッサリと見切られ剣で弾き飛ばされる。
「パパ!!」
最悪な状況は続く。
アイリスが心配になり見に来てしまったらしい。
「アイリスッ!! 逃げろ!!」
だが、それを見逃す女騎士では無い。
「そこの女を捕らえよ!」
アイリスは少し抵抗したが、女兵士達が寄って集れば、非力な彼女は簡単に無力化される。
アイリスは両腕を押さえられ、首元にナイフを突き付けられていた。
「さて、状況は見ての通りだ。
あまり気の利いたセリフが言えず、定番の文句で恐縮だが、武器を捨てろ。
お前の命1つで、あの娘を含めた村人の命はこれ以上奪わないでやる。」
ため息と共に構えを解き、棍棒を目の前に投げ捨てる。
(マキーナ、やれるか?)
<推奨はしませんが、状況からやむを得ないと想定。善処します。>
斬られる瞬間、重要な臓器を避ける。
そして即座にマキーナの回復にエネルギーを全振りして、奴等が油断したところを後ろから打ちのめす。
無茶な賭けだが、この状況で取れる手段は少ない。
「……やれよ。」
諦めたように、女騎士に向かい両腕を広げる。
「その覚悟やよし。
せめて一刀で斬り伏せてやろう。」
女騎士が馬に鞭を入れ、突進してくる。
「止めてぇ!!パパァ!!」
アイリスの絶叫が響き、女騎士が剣を振り上げる。
俺の視界は、真っ白な光に包まれた。




